#50 日常が戻ったと思えば



「君はいつから知ってたんだ?」


「知ったのはコチラに来てからです。 他社からリークがありました。ただその情報もヒントだけでしたので、そこからは自分で調べたんですけど」


「九州に来てからで、証拠まで押さえたのか? 君は本当に何と言って良いのやら・・・偶然とは言え白石の企みを未然に防いでくれたし、他社から情報提供してもらえる人脈といい、更には自分で調査して短期間で証拠まで押さえるとは・・・しかもカドキューグループとの商談を纏める傍らだったんだろ? なんでウチなんかに居るんだ?君はウチみたいな小さい会社で収まるべきでは無いんじゃないのか?」


「それ、副社長が言います? アイナさんが居るからに決まってるじゃないですか」


 ここで勝負、だよな。


「俺、アイナさんに誓ったんです。 アイナさんを手に入れる為なら何だってするって。 俺、出世とか名誉とか、本当はどうだって良いんです。アイナさんが居てくれたら他は要らないんですよ」


「ああ、そうだったな。『ワタル君は私の為なら何だってする』って娘も同じ事言ってたよ」


「それに、カドキューとの商談とか常務の証拠とか本社に居た時とかもそうですけど、俺が凄いんじゃないんですよ。周りで助けてくれる人が居るから上手くいったっていうだけなんですよ。 カドキューとの商談なんて、フミナさんと国見のご当主が居なければ絶対成功しませんでしたよ。アイナさんが俺の存在で強くなれたように、俺も周りに助けられて上手く行ってるんです」


「うむ、よく分った。 もう遅いからそろそろ寝るか。明日はカドキュー本社だからな」


「ええ、ゆっくり休んで下さい」


 アイナさんとのこと、認めてくれていると受け取って、いいよな?

 多分、大丈夫だよな?


 まぁ、反対はされてはいないよな。うん。



「ところで荒川君? 君、ウチの妻のこと、『フミナさん』って呼んでるのか? そんなに親しいのか?うん?」


「え?」


「まさか、娘だけじゃなく妻にもちょっかい掛けたとか、無いよな?」


「いや、そんなことあるわけないじゃないですか」


「本当か?」


「本当ですよ。もう寝ましょうよ」



 副社長、嫉妬深いんだな。

 まぁ、フミナさん、美人だしな。

 旅館で一緒の部屋で寝泊りしてたとかハグしてもらったとか、絶対言っちゃダメだな。


 それにアイナさんだって、俺の方からちょっかい掛けた訳じゃないぞ。アイナさんの方からだし!







 翌日、副社長とカドキュー本社を訪ねて、今回の納品遅延に関する謝罪と原因&再発防止策の説明をした。


 副社長は、原因と再発防止策に関して「カドキューさんとの取引で功績のある荒川所長に対して、本社で管理職の立場の者が妬んで業務妨害を行った為に、受注の一部がキャンセルされていました。 その者には既に降格処分を下してまして、今後受発注システムを触ることが出来ない業務へ異動させます。 また、カドキューさんからの受注処理を、現在の本社での対応から九州営業所で一括対応出来るように早急に準備を進めます」と、普通なら言わなくても良さそうな内部事情まで正直に説明した。


 副社長の説明を聞いて、カドキュー側は一応は納得してくれた様で、特に取引内容に影響が出ることは無かった。

 担当者がこっそり教えてくれた話では、今回は遅れながらも日付を跨がず納品出来たことと、売り上げが予測を上回るほど好調続きなのと、そんな中でもこれまで増産対応で優先的に納品していたことが評価されているらしい。





