#40 報復人事
入社当時社長に言われた「その仕事が自分にあってるかどうかなんて、3年以上勤めてみないと分らない」
山霧堂に入社して営業部に配属されてから既に4年が過ぎて5年目も後半だ。
今回の山名次長&白石常務ペアとの対立が営業企画室に来る前の話だったら、「やっぱり向いていなかったのかも」「3年過ぎたしこんな会社辞めようかな」と考えていたかもしれない。
だが今は違う。
アイナさんと企画室を立ち上げて相棒になり、使命感や遣り甲斐を強く感じている。
それにアイナさんの下で働くのが楽しくなっている。
そして何よりも、恋人としてのアイナさんを絶対に手放すつもりはない。
彼女に対して強く執着していることを自分でも自覚している。
売り言葉に買い言葉でボッコボコにやり返しちゃったけど、早まったかな・・・
俺、自分は短気じゃないと思ってたけど、アイナさんのこと限定で短気なのかもな。
自分のこと馬鹿にされても、あそこまで怒ったりしないもんな。
兎に角、これからは冷静に対処しなくては。
先ほどの様に感情的になってしまっては、より状況が悪化してしまう。
まず考えるべきは、この件をアイナさんや副社長に相談するかどうか。
凄く悩ましい。
アイナさんはそんなことは無いと思うが、副社長は俺を助けてくれるかどうかなんて分からない。 寧ろ、山名家の一員として息子である次長を庇う可能性のが高いと思える。
そして、アイナさんの立場としてもこの状況はとても困るだろう。
何せ、自分の兄と恋人が対立したんだから。
決めつけるのは早計かもだが、副社長は頼れそうに無い。
そして板挟みのアイナさんを今回の対立に巻き込みたくない。
それと、社内の他の同僚達も味方に付けるのは厳しいだろうな。
何せ、経営者一族相手の対立だ。
組合は経営者側とズブズブだって話だし、どう考えたって社内は相手側の味方だらけで、俺の肩を持とうなんていう怖いもの知らずは居ないだろう。
あと頼れそうなのは、会長ご夫妻か。
でも、こちらも不安要素のが大きい。
何て言ったって山名本家のボスだ。
最近、いくら俺も可愛がって貰っていると言っても、実の孫となればそちらのが可愛いだろうしな。 俺の言っていることの方が正当性が有っても、山名家を守る立場では俺の方が敵認定されかねない。 もし敵認定されたら、アイナさんとの交際や結婚はもう無理だろう。
そして、俺の個人的で醜い争いに、お二人を巻き込みたくないという思いも強くある。
ははは
ダメじゃん。
つまり、味方無しだ。
そりゃそうだよな。
自分の勤める会社の経営者一族相手の対立だしな。
味方なんて居るわけ無いよな。
乾いた笑いしか出てこないや。
俺が抵抗すればするほど、上司のアイナさんや無関係な周りの社員に迷惑をかけるのかも知れないし、とても理不尽だけど、使い捨ての駒が経営者一族に楯突いたらどうなるのかなんて最初から分かっていたことだ。
負けを認めたくない気持ちはあるけど、最初から勝てないと分かっているケンカだ。
アイナさんがこの会社に居る以上は、俺は騒がずに自分の処遇を静かに受け入れるしかないのだろうな。 降格されようが左遷されようが、辞めずに噛り付くしか無い。じゃないと、恋人としてのアイナさんまで失ってしまう。
彼女を失うことに比べたら、会社での俺の立場なんてどうだっていい。
そうやって気持ちを落ち着かせてから、営業企画室に戻った。
この日俺はポーカーフェイスで過ごし、次長達との対立の件をアイナさんに気付かれないように注意を払った。
◇
翌日の朝。
出社すると、アイナさんはゆるふわ風では無く以前のキッチリとしたスーツのバリキャリ風だった。 平静を装って朝の挨拶をしていると、内線がかかってきて朝礼そっちのけでアイナさんと二人、副社長に3階の会議室に呼ばれた。
二人で歩いて向かう途中、俺もアイナさんも無言だった。
会議室には副社長の他に白石常務も居て、副社長から口頭で俺に九州営業所への異動の辞令が言い渡された。同時に営業所の所長への昇進(課長と同格に出世)も伝えられたが、明らかに左遷であり、昨日の件での報復人事であることが明白だった。
ウチの会社には、九州に営業所なんて無いし、作るって話も今まで聞いたこと無い。
九州に在住している社員も居ないし、現在取引のある小売店や仕入先なども九州には無い。
つまり、年末のこの時期に愛知から遠く離れた九州の地に俺一人で行って営業所を立ち上げて、コネもルートも無しに一人で営業活動をしていろ、ということだ。
こんなにもあからさまで分かり易い「島流し」も珍しいな、と思わず感心してしまう。
俺が「労基に相談する」と牽制したから、昇進をセットにして逃げ道を作ったのかな。
そんなことしなくても、もう大人しく従うつもりだったんだけどな。
多分だけど、無茶苦茶な辞令で俺が自分から「山霧堂を辞める」と言い出すのが狙いなんだろうな。
そして、副社長からこれらの内容が伝えられている間、横に立つアイナさんの様子をチラリと伺うと、3課時代によく見た不機嫌そうで近寄りがたい表情をしており、それを見て彼女が上司としてこの辞令を事前に了承していることを俺は悟った。
2部完
__________________
まだ続きます。
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