#37 会長とおばあちゃま



 9月に入り、少しづつ朝夕涼しくなり始めて来た。



『栗きんとん』のクローズアップ動画制作の進捗は、岐阜の生産農家さんへの取材を終えて、残る撮影は会長宅での実食のみとなった。



 俺としては、和室では無く縁側に着物姿のアイナさんが腰掛けて、一人で栗きんとんを食べる姿をイメージしていた。


 但しこの場合、庭の風景も写すことになるのだが、そうなると庭の植物の季節的な色づきが重要になってくる。

 ココが非常に悩みどころとなっていた。


 速やかに撮影を済ませるか、庭が秋の色づき始めるのを待つか。

 俺のこの悩みに対して、アイナさんは簡単に回答を出した。


「両方撮影したらどう? とりあえず撮影してみて編集を進めて、紅葉が始まったらもう1度撮影して、そこだけ差し替えるかそのままにするかを決めるのよ」


「なるほど。確かにそれなら1度公開開始した後でも再編集と再公開っていう方法も取れますね。でも会長やおばあ様は何度もお邪魔して迷惑と思われないでしょうか?」


「大丈夫よ。心配だったら今から聞いてみようか?」


 そう言って、アイナさんはその場で自分のスマホで連絡を取った。


「もしもし?おばあちゃま?アイナです。 ええ、先日相談した撮影させて欲しい件なんですが、部下の子が色々悩んでるみたいで、ええ。それで、撮影を近々1度してみて、お庭の紅葉が始まったらもう1度撮影させて欲しいの。 え?何で知ってるの?ママかしら? はい?今からですか? うーん、分かりました。その子連れて伺いますね」


 んん??? 


「ということで、これからおばあちゃまに会いに行きましょ」


「はぁ?今からなんて急すぎですよ」


「大丈夫よ、ただの顔合わせよ。 おばあちゃまがアナタのお話を聞きたいんですって」


「マジっすか?」


「マジよ。今から伺うって言っちゃったから、もう逃げられないわよ」


「別に逃げるつもりは無いですけど、いきなりすぎてビビってるんです」


「なによもう、ワタル君らしくないんだから」


 そりゃ、山名家のボス&山霧堂の会長って言われれば、社員なら誰だってビビるぞ。


 兎に角、急いで製造部にお願いして栗きんとんを用意して貰い、今日の予定を全てキャンセルして出かける準備をした。





 山名家の本家邸宅は、山霧堂の本社から歩いて5分程度の場所にある。


 住宅地のど真ん中に広い敷地を持つ純和風の門構えのお屋敷。

 住んでいるのは、会長と奥様(アイナさんのおじい様とおばあ様)で使用人を雇っているらしい。



 門の前に立つと、今の俺の精神状態の影響か、威圧感が凄い。

 しかしアイナさんはそんな威圧感を感じないのか、物怖じせずに正門の脇にあるインターホンを押す。


『はーい』


「おばあちゃま?忙しいところすみません。アイナです」


『はいはい、今開けるからね』


 すると、1分もしないうちに正門脇の出入り口が開き、中から初老の女性が顔を覗かせた。


「アイナさん、いらっしゃい。お仕事頑張ってるようね」


「はい、おばあちゃまのお陰です。 それでこの子が部下の荒川君です」


「初めまして!荒川と申します! 山名課長には大変お世話になっております!」


「うふふ、フミナさんから聞いてるわよ? 営業部の期待のエースなんですってね? あ、こんな所でごめんなさい。入って入って」


「ありがとうございます!お邪魔します!」


 使用人が居るって聞いてたから入口ではてっきり使用人の方が応対するのかと思ってたら、普通におばあ様本人が出て来て、マジでビビった。 っていうか、フミナさんってアイナさんのお母さん?俺の事を既に話してるのか?いったいどんな話なんだ・・・




 門脇の出入り口から中へ入ると、綺麗に手入れが行き届いた石畳の通路が10メートルほどあり、両脇には木々が茂ってそれらも手入れが行き届いていた。


「それで、今日は会長は?」


「あの人も居るわよ。庭に居るから先に挨拶していく?」


「ええ、そうします」



 二人が右脇の木々の隙間にある細い通路に入って行くのでそれに続くと、少し開けた庭に出て、麦わら帽子を被った会長がキャタツに座って、木の剪定作業をしている最中だった。


「会長、こんにちわ。 この間ご相談しました撮影の打ち合わせにお邪魔しました」


「おう、アイナか。今ちょっと手が離せんから、おばあちゃんと話してくれるか」


「わかりました。お忙しいところすみません。お邪魔します」


 アイナさんがそう挨拶すると、会長は片手を挙げて「ゆっくりして行ってくれ」と返事をしたので、俺も「お邪魔します」と頭を下げて挨拶をした。



 おばあ様が家の中に居る使用人さんに向かって声を掛けると、縁側に4人分のお茶を用意してくれて、おばあ様は縁側に上がって座布団に正座し、「お二人もどうぞ」とにっこりと微笑んで座布団を勧めてくれた。


