#23 追撃の課長



 課長と花火デートをした翌日、日曜日。


 朝起きて顔を洗い、何か朝食を食べようとキッチンに行くと、シンクには昨夜お茶を飲むのに使ったグラスが2つ。 その1つには、口紅が薄っすら付いていた。


 それを見て、昨日の花火大会や俺の部屋に来てからの課長を思い浮かべる。



 今まで課長からのアプローチは極力スルーしてたのに、花火を見ている時や部屋に来てからの課長にはドキドキしっぱなしで、俺もついついその気になってしまっていた。


 だってさ、浴衣姿、滅茶苦茶似合ってて超綺麗なんだもん。

 それに、帰りたがらない課長、滅茶苦茶可愛いんだぜ?


 あんなの、しがらみとか無ければ、迷うことなく行くぞ、俺。


 って、いつの間にか、課長のこと女性として、惹かれちゃってんじゃん。


 まずいなぁ

 気持ちがザワついて、仕事やり難くくなりそうだなぁ



 兎に角、仕事中は強い意思を持って平常心を心掛けないとな。

 それと、仕事以外では距離置いて、デートとかはもうしないようにしないとダメだな。 

 昨日の課長、すげぇ積極的だったし。むしろ既に恋人認定でもされてるみたいに振舞ってたし、あのまま帰らなかったら、行くトコまで行ってたんじゃないのか? 課長、多分ヤル気だったぞ。恐ろしいな、アラサーの独身女性。


 って、俺も大概だよな。

 もたれかかって来たり手を繋ぐの要求されたら、普通に受け入れてたし。

 花火大会マジックなのか、課長の魔性の魅力にてられたのか、今冷静になって思えば、我ながら恐ろしい。


 明日からの仕事に備えて、今日は気持ちを落ち着かせて、切り替えるようにしよう。

 じゃないとこのままだと、仕事中でも課長のことを意識してしまいそうだし、気持ちをリフレッシュしないとな。




 ◇




 朝食を食べ終えて、食器を片付け、口紅付きのグラスも綺麗に洗ってから、部屋の掃除を始めた。 洗濯機を回して、窓を開けてベランダに布団を干して、洗濯物も干して、掃除機かけて、キッチンの掃除を始めると、ピンコーンとインターホンが鳴った。


 日曜なのに、誰だろ?と不思議に思いながらインターホンで応答しようとすると、画面にはサングラスを掛けた女性が写っていた。



 このサングラス・・・課長じゃん!

 日曜日だっていうのに、ナニしに来てんだ!?

 今日も俺と遊ぶ気なのか!?

 まさか・・・昨日の続きか!?ヤル気満々か!?



 困ったなぁ

 居留守使いたいけど、ベランダに布団とか洗濯物干してあるし、居るのバレてるだろうなぁ

 困ったなぁ


 と、グジグジ悩んでいると、再びピンコーンとインターホンが鳴った。


 仕方ない。


 俺は覚悟を決めると、右手で鼻を摘まんで「ドチラサマデショーカ?」と応答した。



『おはよう、荒川君。山名よ』


「えっと、ウチはスズキですよ。部屋間違えてませんか?」


 他人のフリをすることにした。


『ナニふざけてるのよ。渡したいものがあるから開けて頂戴』


 ポンコツ課長ならワンチャン騙せるかも?と思ったが、ダメだったか。



 諦めて玄関まで行き、解錠してから玄関扉を少し開けて顔だけ出してみる。



「お休みの所、ごめんなさいね。上がっても良いかしら?」


「ダメって言っても、上がるんですよね?」


「ええそうね」



 サングラスをしているから、表情からは何を考えているのか読み取れないが、1つだけ分かったことがあった。


 今日の課長の装い、すげぇ気合入ってる。


 白いオフショルダーに膝丈の水色のフレアスカート。

 靴はツヤツヤで高そうなパンプス。

 鎖骨や肩を惜しみなく露出させてて、脚も生足だ。

 課長、仕事だといつもストッキング履いてるから、生足見たの初めてかも。


 昨日の浴衣姿も気合入ってたが、今日も気合を感じる。こりゃ、男とデートだな? 

