最終回 秘密
「兄貴、あたし皿洗ってくるからさ、さっさとお風呂入ってきてくんない?」
出流はいつの間にやら湯船を沸かしており、いつでも入れるようにしていたようだ。
「ああ、分かった」
オレは返事をすると、脱衣所へ向かい服を脱いでいく。そして浴室に入ると体を洗い、浴槽に浸かる。
「ふう……」
今日も疲れたなと思いつつ、オレは天井を見上げる。
妹の容姿は間違いなく整っており、将来が楽しみであると思えるほどの美少女っぷりである。
そんな彼女がオレのことを慕ってくれていたのは正直、悪い気がしなかった。今は慕うどころかコケにしてくるから、昔の思い出に浸る以外できない。
妹は変わったと思う。中学の頃はまだ可愛げがあった。だけど高校に入ってから、あの頃の純粋さが失われてしまった。
「はあ、妹に嫌われて兄さんは悲しいよ」
一人でこんなことを言ったところで、この愚痴は誰にも聞かれること無く霧散するだろうけどさ。そんなことを考えているうちに、自分が情けないと思えてきた。
オレは妹に好かれるような立派な人間になりたいと思っている。そのために努力しているつもりだ。しかし、その成果が実っているのか不安になってしまうのだ。
「はあ……」
不安ゆえに出るのは溜息ばかりであり、オレはそんな自分に腹を立て、頬を軽く叩く。
「よし!」
いつまでもウジウジしていては仕方がない。とりあえず妹とは少しずつだが着実に関係を改善していこう。人間関係の構築に近道は無いわけだし、焦らず一歩ずつだ。
そう決意したところでオレは風呂から上がり、体を拭いて着替えるとリビングへ向かう。
「出流、上がったぞ」
「はーい」
妹はソファに座ってテレビを見ながら寛いでいた。
「兄貴、あたしが飲みたくてアイスティー作ったんだけどさ、あんたの分も作っちゃったし飲んでくんない?」
妹はオレに作り過ぎたアイスティーを押し付けてきた。夏へ向かうにつれ、気温は高まりつつある。体が熱っているところに、液面に氷が浮かびキンキンに冷えているその飲み物は魅力的であった。
「ありがとう」
「ふん、温くなるからさっさと飲みなさいよ」
オレは妹の隣に座り、差し出されたグラスを受け取るとストローを口にくわえる。そして一口飲むと、舌に広がる冷たい感覚に心地良さを感じる。
「美味いな」
「あたしが作ったんだから当たり前でしょ」
「出流ってほんと料理上手いよな」
「ふーん……ありがと」
褒められたことに照れ臭くなったのか、そっぽを向いてしまう妹だったが耳元が赤くなっていた。
出流の作ったアイスティーはほんのりと甘く、喉を潤すには十分過ぎるほどに満足できるものだった。
「ごちそうさま」
「お粗末様」
妹に礼を言うと、オレは空になったグラスを流し台に置きに行く。
「兄貴」
「どうした?」
キッチンへ向かおうとすると、彼女がオレを唐突に引き留める。
「……なんでもない」
何か言いかけた出流は言葉を呑み込むと、オレに背を向ける。
「それなら良いんだが」
「うん」
こうして今日も終わりを迎え、寝る前のひと時を自室で過ごすのだった。
いつものように漫画を読んでヘラヘラと笑っていると、家ではほぼ感じるはずの無い人の気配を感じ取った。
得体の知れない誰かが近くにいるというだけで落ち着かない気分になるが、当然ながら戸締まりをしっかりしているこの部屋において、侵入者などあり得ない。
オレが警戒しながら部屋の扉を開けると、そこには妹の出流が立っていた。
「あれ? 兄貴じゃん」
「なんだお前かよ」
「何その反応」
「実はさ……」
妹だと分かって安堵したオレは一人で抱え込むのも限界だと思い、彼女に悩みを打ち明けることにした。
「最近ずっと視線感じてるんだよな」
「ストーカーされてるってこと?」
「流石にそれは無いと思うけど」
「とりあえず調べてみる?」
「いや、別に良いよ。自意識過剰なだけだろうし」
「ダメよ! あたしだってそいつに監視されているかもしれないじゃない!」
妹はオレのことよりも自分の身に迫る危険について気にしているようだ。
「まあ、そうだな。一応調べてみようか」
「ええ、もちろんよ。ストーカーなんてたまったものじゃないわ!」
オレは妹に協力してもらい、オレの部屋を一緒に調べることにした。しらみ潰しに調べていると、妹があるものを発見する。
「盗聴器があったわ!」
なんと、オレの悪い予感は的中したようで、テレビの裏から盗聴器が一台出てきたのだ。
