襲う理由はなんでしょう

 ひとしきり人狼の毛並みを堪能できた私は満足感でいっぱいだった。

 避難していた村人たちは、人狼の雄たけびが聞こえなくなったからか戻ってきて、撫でられまくって地面に倒れ伏している人狼を見て「勇者様が倒した!」と大喜びしている。

 悪魔はげらげらと笑っていた。


 撫で過ぎたせいか、全身に力が入っていない人狼たちを縄で縛る。

 こんなものでモンスターである人狼を拘束できるとは思っていないけど、村人の手前やるしかない。これで安心するんだって。


 全人狼を縛り終える頃には、最初に撫でまわした人狼が正気に戻っていた。

 撫でてから大分時間が経ったからね。これならば普通に会話ができるだろう。


「さて。なんで村を襲ったのか、教える気になった?」


 人狼はふい、と顔を背けた。


「そうか……」


 まあ、そう簡単にはいかないよね。


 憂い顔を見せ、両手をばっと上げる。びくりと体を震わせた人狼の目の前で両の指をわきわきと動かせば、人狼は慌てて口を開いた。

 ……拷問と同じ扱いなのは気に入らないけど。


「ひい……っ! も、森に食い物が無くなったからだヨ!」

「うん? この辺りの森には木の実とか色々あったと思うけど」

「お、オレたちの森はこの辺じゃねーヨ。それに、木の実じゃオレたち全員の腹は膨れない」


 確かに、肉食だろう人狼たちは木の実で腹は膨れないだろう。私だって木の実ばかりは嫌だったから村で食料を買おうと思ったわけだし。

 それにこの人数で木の実を漁ったところで何日も持たないだろうことは想像に難くない。


「なんで森から食べ物が無くなったんだ? 今までは問題なく過ごしてきたんだろう?」

「魔王のせいに決まってんだロ!」


 がるる、と唸る人狼に村人たちは小さく悲鳴を上げた。

 片手をあげて、村人たちに問題ないと示す。それだけで村人たちは口を噤んだ。


 さて。魔王のせいだと、人狼は言った。

 私は、モンスターはもれなく全員魔王の手下というイメージがあったのだけど、実際は違うのだろうか。


「魔王の手下どもが森から根こそぎ食い物を奪って行きやがったんダ! 下位のモンスターでも、魔王のおやつぐらいにはなるからってナ!」

「魔王の手下……」


 魔王が全モンスターを率いているわけではないらしい。しかも、こうして魔王に敵対心を持つモンスターもいる、と。


「下位のモンスターじゃないとはいえ、君たちはよく無事だったね」

「……オレらは群れで行動する。四天王ならともかく、したっぱの手下程度には負けねーヨ」

「なるほど……って、四天王?」


 なにそれゲームっぽい。

 私の問いに人狼は嫌そうに頷いた。


「最近出来たって聞いタ。詳しくはオレらも知らねーケド」


 四天王っていうのは新しく出来るものなのだろうか。レベルや能力で入れ替わりはしても、新しくできるというイメージはないんだけど。

 まあ、いくらゲームっぽいと思ったところでこの世界はゲームではないのだから、そういう改革が魔王の中であってもおかしくはないのだろう。


「そうか。魔王の手下のせいで、食べる物が無くなった。だから村を襲ったんだな」

「そうダ!」


 人狼が困っていたのはわかった。でも、だからと言って村を襲っていい理由にはならない。

 なにより、私に迷惑をかけたのは許さないからな。


「君たちは、村人たちに食料を分けて欲しいと頼んだのか?」

「はあ? 頼んだってムダに決まってんだロ!」

「そんなの、言ってみないとわからないだろ?」

「わかル! 人間はオレらを嫌ってル!」


 吠える人狼と、私たちの様子を遠巻きに見ている村人たち。その視線に籠る嫌悪の色に、納得した。してしまった。


 私だって人狼を怖がったのだから、村人たちをとやかく言う権利はない。でも、この世界の人間からしてみれば、人狼はただのモンスターではないらしい。人のフリをする、亜種なのだ。魔獣と亜人では、同じモンスターでも違うのだと、村人たちの嫌悪の視線で理解した。

 ……大きな街ならば、もう少し違うのかもしれないけど。


「……そうか」


 人狼も苦労しているのだろう。

 でも、じゃあ、なぜ元凶である魔王を倒しに行こうとは思わないのだろう。魔王さえいなければ、元の生活に戻れて、嫌いな人間にも関わらず、食料にも困らず生活できるはずなのに。

 私は、全く関係ないのに魔王討伐に行かされるのに……。


 アンタたちが、魔王討伐に行けばいいのに。


『俺が魔王を倒してくる! そうすれば、食料に困ることもなくなるだろう? だから村には手を出すな!』


 人狼は驚愕に目を見開いた。何を言ってんだ、というような表情をしているけど、私も自分にそう言いたい。


「魔王を……倒す……?」

『ああ。俺は勇者だ。魔王を倒すため、そのために生まれてきた』


 私の言葉に村人たちからは歓喜の声が上がった。

 人狼は呆然と私を見上げている。その頃には他の人狼も正気を取り戻していたようで、一匹の人狼が体を起こした。


「信用できるのか?」


 強い声色と、他の人狼の表情が引き締まったことから、この人狼は群れの中でも上位の人狼なのだろう。

 私を見定めようとする視線が居心地が悪い。


「……信用してくれ、とは言わないさ」


 言えないしね。

 小さく笑みを浮かべると、上位の人狼は私をじっと見つめ、少し視線をずらし、やがてふっと笑みを浮かべた。


「その言葉が出る時点で、信用しても良いだろう。このまま村を襲っていても、食料が無くなっていくのは変わらない。……それに、オマエには加護がいるようだ」

「加護……?」


 加護が「いる」とはなんだろう。

 私が首を傾げても上位の人狼は応えようとはせず、腕に力を込めて縄をぶちぶちと引きちぎった。

 突然の行動に村人たちは悲鳴を上げる。

 上位の人狼は村人たちの反応は歯牙にもかけず、すっと片手を上げた。それを合図に他の人狼たちも次々と縄を引きちぎっていく。全員が自由の身になると、上位の人狼はぐるりと村人を見渡し、私で視線を止めた。


