#47 未開の地で金脈を掘り当てる




 フミナさんのお母さんのご実家は、山名本家の会長宅とは比べ物にならない程大きく立派で、歴史がありそうな門構えのお屋敷だった。



「あの~フミナさん? 凄いお屋敷なんですけど、俺、入っても大丈夫なんですか?」


「今更ナニ言ってるのよ。アナタが紹介して欲しいって言ったのよ」


「でも、こんなお屋敷、普通はビビりますよ」


「そんなに怖がること無いわよ。 ここは国見家って言って旧華族の家柄よ。江戸時代にはこの地方を治めていた大名ね」


「はぁ!?旧華族?大名?怖がること無いって超怖いですよ! っていうかフミナさん、旧華族のご親戚なんですか!」


「そうよ。でも親戚っていっても、母は嫁に出てるから私なんて一般市民と同じよ」


 お殿様の姪なら一般市民と同じじゃねーよ!立派なお家柄の本物のお姫様じゃん!

 山名のおばあ様に初めて会った時よりもビビるんですけど!


 でも、大きなチャンスなのは間違いないよな。

 怖気づいてる場合じゃないよな。


 俺はそんなにヤワじゃない。

 絶対にモノにして俺の意地を会社に見せてつけてやる。



 門の所でインターホンからフミナさんが名乗り2~3分ほど待つと自動の門が開いた。 門の中へ入ると使用人さんが出迎えてくれ、30メートルほど先には高級旅館の様なロータリーがある建物がズドーンと建っていた。 使用人さんが案内してくれるのに黙って着いて行き、10畳ほどある玄関でスリッパに履き替えると応接間に通された。


 玄関も廊下も応接間も派手な物は一切無かったけど、1つ1つの家具や柱などがどれも超が付くほど一級品なのが分かった。


 フミナさんと応接間のソファーに並んで腰掛け待っていると、70~80歳程に見えるご老人が現れた。 この人が国見家のご当主で、時代が時代ならお殿様だ。


 俺もフミナさんも立ちあがって会釈をすると、ご当主が着席するように促したので、ご当主が座るのを待って俺たちもソファーに腰を降ろした。



「ご無沙汰しております。愛知の山名に嫁いだフミナです」


「ああ、フミナちゃんか。懐かしいね」


「はい。叔父様もお元気そうで何よりです。中々ご挨拶に伺えなくて、申し訳ございませんでした」


「愛知は遠いからねぇ。でも今日は良くきてくれたよ。久しぶりに元気な顔が見れて良かった」


「うふふふ。 それでコチラの子が、主人の会社の営業の子でして」


「初めまして、山霧堂の荒川と申します。 本日はお忙しい中お時間頂きまして、ありがとうございます」


「山名さんのところの山霧堂と言えば、確かお菓子を作ってたかな」


「はい、そうですわ、叔父様。よくご存じで」


「山霧堂と言えば、以前、栗きんとんを頂いたことがあったよ。あれは美味しかったね。うん」


「本日は栗きんとんではございませんが、ドラ焼きを持参致しました。もし宜しければ、お召し上がり下さい」


「このドラ焼き、愛知の名産の抹茶を使ってますの。 お口に合えば良いのですが」


 俺が手土産の抹茶ドラ焼きを紙袋ごと献上するように差し出すと、すかさずフミナさんも援護してくれた。


「ドラ焼きですか。早速頂こうかな」


「ではすぐに用意します」


「ああ、このままで良いよ。 1つ貰えるかな」


「はい、かしこまりました」


 紙袋から箱を取り出して梱包を手早く開き、箱をテーブルに置いて、ご当主に見せるようにフタを開いて「どうぞ」と箱ごと差し出した。


 ご当主は箱から1つ手に取って、包を開いてそのままかぶり付いてモグモグと食べ始めた。


 緊張しながら様子を伺っていると「なるほど。抹茶の風味が良いね。美味しいですよ」と感想を述べた。



 思わず「ふぅ」と息を吐きそうになるのを堪えていると



「それで山霧堂さんは、このお菓子の売り込みに来たのかい?」


「はい。是非ともご贔屓にして頂きたく、ご挨拶に伺った次第です」


「分かりました。 でもこの歳だからね、甘い物が好きでも、中々沢山は食べれないから、期待して貰う程買ってあげることは出来ませんよ?」


「お気遣い頂きまして恐縮です。 ですが、多くご購入して頂く必要はございません。少量でも申し付けて下されば喜んで納めさせて頂きます」


 俺がそう述べると、ご当主はもう1つ抹茶ドラ焼きを手に取り、食べずに目を細めてそれを眺めながら考え事を始めた。



 沈黙の時間に再び緊張していると、ご当主が口を開いた。


「荒川さんと言ったかな? 荒川さんは、どうしてお菓子を売るんだい?」



 ~



 俺は以前会長宅にお邪魔した際に、ご当主のこの質問と同じ様な質問を山名会長にしたことがあった。


『会長は起業する際に、どうして製菓業を選ばれたんですか?』


 アイナさんから、山名家は元々地主で農業を営んでいたが、会長が婿入りしてから製菓業に進出したと聞いて、なんで製菓業を選んだのだろう?と疑問に思っていた。


 俺のこの質問に会長は、『お菓子というのは昔は贅沢品だった。砂糖はとても貴重だったし、空腹を満たすにはお菓子じゃなくてもいいからね。 でもね、お菓子を食べると幸せな気持ちになれるんだ。甘い物は心を満たしてくれるからね。 だからお菓子を売るということは、幸せを提供すると言う事なんだよ』と答えてくれた。


