私の知っている大工と違いました

 男はライネルと名乗った。村を出たのは一年ほど前らしい。

 村を出てからは村には時々買い物に行く程度で、生活のほとんどを森の物で賄っており、今日も食べ物を探して歩いていたら私たちを見つけたのだと話した。


 ライネルの後を着いて行くと、森の中にぽつんと一つ小屋が建っていた。大工だと言うだけあって見た目は立派な家だ。

 そのまま案内されて中に入れてもらうと、綺麗な室内が迎えてくれた。家具も必要最低限ではあるけど一人で暮らすには十分だ。

 むしろ勇者が住んでいた家の方が雑な造りだった気がする……。


「本当にただの木刀しか作れないがいいのか?」

「大丈夫だ。今までのもただの木刀だったから」


 魔王のところまで行った勇者の装備としてはあり得ないと思うけどね。


「そうか……。そんな装備でよく旅をしようと思ったな」


 ライネルは頬を引き攣らせている。私もこんなんで旅なんかしたくなかった。


 ライネルのこの様子だと、この辺りの村までは勇者の顔は知られていないらしい。あんな面倒な思いをする村はもう無さそうで安心した。


「旅の途中で装備を揃える予定だったんだ」

「急ぐ旅か……。なら早速、俺は木刀に良さそうな木を見繕ってくる。お前たちはここで待っていろ」

「手伝うか?」

「いらん。待ってろ」


 そう言ってライネルは背を向けてさっさと家から出ていった。

 現代日本人の私からしたら、今日出会ったばかりの他人を家に置いて行くだなんて考えられない。この世界の感覚なのか、私たちが物を盗むと思われていないのか、はたまた大したものは家に置いていないのか。

 人様の家に置いていかれるだなんて妙な感じだ。


 それにしても、無駄なことはしない言わないなんて職人って感じがしてかっこいいと思う。けど、ヨルドはお気に召さなかったらしい。


「感じ悪いナ」

「職人ってだけさ。悪い人じゃないよ。ヨルドに対しても普通だったろ?」

「けっ」


 ヨルドはライネルが出ていった扉を睨みつけている。

 しかし行動や言動とは裏腹に嫌悪は見えなかった。どちらかといえば、そわそわとしているように見える。


 ……なるほど、心配しているのか。

 私たちもさっきモンスターに襲われた。ライネルも襲われる可能性は十分にあるだろう。

 でも、木刀すら持っていない私が付いて行ったところで足手まといにしかならない。ライネルに言われたとおり大人しく待っているべきだ。


『ライネルの後を追いかけようか。ヨルドは心配性だからな』


 ……大人しく、待たせてはくれないらしい。


「はっ、はあ!? ちげーヨ!」


 ヨルドは照れ隠しなのが分かるくらい動揺している。

 可愛いなあ。これを見ながらお留守番していたいなあ……。


『わかった、わかった。ほら、行くぞ』

「わかってねーだロ!」


 にやにやする悪魔を視界にいれないようにして、暫くヨルドを撫でまくった。






 撫でまくったおかげで少し気持ちが落ち着いたため、ヨルドと共にライネルの家を出た。当たり前だけど既にライネルの姿はない。


 見当たらないならわざわざ探さなくてもいいのでは? なんて思うけど、悪魔がああ言わせたってことは、自発的に動かなかったら操られるだろうからね。ちゃんと探します。


 ほら、私の木刀のせいで危険な目に遭ったとしたら寝覚めが悪いから。ヨルドも心配しているし。

 ……そう思わないとやってられないわ。


「ヨルド、どっち?」

「あっちダ」


 くんくんと臭いを嗅いだヨルドが指差した方へと足を進める。迷いなく進むヨルドについて行けば、なぜか大きな音が聞こえてきた。


「なんの音……?」


 断続的に聞こえてくる音は、歩けば歩くほど近付いて聞こえる。もしかして、なんて考える必要もなかった。


「おっさんの方ダ!」


 ヨルドはダッと走り出した。


 ……いや、置いて行かないで!


 人狼のスピードに追いつける訳がないけど、なんとか見失わないように走る。しかし、そう距離を走ることなくヨルドは足を止めた。


「ヨルド?」


 漸く追いついて、ヨルドの顔を見上げる。呆然と先を見つめるヨルドはぽかんと口を開けた間抜け面だ。

 ヨルドの見つめる先に視線をやれば、そこには信じられない光景が広がっていた。


 木刀の材料を探しに家を出たライネルが、木のモンスターと戦っていたのだ。しかも、五体。


 五体もの木のモンスターに囲まれたライネルは、どこからか引っこ抜いたのだろう根が付いたままの木を振り回して、木のモンスターと戦っている。

 体格が良いと思っていたけど、まさか木を引っこ抜いて振り回せるほどの筋力があるとは思っていなかった。


「……あ、か、加勢しなきゃ!」


 信じがたい光景に行動が遅れてしまった。

 この様子だと一人でも問題はなさそうだけど、さすがに一対五は手を焼くだろう。


 ライネルの方へ行こうとしたときだった。ライネルは何かを木のモンスター五体に放り投げた。その何かが木のモンスターに当たった瞬間、木のモンスターは炎に包まれた。


「え、ええええっ!?」


 何あれ!? なんで燃えた!? 確かに草や木の属性には火だと思うけど、ここ、森! 燃え移る! 火事になる!


