#51 御前会議
朝6時過ぎに熊本駅から始発の九州新幹線に乗り、新神戸でのぞみに乗り換え10時半過ぎに名古屋に到着。 名古屋で名鉄に乗り換えて、本社最寄りの駅に何とか12時前には着く。
急いでタクシーに乗って会長宅に向かい、着いた時間は12時を少し過ぎていた。
ココには何度も来ているが、一人で来るのは初めてなので少し緊張する。
コートを脱いでからインターホンを押すと『はーい』と使用人ではなく相変わらずおばあ様ご本人が応対してくれた。
「荒川です。遅くなりましてすみません」
『はいはい、今開けるからね』
直ぐに正門脇の出入り口の扉が開き、おばあ様が出てきた。
「いらっしゃい。遠いところご苦労様ね」
「ご無沙汰してしまい、すみません」
「最近は忙しいみたいね。荒川さんの元気そうな顔が見れて、おばあちゃま嬉しいわ。うふふ」
「はい、奥様もお元気そうで何よりです」
「あ、こんなところでごめんなさい!さぁ入って入って」
「ありがとうございます。お邪魔します」
中に入り玄関に案内され、靴を脱いでから使用人さんにコートを預かってもらい、廊下をおばあ様の後に続いて進む。
「そういえば、聞きましたよ。 九州では凄いご活躍されてるそうね」
「いえいえ、運が良かっただけで活躍だなんて滅相もないですよ」
「後でゆっくりお話し聞かせて頂戴ね。楽しみにしてたのよ。うふふ」
雑談しながら縁側を通り和室の前まで行くと、おばあ様が障子を開けて中に入るので、俺も後に続いて入ろうとして、その場で固まる。
中には会長がポツンと座っていると思ったら、障子の死角で見えなかったが、会長の対面に社長、副社長、専務、アイナさんに馬鹿(元次長)も居て、その横にフミナさんともう一人知らない女性が座っていた。 全員黙って正座している。
うぎゃぁ
山名家勢揃いやんけ!
怖い怖い怖い怖い怖い!
折角久しぶりにアイナさんの顔見れたのに、超帰りたいんですけど!
のび太(猫)のところに帰りたいよ、俺。
ビビッて部屋に入るのに躊躇していると、会長から「荒川君、よく来てくれたね。さぁ入った入った」とニコニコの笑顔で手招きされてしまい、断るわけにもいかないので部屋に入って障子を閉めた。
でも、どこに座ればいいのか分かんない。
こういう場合は、一番下座だよな。
馬鹿の後ろにでも座っておけば間違いないよな。
そう考えて、恐る恐る忍び足で部屋の隅を通ってそっちに行こうとすると、会長の左後ろに座ったおばあ様から「荒川さんはコッチよ。コッチいらっしゃい」と言われ、強制的におばあ様の隣に座らされる。
このメンツで俺は上座かよ!
今から何が始まるんだよ・・・
社長たちと向かい合う形になってしまい、みなさんの顔が見える。
みんな固い顔してて空気が重い。
なんか場違い感が凄いんだけど。
国見家のお屋敷に初めて訪ねた時よりも怖いぞ。
そんな状況でも、視線はどうしてもアイナさんに向いてしまう。
アイナさんは髪型をミディアムショートに変えてて、以前と雰囲気も違って見え、なんだか新鮮だ。 でも凄く似合ってて、以前よりも更に美人度が増した気がする。
久しぶりに見ると、なんかドキドキしちゃうな。
後でゆっくりお喋り出来るかな。
でも仕事あるよな。
そんなことを思いながら見つめていると、目があった。
アイナさんは俺と目があった途端、頬を赤らめ照れている様だ。
と思ったら目を逸らしてキリリと引き締めた表情に。
あの時は壁を作られ距離を置かれたと勘違いしてしまったけど、今はもう間違えないぞ。
これは、照れてるのが自分で分かって恥ずかしくなって取り繕おうと無理にキリっとした表情を作ってるんだな。間違いない。
