2部
#28 課長は恋人
俺と課長の間には、恋人としての繋がりが新たに出来た。
嬉しかったのは、課長が最初から俺に好意を持ってくれていたこと。
ナツキに捨てられ、今までの自分の会社員生活を反省したりもしたが、課長はその俺を認めてくれ、そして男として好意を抱いてくれていた。
今にして思えば、俺も最初から課長は気になる存在であったし、課長には無意識に惹かれていたのかもしれない。
確か、最初は失望だった。
俺自身、失恋したばかりで、やさぐれてたしな。
でも直ぐに、一方的に期待と親近感を持つようになった。
因みに、この期待は「何か面白いことをやらかしてくれそう」という期待で、親近感も「真面目ぶってるのに抜けてて、面白いな」という親近感。
今では課長ってこういう人だよね。そこが課長の魅力だよねって当たり前になっているが、俺はかなり早い段階で課長のこの特性に気が付き、注目していた。
つまりは、その時期から既に課長から目が離せなくなっていたと言えるし、良くも悪くもそれだけ他人の視線を惹き付ける容姿や人柄が課長にはあったということだ。
「ワタル君、私の話聞いてる?いま大事な相談をしてるのよ?」
「ああ、すみません。ちょっと考え事してました」
いつもの様にお昼を近所のうどん屋さんで食べていると、課長は何やら悩んでいる様子だった。
「ちゃんと聞いてくれないとダメじゃないのよ、もう」
「それで、なんの相談でした?」
「そうそう、公私混同はダメなんでしょ?本音は折角個室の部署なんだから、ちょっとくらいは良いじゃないのって思うのだけど、どうせ荒川君は真面目で頑固者だし、抱き着いたりキスしたら殴ってでも止めるんでしょ?」
「ええそうですね。2度と変な気を起こさない様に徹底的に暴力に訴えるつもりですよ。泣いても許しませんからね」
本当は絶対に殴ったりし無いが、こうでも言わなければこのお嬢様は止められないだろう。
「そ、そうなのね。いつにも増して厳しいわね。 それでね、お昼の休憩時間はね、仕事してない訳だから、公私混同にならないと思うのだけど・・・」
「ダメです。休憩時間も勤務時間内です。拘束時間です」
「えー、ちょっとくらい良いじゃないの。ね?本当にちょっとだけよ?サっとハグしてチュっとするだけだから、ね?」
「そんな、「先っちょだけだから」みたいに言って、結局ズルズルなし崩しにするつもりなんでしょ? 俺はその辺の尻の軽い女とは違いますから、その手には乗りませんよ」
課長と恋人になって変わったこと。
それは、二人の間でシモネタがオープンになったことだ。
課長、今まで一切シモネタとか言わなかったクセに、昨日突然バンバン言い出した。
それはそれでギャップになってて面白くはあるのだけど、いつかやらかすのでは無いかと心配でもある。
この人、ホント今までよく無事に生きてこれたよな。
これが今の課長に対する俺の評価だ。
「じゃあ、終業後なら良いのよね?終業チャイム鳴った瞬間キスしちゃおうかしら」じゅるり
「さっきから何言ってるんですか?頭の中エロいことで一杯なんですか?」
「ええそうね。花火の時から頭の中がエッチなことで一杯ね。仕事しててもワタル君が隣に居ると、抱き着いてクンクン匂い嗅ぎたくてたまらなくなるわ。そのせいで仕事が手に着かないのよ。私、どうしちゃったのかしら?今、人生で一番精力が漲っているのね、きっと」
仕事が手につかないのは今に始まったことじゃないだろ。
しかしこれは、ホントにやらかしそうで不安しかないぞ。
ここは一つ、キッチリ言い聞かせなくては。
「課長、プライベートで発散できたら、ちゃんと仕事に集中出来そうですか?」
「ええ、それは間違いないわね。早速今夜にでもデートするわよ」
「だから、なんでプライベートだとそんなに積極的なんですか?今日もデートしたら三日連続ですよ?」
「何か勘違いしてるわね。プライベートだから何でも積極的な訳じゃないわよ。 アナタに対してだけ積極的なのよ?」
「課長・・・課長の愛が重いです・・・」
課長は俺の吐露に、「ガーン」という効果音が聞こえそうなショックの表情で固まった。
「え?ご自分で自覚無かったんですか? 花火大会の日から異常なほどグイグイ来てて必死さが滲み出てましたよ?課長の場合は美人さんだから許されるかもですけど、これ普通の独身アラサーがしたらドン引きされるんじゃないですか?」
固まったままの課長の手から、箸がこぼれ落ちた。
「でも良かったですね。上手く行って。 もし上手く行ってなかったら、今頃家で寝込んで引きこもって無断欠勤でもしてたんじゃないですか?」
「そ、そうね・・・もしかして、私って奇跡的に成功したの?」
そんなことは無い。
課長ほどの美貌なら、お世辞抜きで引く手数多だ。
それに、俺と課長は結ばれるべくして恋人になったと思っている。
だが、俺は心を鬼にして、課長に厳しいことを言う。
「そうですね。限りなくゼロに近い可能性をモノにした奇跡でしょうね。 だからこれからは、その奇跡の時間を無駄にしないように、慎重にならないとダメでしょうね」
「わかったわ。もう我儘言わないわ。 なんと言っても、私のがちょっぴり年上で美人上司なお姉さんなんですものね。うふふ」
この場合、美人なのは関係ないと思うが。
「そうですそうです。ここはお姉さんらしく頼もしいところ見せて下さいよ」
「うふふ、任せて頂戴。 今日から私のこと『アイナ姉さん』って呼んでも良いわよ? あ、『アイナお姉様』のが良かったかしら?」
やっぱチョロいぜ、課長。
「お姉様・・・良いわね! 私、末っ子だから昔から弟とか憧れてたのよね。これからは是非『アイナお姉様』って呼んで頂戴!」
チョロすぎて、自分で言いだした「お姉様呼び」がツボにハマったらしい。
「いや、職場の上司に向かって、お姉様とかおかしいですよね? 課長ってホントは馬鹿なんですか?見掛け倒しのガッカリさんなんですか?もしそうなら、今後のお付き合いも考え直す必要が・・・」
「じゃあどうすれば良いのよ! 私じゃ分からないからワタル君教えてよ!私の部下なんでしょ!こういう時の為の部下よ!」
いつものように軽く揶揄うと、逆ギレしだした課長。
多分、自分でもナニに対してキレているのか分かっていないだろう。
恋人同士になったとは言っても、いつもとあまり変わり映えはしていない。
でもやっぱり、本当は俺も、恋人になった課長が傍に居ると意識しちゃうしドキドキしたり見惚れたりしている。
何せ、恋人になった課長は、すげぇ美人でスタイルも良くて、真面目なクセに抜けててふざけてないのにふざけたことばかり言ってて、年上の色気ムンムンでやたらとお姉さんぶりたがる、とても魅力的でついつい構いたくなる様な上司なのだから。
我慢してるのは課長だけじゃないんだよ。
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