第3話 心配

「なあ、お前は何を悩んでいるんだ?」

「しつこいなぁ、何も悩んでないって」

「本当か?」

「ほんとだよ」

「なら良いんだけど……」

「心配し過ぎだってば。あたしは元気だから」


 妹はそう言いつつ、オレの手を無理矢理に掴んでは引っ張っていく。

 オレはそんな妹を見て、やはりいつもと違うと感じていた。

 だがそれがなんであるかまでは分からず、結局この日はそのまま家に帰ったのであった。

 家に帰った後の妹はいつも通りに振る舞っており、オレの勘違いだったのだろうかと思い始めていた。

 オレは出流が分からないと言っていたので、夕飯までの時間を有効活用して宿題を見ていた。彼女はオレに教わらなくても問題無いくらいに成績が良いと思っていたがなるほど、この宿題はなかなかに難しい。

 

「兄貴は頭だけは良いのよね」

「うっさい、教えてやらないぞ」

「は? そんなことしたらただじゃおかないから」


 馬鹿にしてきた妹に対し、オレが軽口を叩くと凄みのある声音で脅される。


「わ、悪かったって。ほら、このページの解き方はこうやって解くんだよ」

「ふーん、なるほどね。意外に分かりやすいじゃん」

「そりゃ良かった」

「ふん、最初から素直に教えなさいよ」


 妹は頬を赤く染めながらそっぽを向いてしまう。


「出流?」

「うるさい! もう分かったからあっち行って!」

「あ、ああ」


 オレは妹に言われた通り席を外そうとすると、背後から小さな声で囁かれた気がする。


「ありがと……お兄ちゃん」


 昔の時のような弱々しいながら、心にずっしりと来るような優しい響き。

 オレはその懐かしさに思わず目頭が熱くなるのを感じた。


「いやぁはかどったはかどった。兄貴がいれば鬼に金棒だね」


 妹はオレを利用してやったとばかりに愉快になり、満足げに笑っている。


「あのなぁ、頼る気満々だけどさ、オレがいなかったらどうするつもりだったんだ」

「大丈夫、その時は適当にする」

「そういうのが一番困るんだよ……」


 オレは嘆息しつつも、宿題が終わっていたのでよしとすることにする。妹は軽く背伸びをして宿題その他諸々の疲れをケアした後、夕飯作りに励む。

 今日はカレーライスを作ると言っており、調理中はキッチンからリビングにいるオレへ、カレーの強烈に芳しい香りが漂ってきた。


「ねえ兄貴、ちょっと味見してみてよ」

「おお、良いのか?……うん美味いじゃないか」

「え、ほんと? 兄貴がそう言うなら安心だなぁ」

「もうちょっと辛いと良いかも」

「はいはい、もう仕方ないわね」


 妹は嬉しそうな顔を浮かべるとオレの意見を尊重し、さらにスパイシーな味付けを施す。

 するとより一層、食欲を刺激する匂いが鼻腔をくすぐってくる。


「これでどうかな?」


 妹は自信作だと言わんばかりの表情でこちらを見てくる。実際、更に美味しくなったのだろうと確信させる出来栄えだった。


「完璧だ、これなら文句無しだろ」

「やったぜ」


 オレたちは食卓に料理を並べ終えて、早速食べ始める。今日の夕食も非常に美味しく、オレはいつものように妹に感想を伝える。


「出流、また腕を上げたんじゃないか」


 サイドメニューは言わずもがな、メインディッシュであるカレーは絶品であり、オレはつい夢中でスプーンを動かしてしまう。


「それは嬉しいけど……そんなに急いで食べると喉に詰まらせるよ?」

「むぐぅ!?」

「ほら言ったそばから……」


 妹に注意されたにも関わらず、喉に詰まったオレは慌てて妹から貰った水を飲み、事なきを得る。


「はぁはぁ……助かった。危うく死ぬところだった」

「全く、あたしはあんたの母親じゃないっての」


 呆れながらも妹は心配してくれたようでオレは少しだけ照れ臭くなり、誤魔化すように話を振る。


「それにしても出流、お前は何でそんなに勉強ができるんだ?」

「別に普通だよ。ただ授業を聞いてたら分かるようになるもん」

「その辺の才能があるってことか。羨ましい限りだ」

「そうかなぁ。でもあたしは兄貴みたいに努力だけでも輝けるようになりたいんだけどね」


 妹は才能の塊であり、凡人のオレとは比べものにならないほど優秀だ。しかしそれを妬ましく思ったりはしない。彼女は小学校のトラウマを乗り越え、強く生きようとしているのだから。


「そうだ、兄貴はさ……好きな人っているの?」

「ぶっ!?」


 唐突に妹から聞かれ、オレは口に含んでいた水を盛大に吹き出す。


「うわっ汚いなぁ。ほらタオル」

「あ、ありがとう……。いきなり何を言い出すんだ出流?」

「いやさ、ふと思ったんだよ。兄貴ってモテるじゃん」


 妹の言う通り、オレは周りの女子から注目を浴びている。自覚はしていないが、オレはイケメンという括りに入っているようで、告白されることもしばしばあった。最近は何者かの意思が働いているがごとく告白まで行くことはあまり無いけど。


「それで……どうなの?」

「残念ながらいないよ」

「えー? 嘘でしょ? 兄貴って鈍感キャラなわけ?」

「違うって! ただ本当に心当たりがないだけだ」

「そっか……良かったよお兄ちゃん」

「何か言ったか?」


 妹が小さく呟いた言葉が聞き取れず、オレは訊き返すが、妹は何でもないと答えるだけだった。


「それよりさ、明日どこか遊びに行かない? せっかくの休みだよ」

「いや、遠慮しておくよ」

「たまには兄貴と出掛けるのも暇潰しになるかもって思って誘ったのに」

「暇潰しって……お前にとってオレはその程度の価値しか無いんか」

「うん」

「はぁ……」


 妹にぶっちゃけられ、この兄のガラスのメンタルはすでにボロボロだ。


「でも、どうしても嫌なら無理強いはしないわ」

「いや、良いよ。オレも最近外に出てないし、気分転換にもなるだろう」

「やった」


 こうしてオレは今度の休日に妹と出かけることになり、その予定が決まってからはなんかいつも以上に妹のテンションが上がっていた。

 オレに対して素っ気ないところが目立つ妹だが、なんだかんだで昔みたいに甘えたいのだろうか。


「兄貴には荷物持ちになってもらうからさ。覚悟しといてよ」


 荷物持ちにさせるのが目的とは、期待したオレが馬鹿だった。

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