#45 真の意図




「急に押しかけて、ごめんなさい。 お久しぶりね、荒川君」


「アイナさんのお母さん!?」


「うふふ、落ち込んでると思ったら、元気そうね」


 なんでお母さんが???


 予想だにしていなかった来訪者に頭の中が大混乱。


「と、とにかくお体冷えてるでしょうから中へどうぞ!」


「お邪魔するわね」


 入口の鍵開けて、お母さんのキャリーバッグ預かって中へ入りソファーへ案内してからエアコン入れて、「温かい飲み物用意しますんで、お掛けになってお待ち下さい」と言ってから給湯室に引っ込む。


 のび太が付いて来て「エサくれ~」とにゃーにゃー脚に纏わりつくから猫缶開けてその場で食べさせ、インスタントコーヒー用意しながら、何とか頭の中を整理しようと考える。



 どうしてお母さんが?

 何しに?


 アイナさんのことだろうな・・・ってことは、「アイナのことは諦めろ」と言いに来たのか。

 これで、完全に切り捨てられるってことか。


 アイナさんの代理なのか、副社長の指示なのか、お母さん個人の考えなのか、それとも山名家の総意なのか、ドレなのかは分からないけど、俺にトドメを刺すための刺客ってところか。

 そこまで俺の存在が邪魔なのかな。


 俺、何も悪いことしてないんだけどな。

 ずっと会社の為に働いてただけなのにな。

 次長との対立だって、勝手な思い込みで一方的に因縁付けられたから言い返しただけなんだよな。


 いくら「アイナさんを自分の物にする為なら何だってする」と言っても、流石にお母さん相手じゃ心を鬼にして戦うのは無理だぞ。それを分かった上で、お母さんが刺客として選ばれたのか。


 大友さんの言葉じゃないけど、必死に会社に尽くして来たイチ社員に対して、ドコまでもエゲつないな。 経営者一族に楯突いた報いは、ここまで打ちのめされなければいけない程のことなのか。



 絶望的な気持ちになりながらも二人分のコーヒーを煎れて、応接セットまで運んで「お待たせしました」とお母さんの前に1つ置き、もう1つを持って対面に座る。



「それで、今日は・・・」


「荒川君!この度は山名の問題に巻き込んでしまって、ごめんなさい! 今日は主人の代理で謝罪に来ました。本当はもっと早く来るべきだったんだけど」


「はえ?謝罪???」


「ええ。 主人に「荒川君への謝罪と様子を見て来て欲しい」と頼まれて、私が来たのよ」


「副社長が謝罪? 「アイナさんと別れろ」って言いに来たんじゃなくて?」


「なんで荒川君とアイナが別れなくちゃいけないのよ。そんなことになったらあの子、会社に火を点けるわよ」


「すみません・・・話が全然見えてこなくて、何が何やらさっぱり何ですが」


「それもそうね、私も主人とアイナの話しか聞いていないから全てを把握している訳では無いけど、私に分る範囲で話すわね」



 そこからお母さんは、俺の左遷に纏わる事情を教えてくれた。



「以前から白石に怪しい動きがあると主人は感づいていたわ。でも具体的に何をしようとしてるのか掴めずに居たのよ。そんな未確定な状況だったから、主人はマサシ(山名次長)にもアイナにも白石に気を付ける様には言ってなかったのね。そしたら12月の中旬にマサシと白石が主人のところに「荒川を処分しろ!」って押しかけて来たそうなの。マサシは白石にそそのかれてしまった様ね。 荒川君、あの二人に何か言われたんじゃないの?」


「ええ、会議室に呼びつけられて勝手な思い込みで因縁付けられました」


「やっぱり。「荒川は山名の乗っ取りを企んでる!」とか「業者と組んで不正の疑いがある!」とか騒いだらしいの。 それで慌てた主人はその夜に急いで自宅に戻って来て家に居たアイナに確認したのよ。その場には勿論私も居て、アイナは「絶対にそんなことはあり得ない」って全て否定したわ。 でもね、ここまで拗れると「荒川君は無罪です」では済まなくなるの。どうしてだか分る?」


「えっと、俺に対する嫌がらせが続くとか、経営陣が絡んでいるから、役員が割れて派閥が出来るとか、ですか?」


「流石荒川君ね。その通りよ。だから主人とアイナは急遽今後のことを相談したの。 それで、実は今回の荒川君の異動、アイナが言い出したことなの」


「へ? えええええ!!!そうだったんですか!?」


「うん、そうなの。 『骨肉の争い』って言うでしょ?身内同士の争いはこじれるし凄惨な結末も多いわ。ビジネス上での対立とは違って、お互い身内同士だと欲や憎しみを隠さなくなるからね。アイナも山名の人間としてそれを十分理解してて、だからアナタを守りたかったの。 それに丁度マサシ達も荒川君の処分を要求してたから、こちらの意図を隠して荒川君を守るのには左遷というのが都合良かったのね」


