朝食、川のせせらぎ
カレーを食べたその夜。僕は、夢を見た。暗闇の中、アオイが一人立っている。あの時と変わらない長髪をなびかせて。思わず僕は声をかけた。
「アオイ!」
彼女に駆け寄って、肩に手を置いた。ゆっくりと振り向いた彼女の顔は、シオンだった。ニヤリと笑って、肩に置いた手を掴まれた。生暖かい手で。
「たっちゃん」「タクミ」
二人の声が脳に優しく響く。
息を吹き返したように、勢いよく上半身を起こした。全身が汗でびっしょり濡れている。寝てただけなのに息が上がっている。
「....夢か」
ほっと胸を撫でおろす。妙に生々しくて、不気味な夢だった。壁に掛かったアオイと撮った写真を見る。二人で釣った魚を笑顔で見せつけている。
汗まみれだ。今日は土曜日、いったんシャワーを浴びてからまた寝よう。着替えを持って、一階の風呂でシャワーを浴びる。頭がだんだん冴えてきた。この後、何をしようか迷い始める。寝るのをやめて散歩にでも行こうか、ゲームでもやろうか。
そんなことを考えながら風呂出て新しい下着に着替えると、居間に向かった。朝ごはんを食べた後にまた考えよう。大きなあくびをしながら、朝食のメニューを母に聞いた。
「母さん、今日朝ごはん何?」
「鮭とみそ汁よ」
台所にいる母に聞いた。いつもと変わらないメニューだ。時計を見ると、朝の9時。テレビに映る興味もない旅番組を見る。女性リポーターが、おいしそうにスイーツを食べている。
「出来たわよ~」
「うん....ん?」
今更だが、母の声が違う気がする。いつもより高い?台所を見ると、明らかに母ではない人が立っている。エプロンを着た後ろ姿は、母より背が高いし、髪も短い。それに、そんなフリフリの付いた可愛らしい服を着るはずがない。
「...だれ?」
そう聞くと、その人の肩が震え始めた。少しずつ声が漏れ始める。
「...っく...あははは!私ですよ先輩!」
振り向くと、シオンだった。呆気に取られている僕を見て、彼女は爆笑している。
「なんで?...母さんは?」
「さっき買い物に行きました。私が朝ごはん作っとくと言ったので」
朝から驚きっぱなしだ。心臓が持たない気がする。とりあえず、作ってくれた朝食を食べることにした。
「....普通にうまい」
「普通にって何ですか!普通にって」
頬を膨らませ、彼女は怒っている。それでもどこか嬉しそうだった。
朝食を食べ終わると、彼女と食器を洗う。狭い洗い場で、密着しながら。
「なんだか夫婦みたいですね」
「そうかな?」
「はい...」
横目で見た彼女は頬を赤らめて恥じらっていた。水道水がシンクを叩く音と、食器がぶつかる音がそれをかき消そうとしている。
「この後、散歩に行きません?」
「いいよ」
食器を洗い終えると、二人で外に出た。僕が住む住宅街を抜けて、三人で遊んでいた小川を目指す。
「気持ちいいですね。春の陽気が一番好きです」
気持ちよさそうに日の光を浴びながら、彼女は隣を歩いている。改めて彼女が大きくなったことを感じた。僕は175センチあるが、彼女は160前半くらいだろうか。
アオイが生きていたらどうなっていただろう。シオンくらいか、それとも僕より大きかったのか。いつの間にか彼女より大きくなってしまった。本当は三人で歩きたかった。この道をくだらない話をしながら下品に笑う。誰の目も気にせず。
そんなあり得たかも知れない妄想をして、ついため息が出てしまう
「はぁ...」
「どうしたんですか?」
「いや、なんでもないよ」
それからしばらく無言が続いた。歩き慣れたあぜ道をひたすら進んで行く。土を踏み、石を蹴って田園の真ん中を。
10分ぐらい進むと、川に着いた。狭くて小さな川だけど、当時の僕たちからしたら、無限に広がる公園のようだった。水は澄んでいて、小魚が鱗を輝かせている。
「懐かしいですね」
「うん」
川のせせらぎが僕たちを再び歓迎している気がする。川の真ん中にある石の上では、カメが日光浴をしている。
「さっき、何考えてました?」
急に振られた質問に驚いた。
「な、何も考えてないよ。ついなんとなく―」
「アオイちゃんのこと考えてましたよね?」
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