#33 幸せを感じる時間




 濃密な4日間の疲れからか昨夜は直ぐに寝てしまい、目が覚めてからもこの4日間が夢なのか現実なのか直ぐに判別出来ないような微睡みの中、何とかベッドから起き出す。


 ボーッとした頭でスマホを確認すると、昨夜の時刻でアイナさんからメッセージが送られていた。


『パパにはバレて無いからね。ママが「お友達に、ありがとうって伝えておいて」って』


 メッセージに副社長とお母さんの事が書かれていたことで、意識が急に現実に引き戻され、妙にドキドキしてきた。



『返信遅くなってすみません。 お体の方は大丈夫ですか? 今日は山名家の集まりですよね?あまり無理はしないでゆっくり休んで下さいね』


 無難な内容で返信すると、即レスがあった。


『おはよう、ワタル君。 体の方は一晩眠ったら疲れは取れたよ。ワタル君の方は大丈夫?昨日は早く寝ちゃったのかな?』


『はい、疲れと寝不足なのか、バタンキューでした』


『いっぱいしちゃったもんね。 ワタル君も今日はゆっくり休んでね』



 二人で居る時は直ぐにチョーシに乗ってやりたい放題のアイナさんだが、こうしてメッセージでやり取りしている時は、優しいお姉さんだ。




 ◇




 冷たいシャワーを浴びて、頭をシャキっとさせてから朝食を用意して食べ、布団をベランダに干したりシーツを洗濯したりと、家事を始める。


 ひと段落着いて、冷たいお茶を飲みながら明日からの事を考える。



 夏休みに入ってアイナさんと会ってる間、部屋に籠りっぱなしでドコにも出かけて無いしな。ドライブとかショッピングにでも出かけるか。


 どこか涼しい観光地を二人でイチャイチャしながら散歩とかしたいな。

 海に海水浴もいいな。アイナさんの水着姿、見てみたいな。

 アイナさんってどんな水着きるんだろ。 黒系のビキニ着てサングラスして堂々としてるイメージあるな。



 アイナさんと付き合い始めてまだ短いけど、一緒に居る時間は勿論、こうやって一人の時に彼女のこと考えるのも、なんだか幸せな時間だ。10代の頃初めて彼女が出来た時の様に、「早く明日にならないかなぁ。早く会いたいなぁ」と考えてしまう。


 付き合い始めるまでは散々悩んだけど、今は付き合うことにして本当に良かったと思っている。 山霧堂に就職したこと。営業部に配属されたこと。ナツキに捨てられたこと。これらの出来事がアイナさんと出会い結ばれるために必要だったことなんだ、とすら思える。

 まぁ、ポジティブになってても、これから色々なことが起きるだろう不安はやはりあるけど。



 そんなことをしみじみ考えながらPCでデートの行先をのんびり調べて一人だけの休日を過ごしていると、再びアイナさんからスマホへメッセージが送られてきた。


『動画の実食の撮影だけど、ココどうかしら』


 メッセージには画像が添付されていた。 少し薄暗い和室の奥から外に向かって引き気味に撮影された物で、障子が開かれて正面の屋外には松などの木々が写っていて、純和風の庭の様に見える。


 部屋の中が若干薄暗いから、撮影用のライトを用意する必要があるな。

 庭の方は、今のこの時期だと秋らしさが無いから、撮影する時期を調整するか、庭自体を写さない様にするか。



『落ち着いた雰囲気の和室ですね。どちらで写したんですか?』


『会長の自宅よ。久しぶりに来たんだけど、ピンと来たのよ』


 会長と聞いて、一瞬気が引ける。


 アイナさんの祖父であり、山霧堂の創業者であり、山霧堂では誰も逆らえない存在。

 社長や副社長ですら。もちろんアイナさんだってそうだろう。


 その自宅で撮影するとなると、会長と会う可能性がある。



 会長が会社に顔を出すのは稀で、俺も入社以来、数えるほどしか顔を見たことが無いし、会話などもしたことは無い。

 でも、アイナさんと交際・結婚するには、俺の事を認めて貰う必要がある重要人物。ラスボスと言っても良いだろう。


 俺はアイナさんに言った通り、アイナさんを物にする為なら何だってする覚悟だ。

「物にする」っていうのは、アイナさんに認めて貰うだけではなく、経営者一族山名家にも認めて貰うことでもあるし。


 これはチャンスと捉えるべきだろう。

 普通に仕事してても会う可能性が低い会長と、会うことが出来るかも知れない。

 会っていきなり交際とか結婚の話をするつもりは更々無いが、俺の顔を売るチャンスだし、今後の何か足掛かりになるかも知れない。



『とても素敵な和室と庭ですね。 着物姿のアイナさんが佇んでいる情景が頭に浮かびました』


『ワタル君も気に入ってくれた? 連休明けたら撮影に使わせて貰う様に今から頼んでみようか?』


『とても気に入りましたが、今日のところは相談程度に留めて日程に関しては調整してから後日にした方が良いと思います』


『オッケーよ。任せて頂戴。 また夕方頃に連絡するわね』



 まだどう転ぶかは全く読めないけど、何もせずに待つより、何か少しでも山名一族との繋がりを作っていくべきだ。 アイナさんにもその辺りを理解して貰って、今後フォローして貰う様にしたいし、明日にでもゆっくり相談するか。




 ◇



 

 夕方、アイナさんから通話着信があり、開口一番『明日は、長野にお蕎麦食べに行くわよ』と言い出した。


 長野なら、こっちよりも涼しいだろうな。丁度、涼しいところにドライブにでも行きたいと考えてたし、まるで俺の思考を読んだかの様なお誘いだ。

 それに、お蕎麦を食べる為だけに長野までドライブ行くのも面白いしな。


「了解っす。ドコか行きたいお店でもあるんですか?」


『ええ、長野市に行きたいお店があるのよ。そこでお昼食べましょ』


「じゃぁ、明日は朝から迎えに行きますね」


『うん、準備して待ってるわね。 それで、動画の撮影の件だけど、おばあちゃまに話したら、いつでもおいでって。これで良かったかしら?』


「バッチリです。後は、連休終わってから予定組みましょうか」


『うふふ、そうね。お仕事の話はこれくらいにして、お喋りしましょ。 それでね、今日の集まりで久しぶりに姪のサクラちゃんに会ったの!それがもう可愛くて可愛くて! あ、サクラちゃんって言うのは姉の子で今3才なんだけどね、私のこと『アイちゃん』って呼んでくれるのよ!もう本当に可愛いの!明日ワタル君にも写真見せてあげるわね。きっとメロメロになるわよ』


 アイナさんは1時間近く、姪のサクラちゃんの話題を喋り続けた。

 アイナさんがこんなに子供好きだったとは意外だったが、姪にメロメロになっている姿を想像すると、とても微笑ましかった。




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