「……って、あれ?」


 木のモンスターを包んでいた炎は、なぜか他に燃え移ることなく鎮火した。

 残ったのはモンスターを倒した証であるコインと、何かが燃えた時特有の焦げた臭いだけ。


「なんで……」


 ライネルは魔法が使える人なのだろうか? それなら、モンスターにだけ効果のある炎を使ったとして納得できる。

 けど、こういう筋肉タイプは魔法は使えなくていいと思ってしまうのはオタクの凝り固まった固定観念か。ごめんなさい、解釈違いです。


 理解が追いつかず立ち尽くしていると、ライネルはこちらに気付き、眉間に皺を寄せた。


「待っていろと言っただろ」

「すまない、まさかこんなに強いとは」


 思ってなくて……、と言葉を続けることは出来なかった。


「なんだその言い方! 勇者はオマエを心配してわざわざ来たんだゾ!」


 いや、心配していたよい子はヨルドだから。私は家から出るつもりはなかったよ。だからライネルに掴みかかろうとするのは止めなさい!


「こらっ! ヨルド!」


 ヨルドの胴体に抱きついて止めようとするけど、力ではヨルドに勝てそうもない。ずるずると引きずられそうになりながらも止めていると、ライネルは信じられないというように声を震わせた。


「……勇者?」

「そうだ! コイツは魔王を倒すために旅をしている勇者ダ!……あひゃあっ!?」


 余計なことを言うなこのお馬鹿!


 人狼の弱点を撫でたおかげでヨルドは崩れ落ちた。


 ああ、ちくしょう。ライネルは明らかに魔王に対して何かを抱えている。それが分かっていたから、面倒なことにならないよう勇者だと名乗るつもりはなかったのに。


「……本当に、勇者なのか?」


 じっと見つめてくるライネル。その瞳には疑惑と、なぜか懇願の色が見えた。


 ……話すつもりはなかったけど、嘘をつこうものなら悪魔に邪魔されるのは想像に難くない。仕方がないか。


「……事実だ。だから魔王を倒すための旅をしている」

「それで急ぐ旅か……」


 ライネルは納得したように呟いた。


 ……こんなにレベルが低いのに勇者だって納得しちゃうの? なんて思ったけど、そういえばレベルが可視化できたのは悪魔のおかげであって、この世界の人たちは分からないのか。

 まあ、レベルが高い人たちなら相手の強さを感じる、なんてことはありそうだけど。


 ライネルはじっと地面を見つめて何かを考え込んでいる。嫌な予感しかない。けれど、これ以上面倒なことにはなってほしくないのだ。


「そんなわけで、木刀を作ってくれるというなら悪いけど早めに頼みたい」

「……そうだな。木刀用の木はもう見繕ってある。家に戻るぞ」

「って、その振り回してた木!?」


 ライネルは先程まで振り回していた木を担いだ。

 木のモンスターに対抗するために引っこ抜いたわけではなかったらしい。


 大きな木なのにライネルは余裕の表情で担いでいる。ひくりと引き攣る私の顔を見て、ライネルはぽんと木を叩いた。


「これは普通の木とは比べ物にならないくらい丈夫な木だ。投げた程度じゃ壊れないくらいにはな」


 なるほど、投げて壊した私からするとありがたい木だ。けれど木刀を作るのに木を丸々一本も必要なのか疑問が残るけど。


 ……ん? ライネルはその木を使って木のモンスターにダメージを与えていなかった?


 加工してどうなるかは分からないけど、つまりは木のモンスターよりも丈夫な木ということだろうか。

 そんな立派な木で作ってくれるなんて、出来上がった暁には何か対価が必要なのでは……。

 あげられる物なんて何もない。けど、対価を惜しんでいられるほど武器がない状態で旅なんてできない。


「よ、よろしく頼む……」


 ライネルは頷いて家へと足を向けた。

 何を要求されてもいいように、覚悟だけはしておこう。


 歩きだしたライネルにそのままついて行こうとして、崩れ落ちたままのヨルドを思い出した。なんか静かだと思ったら。


「ほら、ヨルド。置いてくぞ」

「誰のせいだト!?」

「そんなに叫べるなら大丈夫だな」


 震える足で立ち上がったヨルドは、産まれたての小鹿のようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る