木刀の対価に震えます

 ライネルに遅れて家に戻れば、ライネルは既に木を切り始めていた。


「お前らは家の中で待っていろ。茶でも好きに飲めばいい」


 今度こそライネルの言うことを聞いて家の中で待つ。

 ヨルドは暇そうだけど、外で木刀作りを見ていたところでライネルの邪魔にしかならないだろうから、大人しくしているよう言い聞かせた。











「出来たぞ」

「……はっ!」


 突然聞こえた声と揺れた体に、がばりと頭を上げた。目の前にはテーブルに頭をつけているヨルドがいて、私の横にはライネルが立っていた。

 ぼやけた思考が急速にクリアになっていく。


 ……私はいつの間にか眠っていたらしい。


 ヨルドの規則的に動く背中を見れば、彼も眠っているようだ。

 どれくらいの時間が経ったのだろう。窓に視線をやれば、オレンジ色の日差しが木々に遮られ、見え隠れしていた。その光が完全に隠れ、辺りが暗くなるのも時間の問題だろう。


 そんな時間になっているのに、待ったという感覚がない。もしかしなくても、結構な時間を寝ていたようだ。


 ライネルの呆れたような視線はビシビシと感じる。けれど、森の中で熟睡出来るほどの神経をもち合わせていない私にとってはとても良い昼寝時間でした。ありがとうございます。


「一人で作業をさせておいて、すまない」

「家の中にいろと言ったのは俺だ。まさか寝ているとは思わなかったが」

「あはは……」

「試しに素振りをしてくれ」

「わかった」


 ライネルに促されて、外に出る。ライネルは作業台の上に置いてあった木刀を手に取った。


「これだ」


 渡された木刀は、今まで使っていたものとは比べ物にならないほど軽かった。


「丈夫で軽い。それがこの木の特徴だ」


 ……たかが木刀、そう思っていた。ライネルに会わなければ木の棒を代用すればいいか、なんて考える程度の物で、木であればそれほど変わりはないと思っていた。

 けれど、この木刀は明らかに今までの物とは違うと、レベルの低い私でも分かった。ゲームなら一定レベルにならないと扱えないタイプの武器だと思う。とはいえ木刀には違いないからそう高レベルではないだろうけど。


 この木刀の軽さは筋力値がまだ低い私にはちょうど良い。

 軽い武器は威力が落ちると思われるけど、この木刀に関しては当てはまらないと素振りをすれば分かった。振り下ろす感覚が今までとまるで違うのだ。力が流れずしっかりと木刀に伝わっている。

 柄も手に馴染み、握りやすい。そういえば、刀身も今まで使っていた木刀と長さが違う気がする。

 私の視線に気付いたのか、ライネルは頷いた。


「お前の体型に合わせた」

「すごい……」


 木刀なんて量産型でどれも同じだと思っていたから、体型に合わせて作られた物がこんなにも扱いやすいだなんて思ってもいなかった。


 こんなにすごい物がもらえるなんて、木刀壊した私、偉くない?


「ありがとう。こんな立派な物を作ってもらえるなんて思ってなかった」

「ちなみに、フレイムと言えば木刀から火が出る」

「なんて?」


 思わず聞き返した私は悪くないと思う。

 ライネルはもう一度同じことを言った。聞き間違いではなかったらしい。よほど私が変な顔をしていたのか、ライネルは説明し始めた。


「なぜか、俺は昔から作った物に魔法を付与できるんだ。トレントを倒したのも自作したものだ。とはいえ、俺は大した魔力もないからな。付与できる魔法は子供だましのちゃちなものだけだ」


 トレント……ってあの木のモンスターのことか。へーそんな名前だったんだー、なんて言ってられないくらいすごいことを聞いたぞ? 一介の大工は普通そんなこと出来ないよね?


