ドッキリだと言ってください

 歓喜に震える村人のような格好をした人たちが、瞳を輝かせて私を見つめていた。

 仕事に忙殺されて荒み切った私の心には、そのキラキラとした瞳は眩し過ぎて毒である。


 しかしまぁ、想像するに、これはあのクソ会社の悪質なイタズラなのだと思う。

 盛大なドッキリですね、分かります。


 ……閉じ込められたと思って冷や汗かいたのに。ちくしょうめ。


 私を見ているようで見ていない村人のような格好の人たちは、心底喜んでいるように見える。

 着ている衣装や、勇者だ魔王だと話す内容からそういう設定の演技だとは思うが、素人にしては演技力がすごい。ただのドッキリに対してどれだけ練習したのだろうか。


 みんなヒマなのか? ヒマなんだろうな。誰がヒマなんだ? 上司だろうな……。


 こんなくだらないことをするほどヒマなら私に押しつけている仕事を自分で片付けてほしいし、新しい人を入社させる努力をしてほしい。万年人手不足な職場だという自覚が足りなさすぎる。

 辞める人が悪いんじゃない。辞めさせる職場環境が一番悪いんだ。


 閑話休題。


 それよりも、私の家の鍵を開けたのは誰なのだろうか。

 私は一人暮らしで、合鍵は念のためと実家に預けている一本しかない。

 もしや、鞄の中を物色して勝手に合鍵を作ったのだろうか。それとも合鍵を借りるために実家に連絡したとか。


 ……こっわ! ドッキリに本気出しすぎでしょ、気持ち悪い。


 ざっと見渡す限り、村人役には知らない顔しかいない。こういうドッキリで知り合いの顔があっても意味はないだろうから、他部署の人や社員の知り合いでもかき集めたのだろうか? 衣装もよくあるゲームの村人のものに似ているし、コスプレイヤーがメジャーになっている今の世の中では簡単に集められただろう。


 ああ、面倒くさい。これはどの程度付き合えばいいんだろうか。ため息がこぼれる。


 私が入れられていた箱の淵を支えにして、よっこいせと立ちあがって箱から出る。すると、おさげが似合う可愛らしい少女が一歩前に出て、おずおずと口を開いた。


「あの……、勇者様、なんですよね?」


 大きな瞳をキラキラさせて、上目遣いで見つめてくる小さくて可愛い子。私は平均程度の身長なのにナチュラルに上目遣いをしてくるということは、この子は随分と背が低いらしい。


 うん、すごく可愛い。こんな可愛い子、誰の知り合いなのだろう。

 こんなつまらない事をさせてないで、普通に仲良くなりたい。仕事中の癒しにしたい。


 しかしこの子には悪いが、わざわざこんなドッキリに付き合う理由は私にはない。一生懸命参加してくれているようだが、全くもって私には関係ないのだ。


 これ、誰の差し金ですか。


『ああ! 俺が勇者だ! 魔王を倒すため、死を克服して舞い戻ってきた!』

「きゃあ! やっぱり勇者様が復活したのね!」


 …………は?

 ちょっと待て、ちょっと待て! 言いたいことと全く違う言葉がするりと口から飛び出したんですけど!


 ばっと慌てて口元に手をやる。音を出さずにぱくぱくと口だけを動かしてみるが、きちんと私の意思で動いた。


 飛び出た言葉にももちろん驚愕したが、耳に届いた声色にも驚いた。声が、まるで違ったのだ。聞き慣れた私の声ではなかった。低い……というよりも、明らかに男の声だったのだ。

 私の声は特に思い入れがある良い声とかではなかったけど、たった今、口から出た声はなんだかやけにイケボだった気がする。


 そこで漸く気が付いた。口元にやっている手も、いつもと違うのだ。ちょっと節くれだっている。肩こりの原因だった胸も見当たらない。つるぺったん! まあ、私の容姿であの胸は重しでしかなかったからそれは別に良いんだけど。


 ……って待って。よくよく思い返してみると、さっき、吐き気がするようなセリフが私の口から出なかった? 漫画とかの主人公みたいなセリフが出たよね?

 ……あ、だめだ。


「オロロロロロ……」

「うわあああっ!」

「勇者様が吐いたあああっ!」


 おえっ。思い返すんじゃなかった……。自分の口からあんなセリフが出たとか思いたくない……。


『す、すまない……まだ復活したばかりで、万全ではないんだ……だが、魔王は必ず俺が倒す!』


 流れるように口から飛び出す言葉に目が遠くなる。

 嘔吐物を口の端に付けながら何を言ってんだ私の口。


「ありがたいですが勇者様!」

「まずは体調を整えてください!」

「魔王を退治出来るのは勇者様だけなんですから」


 床に撒き散らされた嘔吐物なんて気にしていないかのように心配げな顔で私に駆け寄る人達に申し訳なさが募る。


 私は臭さに第二弾が来そうなのに、皆はよく平気そうな顔をしてるね……。


 嘔吐物で汚れた口元を拭って顔をあげる。そして、今更ながらに気が付いた。

 ……ここ、私の家じゃない。


 この場所は、まるでゲームでよく見る教会のようだった。日の差し込むステンドグラスや、何かの像。均等に置かれた二人以上は座れそうな椅子が何脚かと、磨き上げられた床。

 そして、背後には先程まで私が入れられていた箱。

 よく見れば、それは、棺桶だった――


「おうえ……」


 どういうこと? どういうことなの! ホントに、誰か教えて……っ!

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