「マジかよ……」
「でも大丈夫。これはもう壊しておいたから」
「おお、流石だな。頼もしいよ。でさ、警察には連絡した方が良いかな」
「うーん、それはちょっと待って欲しいかも」
「どうしてだよ?」
「あたし心当たりあるからその人を説得したいの!」
妹の見せる真剣な眼差しは、オレに対して訴えかけるように放たれていた。そんな彼女の表情を見て、無下にはできないと思ったオレは仕方なく了承することにした。
「分かったよ。その代わり危ないことだけはするんじゃねえぞ?」
「任せておきなさい!」
妹が出ていった後、オレは一人になった空間で呟く。
「出流はなんだかんだで優しいな」
「お兄ちゃん、好き」
あたしは自室に帰ると、入念に隠している残った盗聴器を起動する。
『出流はなんだかんだで優しいな』
「うひひ、ありがとうお兄ちゃん」
お兄ちゃんは勘違いしているけど、あたしは昔以上に将来の夫であるお兄ちゃんがいないと生きていけない体にされてしまっているのだから、盗聴器でお兄ちゃんの行動を把握するのは当然の対応だよね。
「お兄ちゃんの漫画面白いよね」
あたしはお兄ちゃんの好みを全て把握しており、彼の行動は全て頭に入っている。
「この前あるゲームも欲しいって言ってたっけ。あたしも買ってやりこもっと」
お兄ちゃんの趣味に合わせた話題作りをするのは妻として当然の役目であり、彼と共に人生を歩んでいく上でこのように分かり合っていくことは必要なことだ。
「それにしてもお兄ちゃんはモテるよね……」
あたしはお兄ちゃんがモテることを嫌悪していた。あらかじめ言っておくが、決してお兄ちゃんのこと自体を嫌っているのではない。お兄ちゃんに集る雌豚が嫌いなのだ。
お兄ちゃんは優しくて頼りがいがあってかっこいいから、異性が寄ってくるのは仕方が無いことだと思う。だけど、お兄ちゃんのことをよく知りもしない奴らがお兄ちゃんを誘惑しようと近づいてくることが許せない。
お兄ちゃんの魅力を理解できる人はずっと側にいるあたしだけ。
『あの、あなたは……』
『あたしは村上颯の妹の出流よ。あんたがお兄ちゃんに告白しようとしている人かしら』
『う、うん……』
『ふーん、じゃあ今すぐ消えて』
ちなみにお兄ちゃんが受け取ったラブレターの山は全部本物。告白しようとしてきた相手はあたしがことごとく追い払ってきた。
ナイフでもちらつかせれば真の愛なんて持っていない雌豚共は自分可愛いさに逃げていく。
「あたし以外にお兄ちゃんを愛せる人はいないの」
もし、あたしとお兄ちゃんの間に割り込もうという輩が現れたなら、あたしはその女を殺してしまうかもしれない。
盗聴器を仕掛けたのもあたしで、さっきの発見劇はいわゆるマッチポンプである。あたしをお兄ちゃんに信頼させ、もっと好きになってもらうための布石である。効果は上々であり、こうしてあたしを頼ってくれている。
「これからもずっと一緒だよ」
あたしにはお兄ちゃんしかいないけど、お兄ちゃんにもあたししか必要ないということを証明していく。それがあたしの存在理由だ。
「この腐った世界で、お兄ちゃんだけがあたしの味方なの」
見た目がギャルみたいになったせいであたし変わったってお兄ちゃんに勘違いされているけど安心して。お兄ちゃんの知っている臆病で情けなくて、お兄ちゃんしか信じない可愛い妹のままだからね。
あたしはお兄ちゃんから盗んだタオルをしゃぶりながら、ベッドの上で悶える。
お兄ちゃんの匂いに包まれているみたいで凄く幸せ。
あたしの全てはお兄ちゃんのもの。
お兄ちゃんの全てをあたしは受け入れている。
あたしはお兄ちゃんさえいれば何もいらない。
そう思っていたけど、最近はお兄ちゃんが他の女に靡きそうでそこが不安の種になっている。
「ぐへへ、なら今度の買い物で一気に関係を近付ければいっか」
嬉しくて下卑た声をついつい出してしまった。さっき約束は取り付けたし、買い物のスケジュールは綿密に立てている。抜かりは無い。
当日が楽しみだよね、お兄ちゃん……。
お兄ちゃんはあたししか攻略できないの。だからね、素直にあたしを受け入れてくれるよね。
イケメンだけど、オレの攻略対象はヤンデレ実妹しかいません。 ヤンデレ好きさん @yandese-love
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