第19話


「大丈夫か?」


 ヘルヴィムの声に顔を上げると、すでに山の中腹だった。


「一体、どういうことだ」


 眼の前には大きなトンネルが口を開けている。下から見たときには、こんな穴は見えなかった。どうも自然に出来たと言うよりは、人工的なトンネルのように見えた。どこにも光源が見えないのに、うっすらとトンネルの中が見える。


「まあ、こういうものだと思ってくれて良い」


 彼は軽くそう言うと、トンネルに足を踏み入れた。彼とはぐれたら、僕は二度と戻れなくなる予感がしたので慌てて彼について行った。デカルトを帰して正解だった。こんなわけのわからないところに、子供を連れてくるのは危ない。


 トンネルからは冷たい風が吹いてきていた。


「そっちは良くてもこっちは……」


 やっとヘルヴィムに追いついた。


「ところで、何の話をしていたんだかな」


 僕の言葉を遮って、ヘルヴィムが言う。


「モノリスの話だ」 


 ヘルヴィムはため息をついて、僕を嘲笑した。


「そうだったそうだった。まったく、君のような三流では歯が立たないのは当然か。少し君を買いかぶりすぎていたようだよ」


 いちいちイライラさせる言い方をする。


「じゃあ何だって言うんだ。そう言うからには知っているんだろう?」


 僕がそう言うと、ヘルヴィムは振り返って「ふっ」と笑った。それがまた僕の頭に血を逆流させる。


「あれはね、いわゆる伝言板さ」


 今度は僕が笑う番だった。


「その程度のことは、もう世界中の誰もが考えたさ」


「ほう、それで?」


 ヘルヴィムが僕を試すような目で見る。どうせ、三流の頭ではわからないだろうとでも言いたげだ。


「それだけさ」


 トンネルの中は、シールドマシンで掘削したような綺麗な円ではなくて、人が最低限歩ける空間を作ったというような穴だった。だから、コンクリートで補強されてもいないし、いつ崩れるかわからない。その圧迫感が、僕を余計不安にさせた。


「ははっ」


 ヘルヴィムが吹き出す。


「それじゃあただの予想だ。なんにも意味がない」


「あんただって、どうせわからないんだろう」


 僕がムキになって言い返すと、ヘルヴィムは顔の前で人差し指を振った。


「あれは天使が触れると、独自のネットワークが構築されるのさ」


「初めて聞いた説だ。あんたはどこからそんな話を聞いた?」


「聞いたんじゃあない」


 ヘルヴィムは突然足を止めて僕を振り返った。


「さあ、到着だ」


「なんだって、まだトンネルの中……」


 言い終わらないうちに、強烈な光が僕の目を突き刺した。突然、ヘルヴィムの背後にトンネルの出口が現れたのだ。トンネルの中は薄暗かったから、余計眩しく見えた。


 トンネルから出ると、エジプトのアスワンのような都市があった。


「冗談だろ……」


 僕はその場にへたりこんでしまった。


「一体、何なんだここは」


 遠くに見える大きな板は、確かにモノリスだった。


 僕はヘルヴィムを振り返った。


「あんたは……天使だったのか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る