#48 課長の援護


 国見家での商談が上手くいったこの日の夜、フミナさんが「祝杯あげるわよ!今夜は飲みましょ!」と言ってくれて、旅館の近くにあった炉端焼きのお店で二人でどんちゃん騒ぎで飲みまくった。支払いは勿論副社長のカードだ。


 ベロベロに酔っぱらうフミナさんは、とてもお殿様の叔父を持つお姫様とは思えないほど酒癖が酷く、下品なシモネタのオンパレードだし、うっとおしいくらい絡んでくるし、最後には「ワタル君の雪辱を果たすことが出来て本当に良かった」とオイオイ泣き出した。

 多分、フミナさんもここ最近は山名家のことや馬鹿息子(次長)のこととかで思い詰めてた部分もあったんだろうな。色々発散してしまうのも無理もないか。


 俺としては、酔っぱらって絡んでくるのは超面倒臭かったけど、でもやっぱり、他人の俺なんかの為に泣いてくれるフミナさんのことは人として大好きになってたし、今回の商談が上手くいったのもフミナさんのお陰だったのは間違いなくて、いずれこの恩は返したいと思う。


 因みに、飲み始めたらいつの間にかフミナさんも俺のことを『ワタル君』と呼び始めた。

 まぁ、今回は臨時だけどフミナさんは相棒だったしな。

 それに、娘の恋人として本当に俺の事を認めて貰えたようで、嬉しかった。



 二日後、フミナさんは愛知に帰って行った。

 熊本空港まで見送りに行くと、最後に「アナタは一人じゃないわ。ワタル君には沢山の味方が居ることを忘れないでね」と言って、ハグしてくれた。






 更に二日後、カドキューの本社での打ち合わせがあり、それに出席する為に、急遽本社から山名社長と息子の山名専務が九州にやって来た。社運を賭けた取引だからな、会社としても本気だ。


 カドキューの本社は福岡にある為、車で福岡空港まで迎えに行き、そのままカドキューの本社向かうことにしていた。


 空港で社長と専務をお迎えして荷物を預かると、社長から「荒川!でかしたぞ!本当に良くやってくれた!」とデカイ声で人目もはばからずにハイテンションで褒められ、肩もバンバン叩かれて、結構うざかった。


 カドキューとの打ち合わせは順調に進み、正式に口座を開くことになり、初回納入も2月の中旬で決定し、予定通りに打ち合わせを無事に終えることが出来た。


 社長と専務は日帰りで帰ることになっていたので、空港へ向かう途中で少し遅い昼食を3人で食べたのだが、その時に社長から俺の左遷について謝罪があった。

 俺の方から「俺の為の人事だったと伺ってますし、こうして金脈を掘り当てることも出来ましたので、結果オーライっす」と返事をすると、今度は専務から「お前、良い奴だな!今度本社に来た時は一緒に飲むぞ!約束だぞ!」と肩をバンバン叩かれた。

 この親子のすぐ肩を叩く癖、痛いしマジうざい。


 それと、前日副社長から連絡があって「荒川君の愛知のアパートの件、こちらで管理することになったから明日専務にアパートの鍵を渡して欲しい」と言われたので、言われた通りスペアの方の鍵を専務に託した。




 社長や専務の態度やアパートの件もそうだけど、辞令直後の俺が営業所立ち上げの為に奔走していた時はみんな冷たかったのに、カドキューとの商談を成功させた途端見事な手のひら返しで、ちょっと複雑な気持ちになったけど、ビジネスで失敗したり成功するというのはこういう事だと言うのもまた現実なんだなと、しみじみと考えさせられた。








 2月に入るとカドキューとの取引に関しては俺の出番は一応落ち着いたので、日常の業務に戻った。


 事務所を掃除したり、近隣の小売店へ飛び込み営業に回ったり、ご近所さんたちと雑談に花を咲かせたり。因みに、のび太は相変わらず元気だ。 猫缶の費用を会社経費で落としてみたが、総務からは何も言われなかった。