「いや、あの、そんなことが出来るって、すごいこと……だよな? なんで、俺なんかに?」


 ……あ、しまった。そう気付いた時には遅かった。

 ライネルは何か決意したような瞳で私を見つめている。


 余計なことを言った。ああ、でも、この木刀を作って私に渡そうと考えた時点で、ライネルの気持ちは決まっていたのだろうけど。


「お前は勇者だと、魔王を倒すのだと言ったな。……俺もその旅に同行したい」


 ライネルの暗い瞳を見た時から、魔王という単語が出た時から、なんとなく予想はしていた。だから勇者の名前は出したくなかった。


 だって、こんな勇者の旅らしい出来事、悪魔が断るはずがない。


「……理由を聞いても?」


 聞かれると分かっていたのだろう、ライネルは少し目を伏せただけで話し始めた。


「俺が村を出た理由でもあるが……」








 ライネルには、妻と娘がいたらしい。妻は元々病弱で、子どもも産めないと言われていたが、反対を押し切りなんとか無事に出産した。産まれた娘も病弱だったけどすくすくと成長し、三人で幸せに暮らしていたと。

 けれど、魔王の影響で食べ物が徐々に減っていき、物価は高騰。薬も満足に買うことができず、病弱な二人は耐えられず亡くなった。


「……女々しいとは思うが、二人との思い出のある村には住めなくなって、ここに家を建てたんだ」


 ライネルはそう言って締めた。


 ……そんなこと言われたら、断れるわけがない。


 私は主人公が嫌いで、魔王の元へ行く旅路でパーティーメンバーが増えるのが物語の主人公の行動のようで嫌だっただけで、メンバーが嫌いなわけではない。ヨルドが仲間になったのだって、あのセリフと行動は吐くぐらい嫌だったけど、ヨルド自体はワンコで好きだ。


 だから、こうなってしまえば悪魔に関係なく、私に断るなんて選択肢はない。


 悪魔が天邪鬼で断らなければ……と思ったけど、私を見て愉しそうに笑っているから多分大丈夫だろう。勇者らしくないから勇者らしくするために主人公言葉に変えるっていうのに相違はないらしい。


「……魔王を倒すなんて、命がいくつあっても足りないと思う」

「家族が死んだ時に俺の命は家族に捧げた。復讐で散るなら本望だ」


 同行は許可するけど、死ぬのは許可しないよ。


『家族の望みは復讐なんかじゃない。ましてやそれで死んでもいいなんて思うはずない。それはライネルが一番分かっているんじゃないのか?』


 おい悪魔、なんで言葉を変えた!? 必要ないでしょう!?


 ライネルは眉を吊り上げ、声を荒げた。


「っ、そんなこと分かっている! あいつらが一番生きたがっていた!」

『だったら、散るなんて言うな。魔王を倒して、帰って、魔王を倒したんだって報告をする。それが家族への一番の手向けじゃないのか?』


 変換された私の言葉に、ライネルははっと表情を変えた。


「……ああ、そうだな。お前の言う通りだ。俺は生きてここに戻ると約束する。だから、俺も魔王を倒す旅に同行させてくれ」

『もちろんだ! よろしくな、ライおぅえ……』

「どうした勇者!? 大丈夫か!?」


 我慢、出来なかった……。ライネルの名前を言いながら吐くなんて驚かせただろうな……。ギリギリ下を向けて良かった。ライネルに引っかけるところだった。


 あーあ、吐かない程度の主人公言葉を使っていたつもりだったけど、悪魔には物足りなかったらしい。あんな言葉に変えられたら吐くしかない。難しいなあ、ちくしょう。


 背中をさすってくれるライネルに申し訳ない。謝罪しようと顔を上げると、家の扉が勢いよく開けられた。


「くせえっ! また吐いたな勇者!」

「また!?」


 嘔吐物の臭いでヨルドを起こしてしまったらしい。

 慣れたように水を渡してくれるヨルド。いつもごめんね。


「……ぐ、うう、ありがとうヨルド……。すまないライネル、驚かせたな……持病みたいなものだ。気にしないでくれ……」

「気にするだろう!」


 ですよね……。

 でもこればかりはどうしようもない。私が主人公言葉に慣れるのが先か、ライネルが慣れるのが先か。


 ……うん、ライネルもヨルドみたいにすぐに慣れるよ。


『吐く回数も減ってきているんだ。戦闘にも影響しないよう努力してる。……俺は、勇者だからね』


 嘔吐物の臭いをぷんぷんさせて笑みを作らされてもね……。

 でも、ライネルには主人公オーラが通じたらしい。ライネルは、ふっと小さく笑った。


「……そうか」


 ……勇者の仲間っぽいかっこいい笑みですね。

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