#27 想いを確かめたあと


 今度の課長のキスは、貪る様に野性的で激しい。


 ヤバイ。

 このままだと止まらなくなる。


 いくら覚悟を決め気持ちも通じ合ったからとは言え、まだ最後までするつもりはない。

 実際のところ、貪る様にディープキスを始めた途端、下半身が勃起して収まりそうにないのだが、これから先の事は、覚悟や性欲だけで安易に進めて良いものでは無い。


 この先、上手くやる為にも、慎重に準備を進め、風向きを読んで、そして課長自身の理解と協力も必要だ。



 無理矢理唇を離すと、俺も課長も荒い呼吸を繰り返した。


「はぁはぁ、キスってこんなにも興奮するものなのね。 私達、キスの相性もバッチリよ。きっとセックスも」


「でも、今日のところは、これ以上はダメです」


「ああん、もうちょっとだけ」じゅるり


 そう言って再びキスしようとしてくる課長の口に右手を押し当てて強制的に止める。



「んごんごんご」


「落ち着いて下さい。興奮し過ぎですよ」


「んごんごんご」


「逃げたりしませんから、落ち着いて話をしましょう」


「んご?」


「ええ。これからのこと、話合いましょう」


「んごんご」




 とりあえずは話を聞いてくれそうになったので、右手で課長の口を押さえたまま諭す様に話し始めた。



 俺も課長に惹かれていること。

 そんな課長の好意が嬉しいこと。

 でも、課長と付き合うということは、会社の経営者一族と大きく関わる可能性が高くなり、それには覚悟が必要だと思っていること。

 先ほどの課長の言葉を聞いて、その覚悟は決めたが、これから先は慎重に進めるべきだと考えていること。


 あと、課長は暴走しすぎで、魅力的な課長に迫られると自分で自分を押さえるのが大変だから、自重して欲しいことも話した。 これには意味ありげに笑みを浮かべていたので、自分で警戒するしかないと思い直したが。



 副社長からのお願いとか、副社長が課長に対して、恐らくお見合いで結婚して欲しいと考えていることなどは、今この場では話さなかった。




 話したいことを一通り話してから、右手を離して課長の口を解放した。



「荒川君、私のこと、真剣に悩んでくれてたのね。 凄く嬉しいわ」


 そう言って、再びキスをしてきた。

 今度のキスは軽くて、直ぐに唇は離れて、そのまま顔を俺の肩に押し付けて来た。


 左手で優しく労る様に課長の頭を撫でていると、課長は「ムフームフー」と荒い呼吸を始めた。



「やっぱり荒川君の匂い、最高よ。ムフームフー、しばらくこのままで居させて頂戴。ムフームフー」


「仕方ないですね」


 仕返しとばかりに、俺も課長の頭に鼻を付けて、髪の匂いをゆっくり吸い込んだ。



 しばらくソファーで抱き合ったままだったが、頭は落ち着いても下半身が落ち着いてくれないので、いい加減離れて貰った。



 時計を見ると、食後に話し合いを始めてから2時間近く経っていた。


 下半身を落ちつけたくて気を紛らわせようと「洗濯物干したままなので、取り込んじゃいますね。 課長はゆっくりしてて下さい」と言って立ち上がると、「私も手伝わせて頂戴」と言って、課長も立ち上がった。