「だったらなおの事、俺もアイナさんと一緒に戦う為に本社に残るべきでは」


「主人も最初は異動には反対したわ。 左遷ってことになれば荒川君の経歴にキズが付くし、荒川君は信用できる人材だから味方に付けておきたかった様ね。でもアイナが主人を説得したの。「ワタル君は私の為だったら何だってやるわ。それこそマサシ兄さん程度の相手ならコテンパンに潰しちゃうわよ。でもそうなったら山名家の身内問題なのにワタル君も巻き込まれて憎悪の対象になってしまうし、既にそこまで拗れてる可能性もあるわ。だからコレ以上巻き込んではダメ」って。 あの子と荒川君が交際してることを知らない主人も、それで察したみたいね。 アイナも「私はワタル君を手に入れる為だったら何だってする」と彼に誓ったわ。 だから私は彼を手に入れる為に彼の身は絶対に守る。山名の問題にワタル君を巻き込むことはパパでも絶対に許さない」って主人と私にハッキリ言ったの。 あの子のことをずっと見て来た私でも見たことがない様な鬼気迫る顔して。 主人もそんなアイナにそれ以上は反対意見を言うのを諦めて、アイナの考えに従ったの。それで手遅れになる前に直ぐにでも荒川君を本社から離そうということになって急な辞令通達になったのよ。 あ、この手遅れっていうのは、荒川君があの二人に反撃することだからね」


 やっべ

 既にボッコボコに反撃しちゃったよ、俺。

 黙っておこう。


「そうだったんですか・・・でも、俺が辞令を受けてからアイナさんは俺と距離を取って避けるようにしてましたよ?」


「そんなの決まってるじゃない、あの子の強がりよ。荒川君だってアイナの性格はよく知ってるでしょ?気が弱いくせに見栄っ張りで周りに対して素直になれなくて、だから表面ではいつも強がってて。 きっとあの子なりに精一杯虚勢を張ってたのね。それに敵を騙すにはまず味方からって言うでしょ?」


 そうだよ。アイナさんはそういう人だったわ。

「なんてこった・・・」


「恋人のアナタにあれだけべったり甘えん坊だったアイナがアナタと離れなくちゃいけないのよ?泣き出してもおかしくないはずよ。でも泣いてアナタに心配掛けたり異動の本当の理由を悟られたら、アナタは九州に行ってくれなかったでしょ? だからあの子は歯を食いしばって耐えたのよ。 でも1年前のあの子なら耐えられなかったでしょうね。あの子がこんな風に強くなろうとするのは間違いなく荒川君、アナタの影響よ」



 あの冷たい態度は、俺に本心を悟られない様にする為の彼女なりのカモフラージュじゃないか。 いつもだったらそれくらいのこと直ぐに見抜くのに、あの時は対立やら報復人事やらで俺も動揺してたから冷静に判断が出来ていなかったってことか。


「それで、今アイナさんは大丈夫なんですか?」


「ええ、あの子は今頑張ってるわ。荒川君が残した企画を引き継いでるらしいのだけど、まるで人が変ったみたいよ。主人が言うには、荒川君に頼らずに一人で何とかしようと考えているって」


「そうなんですか」


「だからお願い。しばらくはこのままあの子に連絡とかしないで欲しいの。今日ココに私が来ていることもあの子には内緒になってるわ。 今、アイナは本当の意味での自立をしようとしてるの。でも荒川君の顔を見たり声を聞いたりしたら、張り詰めてた物が崩れて踏ん張れなくなるんじゃないかと心配なの」


 あーなんか分る。

 俺もそう思う。

 アイナさん、最初は勢いあるけど、途中で簡単に諦めたりするところあるからな。


「それと、マサシのことだけど、あなたに対して働いた無礼は、親として必ず責任を取らせるわ。だからマサシのこともコチラに任せて欲しいの」


「わかりました。 但し、次長に関してはコチラからは手を出しませんが、あちらから何かしてきたら全力で反撃します。 実際にこの営業所立ち上げてからも嫌がらせの様な業務妨害を受けましたので」


「あの子またそんなことを! 情けない・・・」


 今は馬鹿(次長)のことはどうでもいいや。


 兎に角、アイナさんは、俺を切り捨ててなかったんだ。

 俺を守ろうとしてくれたんだ。


 あ、でも、クリスマスイブの、あのセックスだけして帰って行った不可解な行動はなんだったんだろう。 流石にそのことはお母さんには聞けないか。



「事情は分かりました。 俺なんかの為にこんな遠くまで態々お母さんに来て頂いて、申し訳ありませんでした」


「ううん。アナタは娘の大切なフィアンセよ。私だって母親として娘の幸せの為なら、何だってするわよ?うふふ」


「あの・・・フィアンセと言って頂けるってことは、俺は公認の恋人なんでしょうか?」


「あー、ごめんなさい。言ってるのは私だけだからね。主人は今更反対しないだろうけど、本家のお義母様やお義父様はまた別よ」


「そうですよね・・・」


「そんなにあからさまにがっかりしないで頂戴」うふふ



 なんか、色々分かって喜ぶべき話もあったけど、衝撃が強すぎて嬉しいような辛いような、複雑な気分だ。


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