#34 山名家の内情
翌日の朝、アイナさんを自宅まで迎えに行くと、直ぐにアイナさんとお母さんが出て来た。
前回同様、車から降りてお母さんに挨拶をして、アイナさんを車に乗せると長野県を目指して直ぐに出発。
因みにこの日も副社長は接待ゴルフらしい。夏休みでも接待とは、経営者一族も大変だな。
「副社長は今日も接待ですか。大変そうですね」
「これでも少なくなった方よ。伝染病の拡大前は、毎週末ゴルフとか飲みに行ってたわね」
「そういえば、アイナさんは接待とか行かないで良いんです?」
「パパに呼ばれて私も行くことあるわよ。でも隅の方で大人しくしてるから、私が行っても接待にならないのよね」
「そうなんです?綺麗な女性が来るだけでも喜ばれそうですけど。女性にお酌させたがるおじさんとか多いでしょ?」
「飲みの接待には行かないわ。行ってもゴルフよ。パパは飲みの場で私にお酌とかさせたくないのね」
「なるほど」
「それに、兄が居るからね。私よりも兄が接待要員にされてたわ。そういえばワタル君もよく接待に行ってたんでしょ?」
プライベートでは副社長のことは『パパ』って呼ぶ様になったのに、次長(アイナさんのお兄さん)のことは、お兄ちゃんとか呼ばずに『兄』のままなんだな。 そういえば、アイナさんと山名次長って会社で喋ってる姿とか全く見ないし、兄妹っぽくないというか、お互い干渉しない感じなのかな。
「俺の場合は、逆にゴルフじゃ無くて飲みばかりですね。でも流石に夏休み中は行かないです」
副社長とか会社役員の場合は、相手も同じような経営者とか役員ばかりだからゴルフが多いんだろうな。 逆に俺の場合は、担当者とか個人商店相手だから、ゴルフよりもお手軽に飲みになってしまう。
「夏休み中も接待に行かれたら、私が困るわ。どうせなら私を接待して頂戴」
「既にすげぇ接待してると思うんですけど?」
「うふふ、そうね。 でもまだまだよ!まだ足りないわよ!今日から残りの3日間、目いっぱい遊ぶわよ!」
◇
お盆休みも過ぎている為、道中は比較的空いていて予定通り昼前には目的地である長野市へ到着したのだが、アイナさんが行きたがったお店の店前には既に行列が出来上がって居て、20名程が待っていた。
俺がお店変えるかを確認すると、よっぽどこのお店の蕎麦が食べたかったのか「私は一途な女よ。今の私にはこのお店以外のお蕎麦に何の価値も無いわ」と言って、炎天下の中、文句も言わずに1時間近く待っていた。
行列に混ざって待つ間、アイナさん持参の日傘を俺が持ち、アイナさんに日光が当たらない様にすると、彼女は扇子で俺を扇いでくれたり、自分のハンカチで俺の額の汗を拭ってくれたり、ペットボトルのお茶を飲ませてくれたりと、人目を気にせず献身的に世話をしてくれた。
恋人同士なら当たり前のことかもしれないけど、そんな当たり前のことに幸せを感じる。
ナツキとの同棲生活では忘れてしまっていた気持ちだ。 あの頃は当たり前のことを当たり前と流して、喜ぶことも感謝することも出来ていなかった。 多分、ナツキとの交際で失敗を重ねたお陰で、アイナさんと過ごす時間に、喜びや感謝を感じることが出来ているんだと思える。
漸く涼しい店内に入れてテーブル席に案内されると、アイナさんがせいろ蕎麦二人前と天ぷらの盛り合わせも注文した。
注文を終えて待っている間に、アイナさんが昨夜言ってた姪のサクラちゃんのスマホの画像を見せてくれた。
「ね?凄く可愛いでしょ? もうホント、ぎゅーってしたくなっちゃうのよ?」
見せてくれた画像は、アイナさんとサクラちゃんが顔を寄せ合っているツーショットやサクラちゃんが正座して座っている様子を写した物だった。
確かに凄い美少女だった。どことなくアイナさんに雰囲気が似ていて、アイナさんの様に美人に成長するのは間違いなさそうだ。 お母さん(アイナさんのお姉さん)の顔は知らないが、多分、アイナさんとお姉さんが似てて、それで姪であるサクラちゃんとも似ているのだろうな。
「凄い可愛い姪っこさんですね。お澄ましした表情とかアイナさんにそっくりです」
「うふふ、そうなの!似てるってよく言われるわ。まるで姉妹ねって」
「姉妹は言い過ぎです。歳いくつ離れてるんですか?せいぜい親子でしょ」
「勝手に子持ちにしないで頂戴。まだまだピチピチの20代なんですからね」
確かにお肌とかまだまだ綺麗だけど、30目前でギリギリ20代をピチピチとは言わないと思う。
15分ほどで料理が運ばれてきて、ようやく食事を始めた。
食事を始めてから、昨日考えてた本題について振ってみた。
