物語の主人公が嫌いな女が勇者に成り代りました

黒谷狼芙

プロローグ

 私は漫画やアニメが大好きだ。

 ゲームはポケットなモンスターと旅をするものばかりやっていたけど、ゲーム自体も嫌いではない。


 実際には体験できないような非現実的であり得ない世界。素晴らしい世界観でかっこいい男の子や可愛い女の子が魅力的な性格で動き回る姿はいくつになっても心が躍る。好きな作品がアニメ化して神作画で声優もイメージに合致していた時の嬉しさと言ったら、にやけ面で小躍りするほどだ。


 でも、そんな大好きな漫画やアニメ、ゲームの主人公が、私は嫌いだった。

 努力すればなんでもできると信じていて、それを他人に強要する。そして、実際に努力でなんでも叶えてしまう主人公が、私は、大嫌いだ。

 世の中努力ではどうすることも出来ない状況なんて当たり前のように転がっているんだ。

 そう、今の、私みたいに――











「ああ、勇者様が生き返った!」

「奇跡だ!」

「やっぱり選ばれた方なのよ!」

「今度こそ勇者様が魔王を倒してくれるぞ!」


 なんだこれは、なんだこれは、なんなんだこれはっ!?


 耳に届く言葉は正しく聞こえているはずなのに内容は理解したくない。

 目に映る人達は私の常識に当てはまらない格好をして喜悦の色を浮かべている。


 意味が分からない。誰か私に状況を説明して……と言っても視界に入る誰もが興奮状態で教えてくれそうにない。

 どうしようもないので、ヒントを得るために自分で振り返るとしよう。




 私――時枝春乃は、今日もいつものようにブラックなのかも分からなくなったクソ会社で馬車馬の如く働いていた。

 ようやく家に帰れたときには、いつも通り日付を跨いでいたのを確認し、義務感で入浴して、なんとか三時間は眠れるかと時計を確認して布団に潜りこんだ。そこまでは疲弊してふらふらだったが覚えている。なんせいつものことだからだ。


 そして、ふと気が付いたら真っ暗なところにいたのだ。

 意味が分からない。


 月の見えない真夜中に目が覚めただとか、起きたと思ったら実はまだ夢の中だったとか、そんな感じではない。確実に目が覚めていると実感して、そして私の体全部がこの場所に違和感を訴えていたのだ。


 自分の家の布団に潜りこんだはずなのに、いつもの柔らかい布の感触はどこにもなかった。肩に、足先に、頭に何か板のようなものが当たっている。

 暗さに慣れず周りは何も見えないのに、体に触れる硬い物のせいで妙に圧迫感があった。……狭いところに閉じ込められているのだと、すぐに察した。


 なんで? どうやって? 分からない。いやだ。助けて……っ。


 苦し紛れに手を前に出すと、体のすぐ前にも板があった。つまり、私の体に合わせたかのように四方が板だったのだ。


 なんで、どうして――


 疑問と共に恐怖が全身を襲った。震える体を掻き抱く。


 狭い。空気が薄い。息がしにくい。苦しい。――こわい。


 はぁはぁと、自身の荒い呼吸音がうるさかった。今の状況をなんとかしたくて、この場所から逃れたくて、ぐっと腕に力を入れる。しかしそれは予想に反して簡単に押し上げることができた。

 ガタリと音がして目の前の板が外れる。暗闇に慣れた瞳には眩しいくらいの光が差し込み、新鮮な空気が流れ込んで来た。


 ……良かった。閉じ込められていたわけじゃないんだ。


 ふう、とひとまず安堵の息をつく。

 ばくばくと早鐘を打つ心臓に気付かない振りをして上体を起こせば、視界に入ったのは人、人、人。ゲームに出てくる村人のような格好をした人たちが、一様に私を見ていた。

 信じられない、あり得ないとざわめく中で、けれどもその瞳は希望に輝いていて。


 彼らは叫んだ、奇跡だと。

 彼らは笑った、助かったと。

 彼らは願った、勇者よ、魔王を倒してくれと――


 いやいやいや、意味がさっぱり分かりません!

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