#46 ママ無双
もう1度、今の状況を整理すると
アイナさんは俺を切り捨てるどころか、俺を守ろうとしてくれていた。
付き合い始めた当初の俺との誓いを、アイナさんも忘れずに守っていたんだ。
そして、副社長も同じく俺を守ってくれていた。
で、一連の発端は、どうも白石常務にあると。
白石常務が良からぬことを企んでて、それを副社長が警戒してたら常務が次長をそそのかして取り込んだと。
ここからは俺の予想だが、恐らく立花取締役がリークしてくれた常務の情報も関係あるな。
そんな中で俺が新規の商社を見つけて来たことで、常務にとって俺は邪魔な存在となった。
そこで常務は、次長をそそのかして俺に圧力をかけてきた、と。
それを受けて副社長とアイナさんが相談して、俺を左遷という形で九州へ避難させた。
何も知らなかった俺は、副社長に切り捨てられアイナさんもそれに同意したと勘違いして超絶凹んでたと言う訳か・・・
俺としたことが、アイナさんの思いに全く気づけなかった。
それにアイナさんのことを『足枷』だなんて、足枷どころか自ら俺の『盾』になろうとしてくれたんじゃないか。
見当違いも甚だしくて、悔しいほど自分が情けない。
でも今ここで俺がこの騒動に表立って首を突っ込むのは、アイナさんの思いを台無しにするし、副社長の重荷になりかねない。
つまり、表向きは左遷されたみじめな九州営業所所長を演じ続けるべきなんだろう。
そして、今調べている白石常務とNNKの関係は、俺だけじゃなく副社長にとっても強力なカードになると思って間違いない。
やるべきことが見えて来た。
九州での実績作りとNNKの調査。
この二つが俺のやるべきことだ。
「荒川君、さっきから気になっていたのだけど」
「はい、なんでしょうか?」
「私のことを『お母さん』って呼ぶのってどうなのかしら? 私、アナタのお母さんじゃないわよ」
「え? じゃぁどのようにお呼びすれば?」
「そうね・・・『お姉様』かしら?」
うわ、アイナさんと同じこと言い出したぞ。
孫も居る歳で、お姉様って。
「何よその顔。文句でもあるの? 決めたわ、コチラに居る間は『フミナお姉様』もしくは『フミナさん』って呼びなさい。じゃないとアイナとの交際、認めないわよ」
俺に対する脅し方とかもアイナさんにソックリだ。
「じゃぁ・・・フミナさんで」
「うふふ、家族以外の男性に名前で呼んで貰うのなんて、何年ぶりかしら。うふふふふ」
笑い方も、アイナさんにソックリだ。
「っていうか、コチラに居る間っていうことは、しばらく熊本に滞在するんですか?」
「ええそうよ。お詫びの件はコレで一応済んだけど、まだ荒川君の様子を確認するお仕事が残っていますからね」
「え?ここに滞在するつもりなんですか?」
「宿は取ってあるわよ。折角温泉が近くにあるんですもの。夕方になったら旅館まで送って頂戴ね」
「はぁ、それは良いんですけど、日中はこの事務所にいらっしゃるんですか?」
「そのつもりよ。 あ、もし良かったら、アナタのお部屋のお掃除とかもしようかしら」
「いや、俺はまだアパートとか借りていませんよ。この事務所で寝泊りしてます」
「え?そうなの? ここじゃあゆっくり休めないでしょ?」
「もう慣れちゃいましたね。 営業所立ち上げにバタバタと忙しくて引っ越しとか出来なかったんですよ。それでココで寝泊りしてて、その内に猫も飼い始めちゃったので、ズルズルとここで」
「そうなの・・・だったら、私がコチラに居る間は一緒に旅館に泊まりましょ。今は旅館も閑散期だから一人増やすくらいは大丈夫ね。すぐに確認するわね」
「え?ちょっと」
フミナさんは俺が止めようとする前にスマホでさっさと電話をかけて、俺の分の宿泊の予約をしてしまった。
「ところで営業所の終業は何時なのかしら?」
「一応17時ってことにしてますが、俺一人だしココで生活しちゃってるんで、適当ですね」
「そうなの。だったらお買い物に行きましょ。 この事務所、何もなくて寂しいわ。テレビとか食器棚とか、あと冷蔵庫にコーヒーメーカーも欲しいわね」
「いや、そんなに予算無いですよ」
「お金の事なら大丈夫よ。支払いは全部主人のカードで済ませるから」
「いや、一応会社の備品ですから、副社長のカードっていうのは」
「これはウチからのお詫びでもあるのだから、気にしないで頂戴。 ほら、買い物に行きましょ。家電屋さんの場所、分るかしら?」
結局、テレビや冷蔵庫にその他モロモロ、買って貰ってしまった。
フミナさんは、アイナさん以上に強引すぎる。
買い物の帰り道、「美味しい物、食べに行きましょ。ドコか美味しいお店ないかしら?」というので、先日カミヤマ製菓の立花取締役と大友さんとでお酒を飲んだお寿司屋さんに案内した。
そこでの支払いもフミナさんがカードで済ませた。
で、食事の後、事務所に戻って荷物を降ろし、フミナさんが予約している旅館に行くと、俺はフミナさんと同じ部屋で予約されていた。
「一緒に旅館で宿泊って、同じ部屋ってことだったんですか? 流石にそれはちょっと・・・」
「今日は愛知から移動して来たから疲れちゃったわ。 温泉入ったら早めに寝たいから、荒川君、あまり遅くまでゴソゴソしないで頂戴ね」
「いや、だから同じ部屋に寝泊りしなければ良いのでは」
「ごちゃごちゃ煩いわね。荒川君は細かいことを気にし過ぎよ」
アイナさん以上に強引で、でもアイナさんと違ってとても気を使うから、もの凄く疲れるんですけど。
◇
温泉を出たあと、まだ時間が早かったので、フミナさんのお喋りに付き合っていたら少し閃いてしまい、フミナさんにお願いしてみた。
「フミナさんは熊本にお知り合いとかは居ないんですか? もし宜しければ紹介して頂きたいんですが」
「紹介するのは構わないけど、何をするつもりなの?」
「セールスです。抹茶ドラ焼きを買って貰おうと思いまして。 ご友人とか親戚とか居ませんか?」
営業マンにとって、コネというのはとても重要だ。
上手くいけば、紹介して貰った人と商売出来るし、その繋がりからお付き合いが広がる可能性もある。だからコネを頼ることが出来るのなら遠慮なく利用したい。 なんと言っても今現在、こちらにはコネなど全く無いのだから。
「流石営業部期待のエースね。普通恋人の母親にそんなことお願い出来ないわよ」
「熊本に来てから色々回って営業掛けてるんですが、あまり成果が出ていないんですよ。だから少しでも頼ることが出来るのなら、是非お力をお借りしたいんです」
「うーん、分かったわ。母の実家が市内にあるから今から聞いてみるわね」
え?菊池市にフミナさんのお母さんのご実家が?
フミナさんのお母さんってアイナさんから見て、祖母にあたるよな。
もしかして副社長が営業所の場所を菊池市に指定した理由って、コレが理由?
フミナさんはスマホでの通話を終えると「明日の10時に会って下さるって。二人で訪ねましょ」と教えてくれ、本当にアポを取ってくれた。
翌日、フミナさんと二人で約束の時間にフミナさんのお母さんのご実家を訪ねると、俺は度肝を抜かれた。
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