そんなアイナさん、やっぱ可愛いな。
ペロペロしちゃいたい。
いかんいかん。
久しぶりにアイナさんの顔見たら、無意識にテンションが上がってしまったようだ。
山名家勢揃いの前だ。
浮かれてる場合じゃないぞ、俺。
後から来たおばあ様と俺の分のお茶を使用人さんが運んでくれて、退出すると、会長が口を開いた。
「それでは始めようか」(会長)
「はい。 今日は、白石、マサシ君(馬鹿)両名の一連の不祥事に関して報告します。 なお、特別に荒川所長にはオブザーバーとして同席して貰っています。途中意見などあったら遠慮なく言って下さい」(社長)
「え?私ですか? えーっと、何も聞いてないんですけど・・・」(俺)
そう言って恐る恐る隣に座るおばあ様を見る。
他の人たちも一斉におばあ様へ視線を向けるが、当のおばあ様は、澄ました顔して湯呑のお茶すすってる。
どうやら、オーナー会議?とでも言うのだろうか、会社オーナーである会長夫妻への報告を目的とした集まりの様だ。それで、俺にはわざと何も伝えずに呼びつけたのか。
でも大人しく従っておいた方が良さそうだな。
「ゴホン。 とりあえず、始めてくれるか」(会長)
「え、ええ。 白石に関しては、副社長から説明します」(社長)
「はい。 去年の夏頃に、NNKという砂糖等の原材料を取り扱ってます商社と共謀しまして、ウチと取引を結ぶ見返りとして、仕入れ価格の上乗せとバックマージンの要求をしておりました。 取引自体は結ぶこと無く未遂に終わりましたが、これらの共謀の事実が今月に入り発覚しまして、背任行為との判断で昨日の役員会にて常務取締役の解任が決定しました。 現在は自宅にて謹慎となっています。 また本件に関しては荒川所長が独自に情報を入手し、単独で白石とNNKとの繋がりを調査して証拠となる当時のメールでのやり取りの記録も押さえています。 それと、NNKとの取引を未然に防いだのも荒川所長の功績です」(副社長)
なんか俺の名前がバンバン出てくるんですけど。
ココはドヤ顔キメとくか?
いや、止めておこう。ポーカーフェイスだ。
「うむ。 それでマナミの方はこれからどうするつもりだ?」(会長)
「昨夜、離婚する意思は伝えてありますので、今日から子供たちとコチラに移り、離婚が成立するまでは別居致します」(マナミ)
マナミさんっていうのは、どうやら白石常務の奥さんの様だ。
会長夫妻の娘さんだから、「実家に帰らせて頂きます!」ってヤツだな。
これで常務は山霧堂からも山名家からも完全に追放ってことか。
「私の方から大谷先生に連絡してありますので、任せておけば大丈夫でしょ」(おばあ様)
「ふむ。あとは、後任に関してだが、すぐに決める必要があるな。 社長、早急に対応するようにしてくれ」(会長)
「わかりました。 次に、マサシ君に関しましては、山名課長(アイナさん)から説明します」(社長)
「はい。 元次長に関しましては、今年に入り1月に1回、3月にも1回の計2回、社内の受注システムを不正に操作して九州営業所と客先への納品を遅延させる業務妨害行為を行っています。 3月上旬に荒川所長からの全社通達を受け即日懲罰委員会を招集しまして、荒川所長への個人的な恨みが理由と認めましたので、次長から平への降格処分を下しました。 また、本件以外にも、白石と二人で、社内の者に対して侮辱や恫喝、職位や山名の名を利用した異動を仄めかして脅すなどのパワハラ行為もした疑いがあります」(アイナ)
え?
なんで知ってるんだろ?
俺以外にも被害者が居たのかな?
あ、フミナさんが話したのか?
