#36 エースの本領



 仕入れの問題に関して、早速その日の内から動くことにした。



 飲食に関わる業界に身を置けば、何度となく聞いたことがある『味が落ちて、客が離れた』という話。 実際に、とある有名フランチャイズチェーンがコストダウンを図って国産牛肉からアメリカ産の安価な輸入肉に変えた途端、客離れが加速して倒産したという話もあった。


 なので、仕入れ等に直接携わっていない俺でも無視できない問題でもあった。


 だが、これまで何度も言う様に、俺はただの駒だ。

 担当外の俺が出しゃばった所でロクなことにはならないだろう。

 あくまでアイデアを出すだけに留めたほうが良い。




 それで、仕入れに関して社内で意見が割れている件だが。

 こういう場合、大事なのは『バランス』だと考える。


 材料変更派と材料維持派、どちらか一方の意見に偏るのでは無く、どちらの意見も取り入れる。 この場合は、俺の個人的考えでは、5:5、出来れば4:6でバランスを取りたいところだ。


 そして、もっとも重要なのが、情報だ。

 この場合だと、実際に仕入れが可能な原材料の価格と質、あとは量だろうか。

 これらが分からないことには、いくら議論しても無意味だろう。



 そこで早速2課時代に知り合った同業他社さんの営業に片っ端から電話を掛けて、砂糖の仕入先を紹介して貰えないか相談する。


 ライバル会社へ自分のところの仕入先を紹介することは、普通応じて貰えないと思われそうだが、実際のところはそうでも無い。

 物価高騰のこの状況で、仕入先が潰れでもしたら自分の会社も困る。 なので、懇意にしている仕入先に新しいお客さんを紹介するというのは、実は自分の会社にとっても悪いことではない。 もし、在庫の取り合いになったとしても、自分のところのが付き合いが長い分、融通してもらえることも踏まえているだろうし。


 それに、お互いこの不況下で自社の業績が低空飛行を続け、それは業界全体にも言えることであり、自社だけが生き延びるのではなく業界全体が生き残ることも重要な課題である。 なので、こういうピンチの時ほど助け合いというのも必要だろう。



 紹介してもらった商社3社に早速連絡して、それぞれに砂糖1トン単位での見積依頼を掛ける。 その際、「質よりも安全性と値段と量を重視」と伝えた。





 翌日、井上課長に企画室に来てもらい、俺の考えを伝える。


「俺なりに考えてみましたが、ドチラの意見も両立させる方向でどうでしょうか?」


「そんなこと出来るの?」


「ええ、大丈夫だと思います」


「具体的な話を聞かせてくれる?」


「両方仕入れて両方使えば良いと思います。当然、その比率を調整する必要はありますが、どちらも両立させられれば、質を落とさないことと、安価材料によるコスト低減も可能です」


「なるほど・・・でもブレンドというのは、どうしても質は落ちるぞ? 落とさない配合があるのかもしれないけど、それを見つけるのは至難の技だぞ?」


「いえ、ブレンドはしません。使い分けるのです。 現行の商品は品目を減らすなどして、主力商品に集中して従来の原材料を使えるようにします。それとは別に安価材料を使った安価製品を新しく作るのです。最初から『この商品は安い材料を使ってますので、お値段もお手頃ですよ』って言ってしまえば、それは顧客の信頼を裏切ることにはならないと思います」


「ほう!なるほどそういう事か!安価製品で主力のコスト増分を補填する訳だね?」


「はい、そういうことです。今までお付き合いの無かった商社3社に、安全と値段重視で見積依頼掛けてます。1週間後には見積書を出して貰えるので、価格と質の検証を早急に着手してはどうでしょうか」


「え?もうそこまで用意してるの?相談したの、昨日のお昼だぞ?」


「見積依頼かけただけですよ。 動くのは製造部でお願いしますね」


「そ、そうだね・・・でも凄いな。副社長が言ってた通りだ。新規の仕入先候補3社だって荒川君のコネクションなんだろ?僕でも新規を3社探せって言われたら、直ぐには用意出来ないよ」


 仕入れ先を探すというのは、ネットや電話帳で探せば早いのでは?と思われてしまうかもしれないが、取引実績の無い商社では何が起こるか分からない。 もしボッタクリでもされたら本末転倒だし、同業他社が既に取引している商社なら相手も下手なことは出来ないし、相手から見ても「○○社さんの紹介」となればウチに対しての見方が違って来る。 なので、俺は今回同業者に相談して紹介してもらう手段を取った。



「たまたまです。知り合いに紹介頼んだら上手いこと聞いて貰えたってだけですよ。とりあえず3社の担当者と連絡先はメールで送っておきますので、よかったら製造部の方でサンプル入手してみて下さい」


「おっけー、凄く助かるよ」


 ココで、これまで黙って聞いていただけのアイナさんが口を開いた。


「どうかしら、ウチのエースはお役に立てたかしら?」


「ええ勿論。荒川君はとても優秀ですよ。『営業部エース』の名は伊達じゃないですね」


「お二人とも何言ってるんですか。恥ずかしいからエースとか止めて下さいよ」


「うふふ、照れなくても良いわよ。ご褒美に今日のお昼は私が奢るわよ?」


「いえ、結構です。メシ代くらい自分で出します」


「えー、井上課長に比べて私には何だか冷たくないかしら~?」


「何て言うか、荒川君も凄いけど、山名課長、今回何もしてないのに別の意味で凄いな・・・」



 確かに連休前まではもう少しキリリとしてたもんな。

 俺は毎日見ているからアイナさんのこういう姿は普通だけど、やはり別の社員からしてみたら、態度デカイゆるふわ風の山名課長とかビックリするんだろうな。





 その後、仕入れ問題に関しては俺の出したアイデアが通り、従来商品の価格維持と安価新商品数品目の発売が実現された。


 因みに、安価新商品に関しても俺とアイナさんが1枚嚙んでいて試作段階で色々協力させて貰ったが、俺は元々製品開発を配属希望していたこともあって、今回の件はとても有意義な経験となったし、アイナさんのパパである副社長へのアピールにもなったであろう。





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