#38 俺も課長も絶好調




『栗きんとん』のクローズアップ動画の制作は編集作業に入り、企業イメージ調査のアンケートの方も8月回収分の集計を終えて、上層部への報告レポートを作成した。 今後の活動予定としては、冬シーズンのクローズアップ動画の制作が控えているが、それ以外は無い状況である。


 企画室立上時にアイナさんと話し合って決めたのは、今期は今後の活動方針を決める為に腰を据えて現状の把握(企業イメージ、知名度の把握)をすることに重点を置くという話だった。 それを目的としたアンケート調査の実施だったりSNSでの公式アカウントの開設であった。 あと出来る事は?と考えたが、直接顧客から声を聴くことでは無いだろうか。


 そこで、今、俺が考えているのは、地元に密着したイベント。

 企画室立上当初から頭にあった、会社周辺の住民や小中学校を招待しての工場見学やお祭りの様なイベント。 


 但し、こういったイベント物は準備に時間を要する。

 つまりは、実際に開催しようと考えるなら来期以降で、その為には今から計画を立てて準備を進めて行く必要がある。伝染病対策も十分練らないといけないし、時間だけでなく労力も相当な物になるだろう。



 こういうのって、ドコから手を付ければ良いのだろう。


 工場見学するとなると、まずは製造部の同意が必要か。

 地元住民や近隣の小中学校相手となると、対外的な交渉に総務の協力も必要だろうな。

 イベントごととなると、人手も多く必要になるだろうから、営業部の他の課にも協力要請が必要だろう。

 となると、会社全体の協力が必要だから、上層部(役員会)の承認を得るための企画書から手を付けるべきか。


 そう言えば、9月も終わりに近いし、そろそろ上半期の活動報告もまとめる必要があるだろう。




「課長、今から上期の報告についてと新しいプロジェクトの打ち合わせしませんか」


「ちょっと待って頂戴。いまツイッターで今日の分を呟いているところなのよ。 えーっと、『最近はめっきり涼しくなって、夜もゆっくり眠れるようになりましたね。寝不足は美肌の天敵ですよ。美肌と言えば、もちもちでぷるんぷるんの山霧堂の水饅頭。』っと。今日も完璧ね」


「流石課長、絶好調ですね。水饅頭のもちもちぷるんぷるんなのが目に浮かぶようです」


「ふふふ、ワタル君、アナタ分かってるわね。さりげなく商品名を入れるところがミソなのよ」


 そう言って、アイナさんはサムズアップしてウインクした。



 ちょっとおだてただけで簡単に調子に乗れるアイナさんが、最近羨ましく感じるのは気のせいだろうか。






 いつもの様にペアのマグカップにコーヒーを煎れて打合せ用のテーブルで二人でミーティングを始める。



「まずは上期のまとめですけど、報告書の作成は課長、お願いしますね」


「ええ、任せて頂戴。 企業イメージ調査のプロジェクトとSNSでの宣伝活動に動画サイトの公式チャンネル開設でしょ。それに主力商品のピックアップ動画のプロジェクトでしょ。あとは上司と部下の壁を乗り越えて結ばれた二人のラブロマンスってところかしら。職場結婚既に秒読みよ」


「おいコラやめろ」


「うふふ、ジョーダンじゃないの。そんなにテレなくても良いわよ?」

 ミーティング中なのにウインクしているアラサー中間管理職。

 とても楽しそうだ。


「そんなこと言うんでしたら、部下にお説教されてトイレでびーびー泣いた管理職の反省記録っていうのも報告した方が良さそうですね」


「あら、そんなことあったかしら?記憶に無いわね。私、記憶力は良い方なのだけど、おかしいわね」

 人差し指をアゴに当てて首を傾げ惚けるアラサー中間管理職。

 悔しいけど、可愛い。


「まぁ良いです。報告書出来たら俺がチェックしますんで、近日中にお願いします」


 アイナさんにしてみれば、仕事では遣り甲斐を感じ始めて、少しづつだが周りからも認められる様になり、更には私生活でも念願の恋人が出来て結婚も意識し始めている。 チョーシに乗るなと言っても無理な程に絶好調でノリノリなのだろう。 特に夏休み以降、ずっとこんな調子だ。