 二人でベランダに出て俺が洗濯物に手を伸ばすと、課長が真面目な顔して一言。


「荒川君、1つ伝えておきたいのだけど、口の周りが私のグロスべったりで真っ赤よ」


「はぁ?」


 慌てて右手の甲で口を拭うと、確かに赤いのが付いた。


 この発情エロ課長めぇ。

 激しすぎるんだよ、キスが。


 俺が「むー」と恨みを込めた眼差しを向けると、課長はそんな俺を全く気にすることなく干してあった俺のトランクスを両手に取って、匂いを嗅ぎ始めた。


「洗濯してあると荒川君の匂いはしないわね」


「それが狙いかよ!俺のパンツ目当てで手伝うとか言いだしたんでしょ!」


「バレたのなら仕方ないわね。ええその通りよ」



 先ほど決めた覚悟が、早くも揺らぎそうになっていると、課長は遠くの方の景色を見つめながら語り出した。


「私、ずっと殻に閉じこもってた。 周りと距離を取って、周りに迷惑かけない様に、そして周りから傷つけられない様にしてた。 でも荒川君と一緒に仕事をするようになってからは、自分に正直になろうと思ったの。 言いたい事、やりたい事を素直に出せる様になりたいと思ったの。 だから私、荒川君には素直な自分の思いをぶつけたわ。こんなことが出来たのも、全部荒川君の影響なんだからね」


「課長・・・」


 一人語る課長の横顔はスッキリとした表情で、とても綺麗で眩しくて、でも良い話をしている風に聞こえるが、俺のトランクスを握りしめたままなので全てが台無しである。


「俺のパンツ握りしめながら言われても、そんなにパンツの匂いを嗅ぎたいのかよ!としか思えないですよ」


「うふふ、今更テレなくてもいいじゃない。私達もう恋人なんだから」


「テレてねーし! マジで独身アラサーやべーな」


 俺が呆れた態度で洗濯物を取り込み始めると、課長は再び俺のパンツの匂いを嗅ぎ始めて「これはこれでちょっと興奮するわね」とどうでも良いことを言って、結局なんの役にも立って居なかった。






 その後は、二人でいちゃいちゃチュッチュしながら色々なことを話した。


 課長も過去の恋愛経験を聞かせてくれたが、見た目と予想に反してありきたりで淡泊な内容で、流石にバージンでは無かったが、色々と拗らせてしまっているのは恋愛経験の浅さ故だと思えた。 男で言うところの、童貞じゃないのに『童貞乙』って言われちゃうやつだな。



 それと、夕食を食べながら相談して決めたのが、会社での態度だ。


「公私混同は絶対ダメですよ! 勤務中の話し方とか注意して下さい! あと、仕事中は抱き着いたりボディタッチもダメですよ!もしそんなことしたら暴力に訴えてでも排除しますから」


「私のことなんだと思ってるのよ。アナタよりも社会人としては先輩なんだからね。 荒川君に甘えるのは、ココに居る時だけよ」うふふ


 箸を置いてそう答える課長は、横に座る俺のヒザをナデナデしながらキス顔で「チュ」とお茶目なエアキッスをした。


 絶対ウソだ。

 全く信用出来ないんだけど。

 チョーシに乗り過ぎだよな、このお嬢様。



 課長が持ってきてくれた高級メロンは、夕食後のデザートに二人で食べた。

 半分にカットしてスプーンで食べると言う超贅沢な食べ方は初めてだったが、課長も俺もペロリと食べきった。



 その後も課長は21時過ぎまで俺の部屋に居座り、帰り際も「まだ帰りたくないわ」と半泣きになりながら渋々帰って行った。




 課長とのことは、本音を言えば、やはり嬉しい。

 お互いが惹かれ合って好意を伝えあい、なるべくして結ばれたんだと思う。


 しかし、拭えない不安もずっとある。

 嬉しさに気持ちが高ぶってても、足元に水溜まりがあるような不安が残り、慎重になるように自制する気持ちが胸の片隅に常にある。


 兎に角、覚悟を決めたからには、ナツキの時の様な後悔だけはしないようにしたい。



 ◇



 次の日、出勤すると


「おはよう、ワタル君。 あ、これからはワタル君って呼ぶことにしたからね」うふふ


「ちょ!おま! うふふ、じゃないですよ!」


「分かってるわよ、公私混同はダメなんでしょ? だからせめて呼び方くらいは変えたいじゃない?」



 確かに、職場で仲の良い同僚から「ワタルちゃん」とか下の名前で呼ばれることもあるけど、本当に大丈夫か、このお嬢様。












 1部完




 ______________



 続きます。




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