 アイナさんが縁側で靴を脱いで上がり座るのに倣う様に俺も靴を脱いで上がり、座布団に正座する。



「改めまして、営業企画室の荒川と申します。 山名課長を始め、みなさんには大変お世話になっております」


「うんうん、荒川さんのことはフミナさんとアイナさんから聞いていますよ」


 そこから3人で、庭で作業をしている会長を眺めながら自己紹介や近況などの会話を続けた。


 会長の奥さんでありアイナさんのおばあ様。

 年齢は80くらいだろうか。

 年齢の割にはとても姿勢が良くて、一言で言えば『お上品でニコニコ笑顔のおばあちゃん』

 とても経営者一族山名家のボスには見えない、優しそうな方だ。



 しかし、おばあ様との初対面で挨拶出来たのは良いのだけど・・・会長が作業をしているのに、俺は座ってのんびりお茶を飲んでいるという状況が、落ち着かない。 おばあ様とアイナさんは、そんなことを全く気にしない様子でお喋りを続けているが、俺には無理だった。



「あの、すみません。 会長が作業されてる横でじっとしてられそうにないので、俺、お手伝いさせて頂きます」


「あら?いいのよ?好きでやってることだから」


「いえ、すみませんが、気になって落ち着かないので、片付けだけでもお手伝いしてきます」


 そう言って再び靴を履いて会長の元へ行き、「お手伝いします。何か出来ることありますでしょうか」と会長に話しかけた。


「おう、悪いな。 それじゃあ、切った枝とか落ちてるのを集めて片付けてくれるか? 軍手はコレを使ってくれ」


 会長はそう言うと、自分が使っていた軍手を外して俺に渡してくれた。


「使わせて頂きます」と受け取り、軍手を嵌めて掃除を始める。


 会長は1か所で剪定作業を済ませると、キャタツから降りて移動させて、再びキャタツに乗って選定作業を始めた。 俺はその後をついて行くように、切った後の枝や葉を手で集めて、使用人さんが用意してくれたゴミ袋に詰めて行った。


 30分ほど作業を続けると、会長はキャタツを片付けて脇にある水道で手を洗い始めたので、俺もゴミ袋の封をして使用人さんに渡して、同じ様に水道で手を洗わせてもらった。


 縁側ではおばあ様とアイナさんがお喋りしている傍の縁側に会長も腰掛けてお茶を飲んで休憩していた。


 洗った手を直ぐにハンカチで拭いて額の汗も拭ってから、会長の元へ駆け寄り「営業企画室の荒川と申します。本日はお忙しいところお時間を頂きまして、ありがとうございます!」と頭を下げて挨拶をした。


「荒川君ね。お手伝いありがとうな。お陰で助かったよ」


「荒川さんったら「会長が働いているのに、じっとしてられません!」って言ってたのよ?面白い子でしょ?」


「ああそうだな。 営業企画室と言ったな。アイナが新しく作った部署か?」


「ええ、そうです。荒川君と私の二人で立ち上げた新部署です」


「実際にどんなことをしている部署なんだ?」


 そこから、アイナさんから営業企画室の目的やこれまでの活動に今後の予定等を説明し、会長もおばあ様もアイナさんの話を楽しそうに聞いていた。



 そのお二人の様子を見ていて、また閃いてしまった。



「あの、本日は栗きんとんを持参しました。撮影の参考になればと思いまして用意したんですが、もし宜しければ会長と奥様に召し上がって頂いて、その様子を撮影させては頂けないでしょうか?」


 撮影機材に関してもテスト撮影が出来るかもしれないと、念の為ハンディカメラと三脚も持ってきている。


「え?ワタル君、今から撮影するの?」


「ええ、折角お二人がご在宅なんですから、お二人を撮影する機会なんてそう無いだろうと思いまして」


「私たちが動画に出演するの?」


「はい。不躾なお願いをしまして申し訳ございませんが、如何でしょうか?」


「面白そうね。わたしは良いわよ?アナタも一緒に食べましょ?」


「俺が食べてるところを撮影しても面白くないだろ。 アイナ、お前も一緒にどうだ?」


「私もですか?」


「それ、良いですね。山名課長もご一緒なら、アットホームな雰囲気になるかと思います」



 結局、会長夫妻と孫のアイナさんの3人で栗きんとんを食べて貰い、俺はその様子を撮影した。 おばあ様もアイナさんもリラックスしてニコニコしていたのに対して、会長だけは緊張しているのか固い表情だったのが印象的だった。


 テスト無しの一発撮りだったが、思っていた以上の素敵な映像が撮れた。これなら季節感とか必要無い。




 こうして初めての会長宅への訪問を終えた。


 会長夫妻との初めての接触としては、上出来だったのでは無いだろうか。

 少なくとも、俺の名前と顔を覚えて貰うことは出来たと思う。




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