 あと、国見家にもご当主が美味しかったと言ってくれた栗きんとんを持ってお礼に伺った。

 2月からカドキューと取引が正式に開始することを報告して、口添えして頂いたことへのお礼を述べると、「これでまた沢山の人に幸せを提供出来ますね。少しでもその役に立てたのなら、嬉しいですよ」と言って頂き、ちょっと泣きそうになった。


 国見家に関してはこの後もご贔屓ひいきにして貰え定期的に注文を頂くようになり、少量の注文でも毎回必ず自分で商品を届けるようにしたが、その度にご当主が会って下さり、俺のことを茶飲み相手として可愛がって下さった。





 カミヤマ製菓の立花取締役やアイナさんのお母さんのフミナさん、それに国見家のご当主。

 どの方たちも俺みたいな若造を可愛がってくれたり応援してくれて、そういう人の温かさというか人情に触れることが出来て、きっとこんなことは営業を続けていなければ体験することはなくて、ナツキに振られても会社を辞めず、九州に左遷されても踏ん張ってこれまで営業マンを続けてて本当に良かったと思えた。





 ◇





 抹茶ドラ焼きを始めとした3品目のカドキューでの販売が開始されると、予想以上に売れ行きが好調だった。


 最初俺にはその理由が分らなかったのだけど、各店舗からの追加注文が頻発する状況の中、カドキューの担当者から「急ぎで納品計画を見直したいから打ち合わせをしたい」と連絡があり、急いでカドキューの本社を訪ねた時に向こうの担当者に理由を教えて貰った。



 売れ行き好調の理由は、山霧堂の動画公式チャンネルだった。


 向こうの担当者さんに「山霧堂さん、面白いことしますね」と言われて、慌ててその場でスマホで確認すると、山霧堂公式チャンネルで『祝!山霧堂九州上陸!カドキュー販売開始記念特別企画 抹茶ドラ焼き大喰いチャレンジ!』というタイトルで、以前アイナさんと二人でテストで撮影して俺が編集してアイナさんに没にされたアイナさんの抹茶ドラ焼き大喰い動画が公開されていた。


 打ち合わせの場だったのに、久しぶりに見たアイナさんの姿に、見入ってしまった。


「この動画の中で、美人の課長さんが『荒川君見てなさい!』って言ってるのって、荒川さんのことですよね?荒川さんが撮影してたんですか?」


「ええ、以前営業企画室に在籍してまして、その時に作った動画なんですけど・・・」


「やっぱりそうなんですね!動画の前半で、『係長が小姑みたいに煩い』って言ってるのもそうですよね? この動画今バズっててウチにも問い合わせが多くて、それでウチでの売れ行きが伸びたことが分かったんですよ」


「そうだったんですね・・・」


 再生回数見ると、動画の公開日から7日ほどで50万超えてる。


 これ見て思ったのが「ココであの没動画投入したのか!?公開開始のタイミングも絶妙で凄い効果出てるし、俺は動画のことなんてすっかり忘れてたのによく思いついたな、まさかアイナさんにシテやられるとは」

 あのポンコツのび太だったアイナさんにこんな援護射撃が出来るなんて、マジ驚いた。



 打ち合わせを終えてカドキュー本社を出たあと、直ぐにスマホを取り出して、最近忙しくてチェックしていなかったツイッターの公式アカウントを久しぶりに確認すると、ツイートの更新が復活していた。


『お蔭様で、カドキューさんで抹茶ドラ焼き売れ行き絶好調です。 でも、たまには抹茶カステラのことも思い出してあげて頂戴』



 ははは

 アイナさん、復活してる。

 いつものアイナさんだ。



 ツイートを少し遡ると、1月末に社長たちが九州にやってきてカドキュー本社で打ち合わせをした翌日からツイートが再開していた。


『山霧堂の抹茶ドラ焼き他2品が九州での販売開始が正式決定!2月中旬からカドキュー全店舗で販売が開始されます! ウチのエースが大手柄の大金星です!今夜はビールで祝杯よ♪』



 アイナさんが俺の事、褒めてくれてる。

 遠く離れていても俺の働きを見ててくれたんだって思ったら、また泣けてきた。

 こんなに嬉しいことは無い。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る