 それまでガムシャラに商品を売っていたけど、『幸せを提供』しているなんて考えもしなかった。

 俺は会長のこの言葉に感銘を受け、山霧堂の商品を売ることに誇りを感じた。



 ~



 ここが勝負の時だと判断した。

 真っすぐご当主の目を見て答える。


「お菓子を食べると幸せな気持ちになります。甘い物は心を満たしてくれます。 なので私どもはお菓子を売ることで、お客様に幸せを提供しているのだと自負しております」


「なるほど、幸せを提供ですか。 分かりました、宜しいでしょう。 荒川さんにはカドキューさんを紹介しましょう」


 え?いまカドキューって言った?


 思わず隣に座るフミナさんを見ると、フミナさんもビックリした顔のまま固まっていた。


「今から連絡してみるから、そのまま少し待ってて下さいね」


 ご当主はそう言って立ち上がり、部屋から退出して行った。




「荒川君!ちょっと凄いじゃないの!」


「え、ええ・・・俺も驚いてます・・・」



 九州でカドキューと言えば誰でも知っているレベルの企業で、九州全県にスーパーやコンビニをチェーン展開している小売業界の大手。 熊本に来てまだ1か月の俺でもそこら中でカドキューのコンビニやスーパーを見かけているし、営業所の近所でよく行くコンビニもカドキューだ。 詳しくは知らないが、スーパーとコンビニを合わせると、100店舗は下らないのでは無いだろうか。


 そのカドキューを紹介してくれると言う。

 恐らく国見家とカドキューグループは何らかの繋がりがあって、今回紹介してくれると仰ってくれたのだろう。


「そういえば、国見家はカドキューグループの筆頭株主だったわ。 それで叔父様は顔が利くのね」


「なるほど。それなら確かに紹介することが可能ですね」


 フミナさんとそんな話を小声で交わしていると、10分程でご当主が戻って来た。



「荒川さん、明日11時にまた来てくれるかい? カドキューさんの晴山君を呼んだから、お昼をご一緒しましょう。 勿論フミナちゃんもおいで」


「是非とも伺います。 ありがとうございます」


「うんうん、明日も頑張るんだよ」


「ありがとうございます!」


「叔父様、本当にありがとうございました」



 この日はこれで引き上げた。


 翌日も約束の時間通りにフミナさんと国見家のお屋敷を訪ねて、カドキューグループの晴山取締役を紹介して貰った。 晴山取締役は仕入れ部門のトップで、今回筆頭株主である国見家のご当主直々の紹介ということで、取締役が出向いてくれたという事だった。


 俺の方は終始緊張しながらの商談で、当初はお試しで1品目を福岡と熊本の店舗の商品棚に置いてもらう方向で話を進めていたが、同席していた国見家ご当主の「ケチケチしなさんな。折角愛知から来てくださったのだから、九州男児なら気前が良いところ見せなさいよ」との一声で、3品目を全店舗のレジ横に置いて貰う方向で話が纏まった。

 2課時代飛び込み営業してて、小さな小売店さんでも1品置いてもらうのにどれだけ苦労したことかを考えると、マジで破格すぎる。国見のお殿様、強すぎ。


 この場ではここまでで話は終わり、実務的な話(販売開始時期や期間や納品方法やその他モロモロ)は後日こちらから福岡にあるカドキューの本社を訪ねて相談することとなった。





 フミナさんと事務所に戻ると、直ぐに本社の製造部に連絡を取り、指定の3品目の内示情報を伝えると、最初は信じて貰えず「お前じゃ話にならん!井上課長に変われ!」と脅して変わって貰い、井上課長はビックリしながらも俺の話を信じてくれて、増産のための生産計画見直しを進めてくれることになった。


 何せ、販売スタート時の納品分だけでも営業2課1カ月分の売り上げを超える見通しだ。

 今期立てた目標(営業所の諸経費をペイ出来る売り上げ)、余裕で達成しちゃったわ。


 フミナさんも早速副社長に電話して、興奮しながら今日の商談の内容を伝えていた。


 未開地の九州で、本当に金脈を掘り当ててしまった。

 ぶっちゃけ、事務所に戻ってから手の震えが止まらない。


 副社長への報告を終えたフミナさんが教えてくれた話では、副社長が菊池市に営業所を置くことを指定したのは、やはり国見家の存在が理由だった。ただ、山霧堂の内紛が拗れた場合に、国見家に俺を庇護して貰おうと考えていただけで、まさかフミナさんと俺が国見家相手にセールスするとは思ってもいなくて、俺たちも昨日の段階ではまだどう転ぶか分からなかったから誰にも情報を流してなくて、それが今日になって突然「国見家が間に入ってくれてカドキューグループと商談成立させた」と結果から報告したから、副社長は絶句していたそうだ。


 そりゃそうだよな。

 普通こういう大口の商談って準備とか十分時間掛けて取り組むし、商談時にはコチラも役員クラスが対応するレベルだ。島流しで一人しか居ない営業所の所長クラスが二日で商談成立させたなんて、常軌を逸してるわな。



 でも、大勝負に勝つことが出来たぞ、俺!

 俺の意地を見せつけてやったぜ!!!

 いっやっほぉぉぉい!!!



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