”笑顔”の再会

 目を開けると、見たことのない真っ白な天井だった。白色の蛍光灯で目が眩む。


「あれ...ここは?」


 体を起こそうとすると、左足と頭部に激痛が走る。


「痛っ」


 訳が分からない。走っていたところまでは覚えている。理由は分からないけど、何かを取り戻そうとしていた気がする。首だけ起こすと、左足が包帯まみれで吊るされている。なんとなく察した。そうか...僕は車に...


 右手に違和感を感じて見てみると、パイプ椅子に座ったまま寝ている母が手を握っていた。


「母さん...」

「ん....タクミ?起きたの?」


 驚くこともなく、母は反応した。朝、一階に降りてきた僕に気づいたみたいに。


「ごめん」

「この馬鹿者が」


 それだけ言うと、母は荷物を持って立ち上がった。


「明日、仕事だから帰るわよ。さっさと治しなさいその傷」

「はい」


 冷たい言い方だけど、母なりの優しさだ。説教や小言を言うこともなく、そのまま病室を出て行った。


 高校二年が始まって早々に骨折、我ながら間抜けすぎる。事故が起こる前に何を考えていたか思い出そうとしていると、誰かが声をかけてきた。


「相変わらず、情けないね」


 さっきまで母が座っていたパイプ椅子に誰かが座っている。見覚えのある顔、長髪、格好、あのころと変わらない身長。


「アオイ」

「何やってんだか。高校二年にもなって恥ずかしくないの?」


 アオイだ。中二の時に見た彼女と一緒だ。肌の色も、声も、あの時と一緒だ。


「なんで...今になって」

「さぁね、あんたの妄想かもしれないし、モナカのお礼にあの世から出向いてきたのかもしれない」

「どっちでも嬉しいよ」


 もしもケガが無かったら抱き付いていただろう。今すぐ彼女を感じたい。


「アオイ...一つだけ、お願いがある」

「なに?」

「抱きしめてほしい」

「はいはい」


 優しく、小さな体で僕を抱きしめた。いつの間にか僕よりも小さくなってしまった体で。天日干しした布団の香りがする。胸の奥で引っかかってモノが外れる音がした。大粒の涙が、頬を伝って彼女の肩に落ちる。


「うぐ...っ..アオイ..なんで死んだんだよぉ...」

「しょうがないだろ。人はいつか死ぬんだ。運が悪かったんだよ」


 落ち着いて話す彼女に対して、何とも自分はみっともない。いかに自分が成長してないか分かった気がする。いつまでも止まったままだ。あの夏からいつまでも抜け出せない。小さな病室に、嗚咽が響く。


「お前は一人じゃない。シオンがいるだろ?」

「僕は...アオイが...」


 涙の量が一層増える。視界は既に歪み、彼女の顔が認識できない。


「ふふふ、やっぱり面白いな。お前は」

「なんで笑ってるんだよぉ...」

「泣いてるお前が面白いから。あはは!」


 昔、何度も見た笑顔だ。僕が知ってるこの世のどんなものよりもきれいな笑顔。釣られて僕も笑えてきた。


『あはははは!』


 久々に二人で笑った。大きく、子供らしく、涙を流しながら。

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