「オマエが魔王を倒すのを待っている」


 上位の人狼はそれだけを言うと、他の人狼を引きつれて村から出ていった。






 人狼が全ていなくなると、村人は鬨の声をあげた。


「さすが勇者様だ!」

「人狼も退けるだなんて!」

「勇者様万歳!」


 口々に勇者を褒め称える村人たちに、ため息しか出ない。


 ……すごく、疲れた。


「勇者様、娘を助けていただいてなんとお礼を申し上げたら……」

「気にしないで。それよりも疲れたから休ませてくれ」


 助けた幼女とその母親にも適当に返事をして、他の村人からかけられる声にも応えず、村の端へと急ぐ。

 最初に案内された寝るための場所に行きたかった。


 爪で攻撃されたところが痛む。

 せっかくお風呂に入ったのに、誤魔化しようがないくらいしっかりと汚れた。

 食後だったのに吐いたからお腹も少し空いている。

 上位の人狼が言ったことも気になる。


 でも、それよりもなによりも、眠たくて仕方がなかった。なぜこんなに眠いのか分からないけど、とにかく眠りたかった。今ならきっと、布団がなくても、硬い板の上でもぐっすり眠れるだろう。


 ようやく建物までたどり着き、その扉を開ける。そのまま、崩れるように床に倒れ伏した。




   ◆




 窓から差し込む日差しで目が覚めた。太陽の位置からして、かなりの時間眠っていたようだ。


「……体中が痛い」


 のっそりと起き上がってみるけど、怪我をしたところだけでなく、硬い床の上で、しかも疲労のためか微動だにせず寝ていたみたいで全身が痛かった。


「昨日は随分と愉しませてもらったぜ」

「……そりゃ、よーござんした」


 朝っぱらから悪魔のニヤニヤとした笑顔だなんて気分が悪い。


 疲れが取れたとは言えない体の調子にため息をつく。

 ひとまず、朝ご飯を食べに行こう。それから食料を買って、さっさとこんな村を出るんだ。




 昨日と同じ食堂で食事をして、番台に無理を言って大浴場を開けてもらい、旅用の食料を買い込んで、村長に捕まる前にトルポ村を出た。


 ちょっと食料調達に村に寄っただけなのに、とんでもないことになっちゃったな……。


 私の深い深いため息を聞いて、悪魔は愉しそうに笑う。


「さーて、次はどう愉しませてくれんだ?」

「……私の意思でこうなったわけじゃないから。あんたで勝手に楽しんどいて」


 けらけらと楽しそうに笑う悪魔に舌打ちをひとつ。本当に、悪魔にとって何が楽しいのかまるで分からないから困るのだ。


 ……きっと、最初に言われた通り、私が何をしていても楽しめるんだろうけど。


 魔王討伐にさえ向かえば、途中で何をしてもいいと言ってのけた悪魔の言葉を思い出す。「悪魔」の言葉を信じるだなんて、本来ならあり得ないだろう。


 悪魔は人を騙すものだ。そういうものだと私は思っている。だから、ひどく「悪魔らしい」と感じるこの悪魔もそうだと考えるのは当たり前だと思う。

 けれど、悪魔らしいからこそ、最初に言われたあの言葉が嘘だとは思えなかった。

 どうしてそんなので愉しめるのかはまるで理解できないけど、私が旅の途中で何をしても本当に楽しめてしまえるのだろうな、と思ってしまったのだ。


「んじゃ、教えてやった方が愉しそうだから口に出すけど……さっきからすげー見られてんぞ」

「……は?」


 悪魔の突然の言葉に目を剥く。


 見られてる……?


 その言葉を呑みこんでから、バッと辺りを見渡す。けれど周囲には誰もいない。気配もない。いや、能力の低い私が感知出来ないだけで、もしや近くにいるのだろうか。


 ……近く、ではないか。


 声が聞こえるほど近くに誰かがいるのならば、きっと悪魔は私の言葉づかいをなんとかしただろう。悪魔は私を勇者らしくするのも愉しんでいる節があるから。


「ええ……全くわからん」

「レベル低いもんなー、お前」

「自覚してるっつの」


 再度確認のため辺りを見渡してみたけど、やっぱり何もわからなかった。


 仕方ない。警戒はしつつ、このまま進むしかないだろうな。


 木刀を手に持ち、周囲に視線をやりながらもずんずんと村から離れていく。

 森に近付き、代わりに村が見えなくなったくらいだった。


「ちょっと待て!」

「っ!」


 前方から飛び出してきた人影に心臓がはねた。


 ……警戒していたつもりでも、これは驚くって。


 震える指に力を入れて、木刀を握り直して構える。私の戦闘態勢に、人影は慌てたようにしゃがみこんだ。

 その姿に、首を傾げてしまった。


「……あれ?」

「ま、まテ! オマエに攻撃したいわけじゃなイ!」


 そこにいたのは、昨日村を襲った人狼の一匹だった。

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