#24 課長の優しさに触れた、が
高級メロンを挟んでのやり取りをしている間、課長の表情や態度は目まぐるしく変化した。
ツンツンしたり、スネたり、不安そうになったり、悲しそうにしたり。
そして今は、いつもの課長に戻っている。
「お掃除の途中だったのかしら?私もお手伝いしようか?」
「いえ、ほとんど終わってますので、大丈夫です」
「あらそうなの?」
「ええ。それに、上司に自分の部屋のお掃除手伝わせるとか、流石に出来ませんって」
「そんなこと気にしなくても良いのに。うふふ」
今度はお姉さんモードなんだろうか。
優しい表情で微笑んでいる。
今じゃよく見る様になったから驚かなくなったが、課長が3課に居た時とか笑ったり微笑んだり悲しそうな顔をすることなんて見たことが無い。 営業企画室に来て直ぐの頃もそうだけど、ずっと不機嫌そうな硬い表情で、常に周りを警戒している様な、今にして思えば不安などを隠すためにそうしてたんだろうって分かるけど、あの頃まではこんなに喜怒哀楽が豊かな人だとは全然思わなかった。
「それで、メロンの事情は分かりましたが、今日は他にナニかしたいことでも?」
「むむ・・・えーっと、そうね。いっぱいお話がしたいわ。荒川君のこと、色々聞かせてほしいの」
「俺の事ですか?」
「ええそうね。学生時代のことや子供の頃のこと。ご実家のご家族のことや・・・あと、過去の恋愛なんかも(ボソッ)」
「えー、恥ずかしいからイヤですよ」
「いいじゃないのちょっとくらい。減るものじゃ無いんだし」
「いや、減りますよ。課長に聞かれると確実に減っちゃうんで、課長にだけは話せません」
「なんで私に話すと減るのよ!良いじゃないのお喋りの相手してくれたって!」
課長は両手で拳を握ってテーブルをドスンと叩き足も床をバタバタドスドスして、まるで駄々をこねる子供の様に悔しさを全身で表した。
「他の住人に怒られるからドスドスしないで下さい。あまり聞き分けが無いと、パワハラ課長って呼ぶようにしますよ?」
「私がパワハラ課長ならアナタは意地悪係長じゃないの!」
「そんなこと言うんでしたら、今後は課長には一人で頑張って貰うことにして、俺からはもう課長のサポートはしないようにしましょうかね。それが良いですね。課長も意地悪な部下に助けられても、迷惑でしょうからね。うんうん、それがいいそれがいい」
「ちょっと待って頂戴! べ、べべべべつに荒川君のことを迷惑だなんて思ってるわけじゃないのよ? プライベートでも仲良くしたいかな~?って思っただけなのよ? だから、もうサポートしないとか言わないで頂戴。怒らせたのなら謝るから」
動揺して焦り出す課長、ちょっと可愛い。
「ジョーダンですよ。そんな泣きそうな顔しなくても」
「だって、荒川君が意地悪なことばかり言ってイジメるんだもん」
「だってぇ、課長がぁ我儘なことばかり言ってぇイジメるんだもぉん」
「もぉぉぅ!ホンット!イジワル!!!」
課長は立ち上がって掴みかかろうとしてきたので、俺も立ち上がってゲラゲラ笑いながら応戦した。
「ゼェハァゼェハァ、凄く疲れたわ。私、こんなことする為にココに来たんじゃないのに」
意外と粘った課長だが、乱れた髪を直すことなくフローリングの床に四つん這いになって、そう零した。
口でも体力的にも課長に負ける気がしないぜ。
唯一勝てる気がしないのは、乙女チックなうるうる恋愛モードの時だな。
ああなると、魔性の魅力で逆らえなくなる。さっきもそれで意思に反して歓迎する言葉が口から出て来てしまった。
「ようやく大人しくなりましたね。って、そろそろお昼ですけど、何か食べたい物とかありますか?簡単な物で良ければ作りますよ」
「荒川君が作ってくれるのなら、お任せするわ」
「じゃあ冷やし中華にしましょうか」
「冷やし中華、良いわね。私もお手伝いするわ」
課長には麺を茹でるのをお願いして、俺は具材を千切りにする作業を始めた。
トントントントンと没頭し始めると少し冷静になった。
まだ課長は口には出していないが、俺のことを恋人にしようとしている。
もうここまで来たら疑いようがない。
そして、俺も明確な拒否が出来ず、なし崩し的に受け入れている様な対応しか出来ていない。
昨日から何度も考えたが、課長を恋人として受け入れるべきなのか、それで本当に良いのだろうか。
恋人になってしまったら、結婚することになるのだろうか。
果たして、課長のご家族や会長や社長などの山名本家はそれを許してくれるのだろうか。
「荒川君って包丁使うの上手なのね。自炊してるの、本当だったのね」
「そうですか?以前はやって貰うのが当たり前になってたんで、一人になってから反省してなるべく自分で作る様にし始めたんですよ」
「それよ!その話よ! 荒川君、前に「失敗しても断られても彼女に振られても、凹みながらも噛り付いて仕事して」って言ってたわよね? ずーっと気になってたのよ!一人になってから反省したって、仕事のせいで彼女にフラれちゃったの?」
「そんなこと言いましたっけ?」
「言ってたわ。間違いないわよ。あの後、私がトイレで泣いちゃった時よ」
「まぁ俺の話なんて聞いてもツマラナイですよ。よくある失恋話です」
ナツキのことはもう引き摺ってはいないから別に話せない訳でも無いけど、興味本位で聞かれると話すことは憚られる。
シンクで、茹で上がった麺を鍋からザルに移していると、課長が背後から抱き着いて来た。
「ちょ!熱いのに危ないですよ!ビックリして麺、零しそうになったじゃないですか!少なくなったら課長の分を減らしますからね!」
「荒川君、これからは私が居るわ。もう一人じゃないよ。私が居たら、寂しくないでしょ?」
「・・・」
ナツキに捨てられたのと同時期に、課長と同じ部署になって、仕事を通して毎日の様に課長に構ってたお陰で、俺はナツキのことをいつの間にか吹っ切れていた。そういう意味では俺にとって課長の存在は大きいと思う。
「そうですね。課長が居たら寂しくは無いですね。 聞きたい話があるのなら、後でゆっくり話しますので、今は冷やし中華作っちゃいましょう。だから、とりあえず離れて下さい」
俺が諭すようにそう言うと、課長は俺に抱き着いている両腕を更に力を込め、おっぱいを俺の背中に押し付けながら「ムフームフー」と大きく呼吸を繰り返し始めた。
「ナニしてるんですか?離れてくれないと、冷やし中華食べれませんよ」
「私ね・・・匂いフェチなの。前から思ってたのだけど、荒川君の匂い、男らしくて、最高よ」
空気読まずに突然の性癖カミングアウト。
課長の優しさに触れて、折角俺もちょっぴり素直になろうと思ったのに、色々と台無しである。
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