 馬鹿が降格になってもう俺には手が出せなくなり、白石常務に関しても副社長に全てお任せしたので、今度こそ俺は平穏な業務に戻れることになるだろう。





 ◇





 副社長は本社に戻ると、早速九州営業所でも受発注の対応が出来るように、それ用のPC設置の手配を進めてくれて、本格的に営業所での受注対応を開始した。


 でもそうなると、俺一人しか居ないので結構大変。

 ということで、総務に増員の申請を出したら、パートの現地採用の許可が出た。


 募集人員は一人だけで、広告とか出すのは勿体ないので、事務所の表に張り紙で募集を掛けた。


 すると、翌日には事務所の裏に住む方が応募してきた。


 よく顔を会わせる人で、会うたびに立ち話とかしてた人だったから、即採用した。


 名前は、荻野さんと言って40代。

 お子さんが中学生で、手が掛からなくなっていたから働き口を丁度探していたと。

 すぐお隣だし非情に都合が良いので、即応募したということだった。


 荻野さんは、朝の10時から1時間休憩挟んで15時までで、電話番と受注処理が主な仕事。

 でも、のび太の世話もしてくれるし、俺の書類関係の仕事も色々手伝ってくれる。


 気が利くし気さくな方で、よく笑うおばちゃんだ。


 で、その荻野さんから「営業所でも商品売ってみたら?」と提案されて、経費掛からないし良いかも?と、販売を始めることにした。


 店頭販売の準備に関しては、荻野さんに丸投げした。

 商品の陳列とか会計業務とか任せるから、好きなようにやってみてって。

 そしたら荻野さん凝り出しちゃって、本当にお客さんが来るようになった。


 売れ上げ自体は全然大したことは無いけど、日に5~6人は来客があり、俺とのび太だけの寂しかった営業所が、少しだけ賑やかになってきた。




 ◇




 3月の下旬に入った頃、スマホに山名のおばあ様から直接電話が掛かって来た。


 ずっとご無沙汰してたし、俺が愛知に居た時はいつもアイナさんを通して連絡を貰っていて、直接電話を貰うのは初めてのことで、驚きながらも電話に出た。



『荒川さん? 最近ウチに来ないけど、元気にしてらっしゃるの?』


「ご無沙汰してすみません。色々忙しくなってまして」


『あらそうなの、忙しいのは良いことね。 でも荒川さんの顔が見れないと寂しいわ。明日来れないかしら?』


「え?明日ですか? えーっと、異動して今は熊本の営業所に居るんで、流石に明日は・・・」


『今熊本なの?じゃあ朝出ればお昼には来れるわよね。お昼12時に来て頂戴。久しぶりに顔が見れるの楽しみにしてるから、よろしくね』


「ちょ、奥様?」


 切れた。

 言うだけ言って、こっちが断る前に切られちゃった。


 明日も明後日も外回りしか予定が無いから、行けないことも無いか。



「所長?何かトラブル?」


「え? あートラブルではないんだけど・・・会長の奥様に、明日来いって呼び出されました」


「会長の奥様って、偉い人よね?そんな人と仲が良いの?」


「ウチの会社のオーナーなんですけど、仲が良いと言うか、茶飲み相手というか」


「へー凄いね。気に入られてるのね」


「そうなのかな?可愛がって貰ってるとは思うけど、って、マジで行かないと後が怖いな。 すみませんが明日は留守にしますんで、留守番お願いします。明後日中には戻れると思うので」


「了解しました。のび太ちゃんは夜はウチで預かりますね」


「助かります。 俺、今から手土産買いに行ってついでにクリーニング屋にスーツ取りに行ってきますね。15時までに戻らなかったら、事務所閉めて上がっちゃってください」


「はい。所長も明日気をつけて」




 マジで何の用事なんだろ。

 でも、おばあ様のことだから、本当に顔見たいだけの気もするな。

 アイナさんも忙しいみたいだし、おばあ様も寂しいのかな。



 愛知か・・・営業所オープンしてからは初めて愛知に戻るな。

 アイナさんに会いたいけど、折角頑張ってるのに仕事の邪魔するのも気が引けるし、フミナさんからも会っていいって許可出てないしな。

 会長宅に直接行って、用が済んだら本社には顔出さずにアパートに泊まって明後日帰るか。


 っていうか、コレって出張扱いにして良いよな?

 





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