「それで、もう1つ相談したいのが、新しいプロジェクトに関してです。今検討しているのが、地元住民や近隣の小中学校を招いての工場見学やお祭りの様なイベントです」


「へー、イベントを」


「ええ、企業イメージを良くするのと地元への貢献をPRするのが目的で、来期以降の実施を考えています」


「でも、準備とか大変そうね。企画室だけじゃ難しいんじゃないの?」


「そうですね。だから各部門に協力して貰って、会社全体で取り組む方向で調整するつもりです。その為に企画書を作り込んで役員会で承認を貰って、予算もなんとか確保して来期開催を目標に準備を進めたいと考えてます」


「そうなのね。企画書は任せて大丈夫かしら?」


「はい。自分で作るつもりでしたので、10月の役員会に間に合う様に準備します」


「わかったわ。工場見学やイベントに関しては私も賛成よ。内容については全てお任せするわね」


「了解です。 課長も上期のまとめの方、頑張って下さいね。変な事書かないで下さいよ」


「それはこの週末のアナタ次第よ。久しぶりのお泊りだから、朝まで寝かせないから覚悟して頂戴」デュフフフ


「だから、公私混同は止めろと何度も!」


「はいはい打合せはお終いよ!早く仕事に戻りなさい」


 くそ!のび太課長のくせに「早く仕事に戻りなさい」とか生意気なことを!

 いや、これはのび太も成長したということか。

 だが、さっきまで散々公私混同してたしな。

 やっぱムカつく。


 でもまぁ、3課時代に比べて楽しいんだろうな。

 仕事が楽しいのは、良いことだ。





 ◇





 10月に入ると『栗きんとん』のクローズアップ動画も完成し、公式チャンネルで公開する前に、井上課長や会長夫妻にも見て貰った。


 井上課長は、製造部として自分たちが作っている製品の苦労や拘りなどを掘り下げて特集している内容に感激してくれていたが、最後の実食シーンで会長夫妻が出演することを教えてなかったので、言葉を失うほど驚いていた。


 会長夫妻には、アイナさんと二人でタブレットを持って会長宅にお邪魔して動画を見て貰ったのだが、会長からは「面白いな。他の商品のは無いのか?」と評価して頂き、おばあ様からは「アイナさんと動画に出演なんて、良い思いでになるわね」と喜んで頂けて、お二人とも何度も繰り返し動画を見てくれた。

 それに、会長もおばあ様も俺のことをちゃんと覚えてくれていたのが嬉しかった。



 営業企画室を立ち上げて半年が過ぎ、最初はどうなるかと色々心配もしたけど、こうして今現在の自分たちを見ると俺もアイナさんも公私共に正に順風満帆。 このまま実績を積みつつ、山名家との繋がりを広げて行くことが出来れば、アイナさんとの交際公認や結婚もそう遠くはないのでは無いだろうか、と考える余裕が持てる様にもなっていた。




 ◇




『栗きんとん』の紹介動画を公式チャンネルで公開開始すると、社内ではとても好評で第二弾への期待の声を聞くことが出来た。


 また、岐阜の生産農家さんからもアイナさんの元へお礼のメールが寄せらた。

 メールは俺も読ませてもらった。


 和栗の歴史、生産の工程、生産者の苦労、品質への拘り、etc、アイナさんはそれらを事前にしっかりと勉強して、生産農家さんの目線に立って取材をした。それはアイナさんのこの取材に賭けた熱意であり、その熱意は取材内容にも表れ生産者さんにもそれが伝わり、完成した動画には生産者さんの想いが伝わって来る内容となっていた。


 その動画を視聴した生産者さんはとても感激して下さった様で、そのお礼を伝えたくてアイナさんへメールを寄こしてくれた。


 メールには、短いシーンだが見ていて感動したこと。これまでの苦労が報われた思いであること。明日からの活力が漲っている事。今回取り上げてくれたことへの感謝等々が綴られており、メールを読んでいて俺も目頭が熱くなった。



「ううう、ワダルぐ~ん、すごくよろごんでぐれでる~~」


「そうですね。アイナさんすごく頑張りましたもんね。アイナさんの熱意が皆さんに伝わったんですよ」


 珍しく俺が褒めると、アイナさんは「うわぁ~ん」と泣きながら俺に抱き着いて来た。

 普段なら職場で抱き着かれたりしたら、直ぐにお説教コースだが、この時だけは大目に見た。



 泣き止んだアイナさんは俺に抱き着いたまま、「ご褒美にちゅーして頂戴♡」と相変わらずチョーシに乗っていた。

 俺は「チョーシに乗り過ぎです」と言って、彼女の唇にキスした。






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