#26 今、覚悟を決める時
先ほど元カノの話をしていた時は、俺にもまだ余裕あったのに、今はドキドキが止まらない。
課長が俺に全力で好意を向けてくれている。
それは昨日の花火大会から顕著になっていたが、今日は更に輪を掛けてグイグイ来る。
多分、恋の駆け引きとかそういうのじゃない。
俺の知る課長の性格からして、欲求欲望に素直に従っているのだろう。
見た目や普段の口調から真面目で理知的な人に見えてしまうが、その中身は、周りの評価を気にするビビリなくせに根は自分に正直で嘘が付けない人だ。そのギャップが可愛らしいのだけど、こと恋愛に関しては、どうも肉食系の疑いがある。先ほどもセックスに関する質問をしてきたし。
流石に性に奔放な人だとは思えないが、この容姿なら男性経験はそれなりに積んでいてもおかしくない。つまり、今、課長は男を欲している。
そして、そんな課長に俺は選ばれ、キスされた。
ドキドキしてまともに顔が見れないので、チラリと横目で
うむ、発情してる。間違いないな。
このまま行くところまで行く気なのだろうか。
でもセックスしてしまったら、流石に後戻り出来なくなってしまう。
つまりは、覚悟が必要だ。
経営者一族と深く関わる覚悟。
そして、副社長をはじめとした山名家の怒りを買ってしまう覚悟。
上手く乗り切ったとしても、その後、課長と結婚して経営者一族の末席となる覚悟。
課長自身は、山名家の一員だからなのかその辺りの危機感はほとんど感じられない。
イチ社員にとって経営者一族がどのような物なのか、分かっていないのだろう。
その辺りの話を今この場でコンコンとお説教したくなる。
安易に行動するな。
もっと先の事を考えろ。
俺の身にもなってくれ。
だけど、今この状況この空気でそれをするのは無理すぎる。
抱き着いてキスして瞳をトロンと発情している女性に向かって、お説教など出来る訳がない。
俺だってこのまま抱きしめ返してキスしたい衝動が湧き上がっているのだから。
「ここで止まれ!引き返せ!」と強制ブレーキを掛けようとする理性と、「迷うな!このまま突き進め!」という欲望がせめぎ合う。
そして、一番厄介なのが、俺に抱き着く課長が、滅茶苦茶可愛いくて魅力的なことだ。
課長と関わる様になって約4カ月。その人となりを知れば知る程惹かれていたのは、今となっては俺自身認めるところだ。
容姿は文句なしで性格も含めて魅力的な女性が抱き着いて柔らかい胸を押し付け、女性特有の良い匂いを漂わせながら甘えた表情で、俺の答えを待っている。
なんてハードな選択肢なんだろうか。
「荒川君、顔が怖いよ? キス、嫌だった?」
抱き着いていた手を緩めて、課長が熱を帯びた声で耳元で囁く様に問いかけて来る。
「・・・イヤじゃないです・・・ですけど・・・」
何と答えて良いかわからないまま曖昧な言葉を零すと、再び右頬にキスされた。
今度は顔を向けて真っ直ぐ課長の顔を見つめる。
目の前の課長も俺を真っ直ぐ見つめ返している。
綺麗だ。
頭の中のごちゃごちゃが吹き飛びそう。
この美貌、そしてこの空気にこれ以上、抗うのは無理そうだ。
覚悟。
今、覚悟を決める時なんだ。
でも、覚悟を決める為のもう一押しが欲しい。
「課長。どうして俺なんですか? 課長にとって俺はどういう人間なんです?」
「そうね・・・最初から荒川君の魅力に惹き付けられていたわね。 一目惚れとはちょっと違う、憧れかな? 2課での活躍を見たり聞いたりしてて、年下なのに私には無い物を沢山持った強い男性。 どうしてあんなにも頑張れるんだろう。周りに弱みを見せずに強く居られるのは何故なんだろう。 そんな風にずっと見てて、いざ企画室立上で上司と部下として傍に居る様になったら、ますます荒川君に夢中になってた」
「仕事にも上司である私にも厳しくて、でも厳しいだけじゃなくて一生懸命さとか愛情があって、そんな姿をずっと見てたから、気づいたらずっと傍に居たいって思う様になってた。 仕事の後とか休みの日とかも、荒川君のことばかり考えてて、今ごろご飯食べてるのかな?荒川君って何が好きなんだろうな?今日はお休みだから一人で食事してるのかな? 休みの日でも、荒川君の傍に居たいのにな。 最近はずっとそんなことばかり考えてたの」
食べる話、多いな。
「そんなにも俺の事を・・・」
「うん。私にとって荒川君は、これまでの人生で出会った中で一番魅力の溢れる男性だよ」
課長は普段とは違う優しい口調で、1つ1つ言い聞かせるように話してくれた。
ここまで言われて尻込みしたままじゃ、情けなくて俺自身後悔が残るだろう。
俺だって男だ。
俺はそんなにヤワじゃない。
「わかりました。 お陰で覚悟が決まりました」
俺は座り直すように体ごと課長と向き合い、そう答えてから課長の両肩に手を乗せ、課長の唇にキスをした。
10秒だろうか、20秒だろうか。
自分でも長いのか短いのか分からないが、課長の唇の柔らかさを味わうようなキスから唇を離すと、再び課長から「もうちょっと」と言って両手を首に回され唇にキスされた。
以心伝心。
今の俺たちの間に、これ以上の言葉は不要だろう。
課長は俺の唇をこじ開ける様に舌を捻じ込ませてきて、次第に鼻息も荒くなっていた。
俺も応戦するように課長の舌に自分の舌を絡ませ、両手を課長の腰に回して更に密着するように抱き寄せた。
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