「アイナさん。会長ってどんな方なんです? 怖い感じです?」
「うーん、そうね。 怖いというか厳しい感じかしら。 社長とかパパとかよく叱られてるイメージあるわね」
「アイナさんとかお孫さん世代にもですか?」
「私たちにはそうでも無いかしら。 でも本家のユウジさん(社長の息子で、専務と工場長を兼務している製造部のトップ)には厳しいかな? まぁあの人は孫世代の中でも唯一役員やってるし、将来は社長を引き継ぐだろうからね」
「なるほど」
「それで会長のことなんか聞いて、何かあるの?」
「ええ、今度、会長のご自宅で撮影するじゃないですか。 もし会長とお会い出来るなら、顔を売っておこうと思いまして」
「え?ワタル君、会長に取り入って出世でも狙ってるの?」
「違いますよ。 アイナさんと交際していく中で、いつかは認めて貰わないといけない方でしょ? 前にアイナさんも、会長からお見合いのこと言われたことあるって言ってましたし、それこそ、会長ご自身がアイナさんには恋愛結婚では無くてお見合いでって思ってるかもしれないでしょ? だから俺の事認めてもらうには、本丸の会長は外せないと思って、少しでも顔を売っておきたいんですよ」
「うーん、そうね。 でも、会長は1度こうだって決めたら、簡単に考えを変えるような人じゃないから、気に入られたところで、あまり意味無いかもしれないわよ? 私の結婚に関しては、会長よりもおばあちゃまを味方に付けた方が良いわね」
「ほう?その話、詳しく聞かせて下さい」
「会社に関しては誰も会長には逆らえないけど、本家の実質的なボスは、おばあちゃまよ。会長は婿養子なのよ」
それは知らなかった。経営者一族の内情なんて知らなくて当然といえば当然だけど。
「山名家のご先祖は武士の系譜で、地元を治めていた大名に仕える重職の家柄なの。明治以降は地主として農業を中心に営んでいたらしいのだけど、今の会長を婿養子に迎え入れて、そこからお菓子産業に参入して自社販売もする様になったっていう流れね。昭和の時代のお話よ」
「なるほど。それで本家のボスがおばあ様というのは?」
「ウチのママもそうだけど、山名家はどのお家も女のが強いの。 家業は男が、家の中のことは女がっていう考えが根強くあって、おばあちゃまがそれを見本の様に徹底しているから、どの家でもそうなっているわ」
「でも、アイナさんは女性なのに家業に携わってますよね?」
「私の場合は特殊なのかしらね。 私が働きたいって言い出し時、パパは「いいぞ」って言ってくれたけど、本家筋は反対だったみたいよ。そういえばウチの兄も反対してたわね。 でも、おばあちゃまが「この子には好きにさせてあげなさい」って言ってくれて、会長や社長も許可してくれたの」
「そんな話があったんですか。全然知りませんでした」
「だから会社じゃみんな私に冷たいでしょ? パパ以外には内心「女のくせに」って思われてるんじゃないかしら?」
一般社員からは経営者一族の一人として厳しい目で見られて、身内からは女のクセにと冷たくされていたのか。 それを副社長も理解していたから、アイナさんを「一人前の会社員」にして認められるようにしてあげたいと思って俺を教育係に付けたのか。 ココに来て色々見えて来たぞ。
「色々話してくれて、ありがとうございます。 凄く参考になりました」
「そう?こんな話、面白くないでしょ?」
「いえいえ、とても重要な情報でした。 だからすぐにどうにか出来るって訳ではありませんが、今後の参考になります」
「何かまた難しいことでも考えているのかしら?あまり無茶しないでね」
「はい、気を付けます。 でも今度、会長のご自宅にお邪魔する際には、是非おばあ様と会長との橋渡しをお願いしますね」
「ええ、それは任せて頂戴。 おばあちゃまもきっとワタル君のこと、気に入ってくれるわよ。うふふ」
「だと良いんですけどね」
その後、アイナさんはせいろ蕎麦を御代わりして、本場の信州蕎麦に大満足の様子だった。
食事を済ませると、お店から車で10分程の神社を参拝して、少し散歩をしてから地元に戻った。
俺の部屋に寄りたいというので夕方頃に自宅に戻ったが、この日はセックスはしなかった。
アイナさんはしたがったが、アイナさんの体調(久しぶりなのに連日激しく交わい酷使したので)を心配して、数日は休めるべきだと言って、休んで貰う事を納得してもらった。
その代わりに、「連休最終日なら良いでしょ?いっぱい愛し合いたいわ」とアイナさんはやる気満々だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます