第11話


 あの頃は、まだ幸せだった。新婚旅行で奮発した僕は、海外のプライベートビーチのあるホテルに泊まった。白い砂浜で、彼女は素っ裸になった。いくら他の利用客がいないからと言って、見られる可能性だってあるのに、そう言うと、彼女は無邪気に笑った。まるで女神のようだった。


 彼女はキャッキャと笑いながら海に飛び込んだ。そんな彼女の天真爛漫なところも好きだった。僕はため息を一つつくと、追うように海に入っていった。気持ちの良い海だった。塩でベタベタせず、水は透き通り、まるで水族館の水槽の中にいるみたいだった。彼女は仰向けになって、海にプカプカ浮かんでいた。僕にも勧めてきたが、何度試しても沈んでしまうので諦めた。妻は僕を馬鹿にしたが、「君みたいに太っていないから、体が浮かないんだ」と言ったら、妻は顔を真っ赤にして怒った。


 空は瑠璃色で雲は綿のよう、海は水彩絵の具を溶かしたような美しさだった。海の下には白い砂が敷き詰めてあり、時折僕の顔の横を通る魚は、「いい女連れてるじゃん」と目配せをしていった。僕もウインクで返す。


 連れてきた猫が、必死に魚を獲ろうとしていたが、一匹も捕まえられなかった。その仕草が可愛くて、ギュウと抱きしめた。


 まるで夢のようだった。


 もしかしたら、本当に夢だったかもしれない。

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