チラリとフミナさんを見ると俺と目が合うが、すぐに逸らされた。
やっぱりそうか。無礼な振る舞いの責任取らせるって言ってたもんな。
「マサシ、それは事実か?」(会長)
後ろに居る俺には会長の顔が見えないから今の表情が分からないけど、滅茶苦茶怒ってるのが分かるぞ。 俺が怒られてるわけじゃないのに俺まで緊張してきた。
「いえ、その・・・」(馬鹿)
「ハッキリ答えんか!馬鹿もの!」(副社長)
「ひゃい!」(馬鹿)
「ヒィ!」(俺)
いきなり怒鳴るから、俺までビックリして声が漏れた。
「あの・・・俺は、白石に「荒川が裏でコソコソ何か企んでいる」と騙されて・・・」(馬鹿)
あ~あ、馬鹿が責任逃れし始めた。
この場面はさっさと認めて謝った方がいいのに。やっぱり馬鹿だな。
「マサシ、お前が山霧堂に入社する時に、俺が言い聞かせた話を覚えているか?」(会長)
「・・・・・」(馬鹿)
「はぁ、覚えておらんのか。 ユウジとアイナの時にも同じ話をしたが、覚えておるか?」(会長)
「はい。 『ノブレスオブリージュ』 山名の者はオーナーとして、会社と社員を守る義務があると仰いました。 驕り高ぶることなく、山霧堂で働くすべての社員を大切にし、山霧堂に関わる全ての方たちの生活を守らなくてはならないと」(ユウジ専務)
「うむ。 ユウジから見て、マサシはそれが出来ていたと思うか」(会長)
「論外です。 愚かで恥ずべき行為を重ね、同じ山名家の者として情けなく思います」(ユウジ)
何だか一般人の俺には別世界の話だな。
「それで、今後はどうするつもりだ?」(会長)
「降格と併せて工場への異動もさせましたので、今後はイチ作業者として現場で働かせ、反省させます」(副社長)
「ちょっと言いかしら? それで本当に反省になるのかしらね? それに、荒川さんはマサシさんの言いがかりのせいで九州まで行くことになったのでしょ? それなのにマサシさんは営業部から工場に移っただけで済ませちゃうのは不公平じゃないかしら?オーナーの身内だから処分が甘いって言われちゃうわよ? あ、そうだわ。私のお友達の所で修行させたらどうかしら?それが良いわね。そうしましょう。 新潟に酒造メーカー経営されてるお友達居るから、出向ってことでそこで預かって貰いましょう。勿論、修行だから一人で単身赴任よ。フミナさん、それで良いわよね?」(おばあ様)
一人で一方的に話すおばあ様の表情をチラ見すると、口調は穏やかなのに目が全然笑ってない。
山名家のご当主怒らせるとこんな風になるんだ。
そして、いきなり振られたフミナさん、顔が引き攣ってるぞ。
油断してたらダメだぞ。
「え、ええ。 お義母様の仰る通りです」(フミナ)
「あの!いくらなんでも!」(馬鹿)
「何かしら?こういう時だけ意見を言うつもりなのかしら? パワハラをしていたか聞かれてもロクに返事をしないで責任転換して、入社した時のことを質問されても答えられない。挙句は処罰にだけには文句を言うの? そういう所を反省が足らないと私が言ってるのよ?それが分かって無いから一人で修行しなおしなさいと言ってるの」(おばあ様)
「・・・・」(馬鹿)
「で、では直ぐにでも手配を進めます」(副社長)
「マサシさん、反省出来るまでは山名家の敷居を跨ぐことは許しませんからね。一人でしっかり修行に励んでらっしゃい」(おばあ様)
馬鹿、泣き出しちゃった。
でも、これは自業自得だな。
最初からすなおに反省してれば、ここまで厳しくはならなかっただろうな。
「ちょっとよろしいですか?」(アイナ)
「なんだい?アイナも何か意見があるのか?」(会長)
「はい。まだ肝心なことが残っています。 彼はまだ被害者である荒川所長に対して謝罪してません。反省や処罰よりもまずは先に被害者への謝罪ではないでしょうか」(アイナ)
「そうね、その通りね。私としたことが、大事なことを見落としてました」(おばあ様)
エー、もういいよ~
やめてよ~
お腹一杯だよ~
俺の心の中の訴えも空しく、副社長が馬鹿の首根っこ捕まえて「立て!」って立ち上がらせて、首根っこ捕まえたまま俺の前に来ちゃった。
そのまま無理やり座らされて、副社長に頭押さえつけられて謝罪された。
副社長も一緒に「申し訳ありませんでした」って言いながら頭下げてる。
恋人のお父さんとエグエグ泣いてる30台の兄の親子に土下座謝罪されて、俺にどうしろと・・・
チラリとフミナさん見ると、フミナさんもハンカチで目頭押さえて泣いてるじゃん!
「えーっと、もう良いですよ、顔上げてください。 熊本けっこう楽しいですし、近所の人は優しい人ばかりだし、今じゃ猫飼い始めて可愛いし、本物のお殿様とも知り合えましたし・・・。 一人で修行大変でしょうけど、何とかなりますよ。 新潟も美味しいものいっぱいあるし、そっち行く機会があったら美味しいものご馳走して下さい」(俺)
「荒川さん・・・ありがとうね」(おばあ様)
隣に座っているおばあ様はそう言って、俺の手を握ってくれた。
「いえ、コチラこそお気を使わせてすみません」(俺)
馬鹿がフミナさんに連れられて退出して、一緒にマナミさんも退出した。
これでようやく終わってくれるのかな、と期待したが、まだ終わらなかった。
「それで、お前たちはどう責任を取るんだ?」(会長)
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