 って、その相手、俺なんだろうな・・・



 玄関扉を完全に開いて、中に課長を招き入れると、課長はサングラスを外して、「コレを渡したかったの。良かったらどうぞ」と言って手に持っていた白い紙袋を俺にくれた。


 両手で受け取って中を見ると、20センチ程の木製の箱が入っていて、そこそこ重量があった。


「ありがとうございます。とりあえず上がって下さい」


「うん、お邪魔します」


「冷たい物用意しますんで、適当に掛けてて下さいね」


 俺がそう言いキッチンで氷を出してアイスコーヒーの準備を始めると、課長はダイニングのテーブル席に腰かけ、まだ聞いてもいないのに今日来た目的を話し始めた。


「贈答用のメロンを頂いたのよ。でもウチ、私と両親の3人しか居ないし、余らせて腐らせるのも勿体ないでしょ? だから荒川君に食べて貰おうと持ってきたの」


「へー、これメロンなんですか。凄く高そうですね。ありがとうございます。 でも、あげるなら俺じゃなくても山名次長(課長のお兄さん 結婚して実家から出ている)のご家族でも良かったのでは?」


 アイスコーヒーを煎れたグラスを課長の前に1つ置いて、自分も対面に座りながら何の気も無く指摘したら、課長は黙り込んでジト目になった。


 あれ?なんか地雷踏んだか、俺。


「メロンなら冷やしておいた方が良いですよね?早速箱から出してみようかな。 うわ、すげぇ高そう。高級メロンじゃないですか、コレ。結構大きいなぁ、ウチの冷蔵庫に入るかなぁ、ははは」


 ちょっと焦り気味に早口で喋ってみたが、課長は口を尖らせスネた表情に変わっていた。


「お外、暑かったですよね?なのに重いメロン持って大変でしたよね?窓閉めてクーラー点けましょうか?」


「・・・会いたかったの。荒川君に会いたかったから、何か会う理由が欲しかったのよ」


 ぬぅ

 また、あざといこと言い出したぞ。


「それで、メロンを? もしかして、貰い物じゃなくて買って来たんですか?」


「貰い物なのは本当よ。 母に「こんなに食べれないから、1つ会社に持っていったら?」って言われて、それで今日荒川君のところに持っていったら喜んでくれるかな?今日もいっしょに過ごせるかな?って思ったの」


 オーマイガッ

 恋する乙女の表情で、いきなりぶっちゃけたぞ!?


 今日は課長のことを忘れて、気持ちをリフレッシュするはずだったのに、滅茶苦茶掻き乱してくるんですけど!

 毎回思うんだけど、どうしてこの人プライベートだとこんなに積極的なの!?


「あの~・・・」


 動揺しながらも何とか声を出してみると、今度はすっごい不安そうな顔で俺の事見つめて来て、言葉が続かなくなった。




 好意を寄せてくれる美人で気の合う年上。

 そんな女性に惹かれ始めている俺。

 でも、上司と部下であって、二人だけの部署での相棒でもある。

 そして、相手は経営者一族の人間だ。


 どうすれば良いんだろ。

 課長の好意を受け入れたら、楽になれるのだろうか。 それとも、他の経営者一族の逆鱗に触れて、最悪の結果となるのだろうか。


 この件に関して言えば、波風立てたくない、というのが本音だ。

 現状維持と言ってもいい。

 俺としては、今まで通り上司と部下として、仲良く仕事が出来ることが望ましい。


 でも、課長はそうは思ってない。

 昨日デートしたばかりなのに、翌日メロン持って押しかけて来てるのが、その証拠だ。



「荒川君、迷惑だったかしら・・・。 でも昨日、私の浴衣凄くホメてくれたし、手を繋いでくれたし、花火の時も寄りかかっても嫌がらなかったし、だから私・・・」


 ああもう!

 ちょっと年上のお姉さんなのに!

 課長で上司なのに!

 美人でスタイル良くてモテモテなのに!

 そんな悲しそうな顔されたら、拒否出来ないじゃん!


 あ、モテモテなのは同性限定だっけ。



「・・・迷惑じゃないですよ。丁度メロンが食べたいなって思ってましたよ。それに、課長から会いに来てくれて、凄く嬉しいですよ」


「ホント?」


「ええ・・・多分」


「多分って、何よ」


「知りませんよ、そんなの」



 もう、どーにでもな~れ♪



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