#21 課長の好意と俺の気持ち


 一通り食事を終えて、まだ開始まで時間があったので、ビールの御代わりを買ってきてホロ酔い気味の課長とお喋りを続けた。



「そういえば、ご家族にはなんて話して来たんです? 部下(男)と二人でとは言えないですよね?」


「ええ、学生時代の友達とって言ってあるわよ。でも母に会場近くまで車で送って貰ったんだけど、来る途中ずっと「彼氏でも出来たんじゃないか」って嬉しそうな顔してたわね」


「浴衣新調するくらいですから、そう思っちゃいますよね。お母さん、早く安心させてあげないと、ですね」


「荒川君、そんなこと言っていいのかしら? 私だってそろそろ本気出すわよ?」


「課長が本気出したら、大抵の男は簡単に堕ちるでしょうね」


「そうよ、今まで本気出してなかっただけなのよ?行き遅れてる訳じゃないのよ」


「ははは、そういうこと言うと、逆に悲壮感が漏れてきますよ」


「悲壮感ってなによ。覚悟してなさい、荒川君」



 プライベートなデートだからだろうか、それともお酒が入っているからなのか、今日の課長は節々に、意識させるような言葉を折り混ぜてくる。


 俺だってそれなりに恋愛経験あるし、結婚するつもりでナツキと同棲だってしてた。それに、課長とはまだ4カ月ちょっとの付き合いだが、毎日二人きりでずっと仕事してきたし、仕事を通して本音トークだってしてきたから、課長の考えてることや俺に対する気持ちだって、分かるようになったつもりだ。


 多分課長は俺に好意を持っている。 プライベートで遊びに行って腕組んだり手を繋いだりは、いくら仲が良いと言っても上司と部下の関係を超えている。 課長だって、俺がその気になっても良いと思うからこそ、そういうことが出来るのだろう。

 ただ、実は俺の事を男としてではなく、弟として見てる説も捨てきれないが。


 兎に角、今の課長に異性でもっとも近い存在は、俺で間違いないだろう。 今日の花火大会だって、誘ってくれて気合を入れて浴衣を新調したのだって、俺に見せる為だったと思っている。 課長は本気出したらとか言ってるが、実際の所はジワジワ間合いを詰めて来てるのだろうか。



 でも俺は、課長の好意に気付いてもスルーし続けている。

 その理由は、やはり、経営者一族であることとが大きい。どうしても副社長の顔がチラつく。

 俺が思うに、副社長の意向は、課長が社員として一人前になって、そして会社にとってコネクションとなり得る相応の相手と結婚して欲しいと思ってるのだろう。 お見合いに拘ってたのは、その為だと思う。

 つまり、俺は会社での指導員としての役目を求められてて、課長の結婚相手としてはお呼びじゃないはず。 そして、当の課長はそれに従うつもりは無さそうだ。「結婚相手は自分で選ぶ」とか考えているのだろう。



「ねえ、荒川君、聞いてる? 私だってね、こう見えても昔はモテたのよ?中学高校の頃はしょっちゅう告白されてたわ。本当よ?」


「へー凄いっすね」


「そうね、凄かったわ。 でもね・・・私ずっと女子高なのよね、女子しか居ないのよ。女子に告白されても、嬉しくないの・・・むしろ恐怖よ。 女同士だと異性と違ってセクハラだっていう倫理観が薄くなるのかしらね、よく知らない下級生とか先輩とかにいきなり抱き着かれたりお尻触られたりするの。キスされそうになったことだって1度や2度じゃないわ。 バレンタインだって毎年一杯チョコレート貰うのよ? ウチの実家、お菓子屋だっていうのにね!お菓子メーカーの娘にチョコレートとかクッキーって、全然笑えなかったわ。 だから毎年ホワイトデーはそういう子たちにウチの水饅頭を仕返しにあげてたわ」


 お返しじゃなくて、仕返しなんだ。


「凄いですね。女子高の闇を感じます」


「ええ、夢見るお嬢様って言えば良いのかしら?世間からズレてて妄想拗らせたヤバイ子ばかりだったわね。有名私立の女子高なんて闇だらけよ」

 

「確かに、課長見てたら、なんか納得します」


「そうね・・・・って、え?それってどういう意味かしら?私ほど真面目で理性的で模範的な生徒、居なかったわよ?」


 そういう風に自分で言うところが、課長の課長たる所以だな。


「そうですね、課長ほど美人で面白くてポンコツお嬢様ってなかなかいないですよね」


「それ、明らかに私の事ディスってるわよね? 美人って付けてホメ言葉に見せかけてるだけよね?」


「何言ってるんですか、滅茶苦茶ホメてますよ。ホメ殺すつもりですから」


「やっぱり殺すつもりだったのね、もう誤魔化されないわよ」


 課長が何か反論を始めたタイミングで、ドーン!と音が響き1発目の打ち上げ花火が上がり、花火大会がスタートした。


「でも、学生時代の課長、見てみたかったな。 昔から凄く可愛かったんでしょうね。もっと若い頃だったら、俺も迷わず行けるのに・・・」


「え?何か言ったかしら?花火の音で聞こえないわよ?」


「花火が綺麗だって言ったんです!」



 美人でスタイル良くて、キリリって真面目ぶってるクセに抜けてて頼りなくて助けてあげたくなるような庇護欲を刺激する年上で、話や性格は合うし、家(経営者一族)のことさえなければ迷う事ないんだろうけどな。



「本当に、綺麗ね」うふふ


 俺の右隣りに座る課長は花火を見上げながらそう言うと、酔っているのか脚を崩して、俺に甘えるようにもたれ掛かり、頭を俺の右肩に乗せて来た。


「ええ、綺麗です」

 

 

 ホント、ままならないや。




 打ち上げ花火も撮影するつもりだったけど、課長にくっつかれたらどうでも良くなってしまい、結局花火の撮影はしなかった。




 ◇




 19時に始まった打ち上げ花火は20時半に終了し、来場者は一斉に帰宅を始めた。


 課長はどうやって帰る予定なのか確認すると、「来た時と同じように、母に迎えに来てもらうわ。終わったら電話することになってるの」と言う。


 会場周辺の超混雑状況から言って、課長のお母さんが迎えに来れるのは何時になるのか分からない。はっきり言って無謀すぎる。


「それ、多分無理ですよ。車じゃココまで近づけないですよ」


「そうね・・・バス停まで歩いて行くしかないかしら」


「バスだって超混んでますよ。 乗るのに相当待たないといけないし、乗ったら乗ったで超満員で押しくらまんじゅうです。折角の浴衣がぐちゃぐちゃにされちゃいますよ」


「でも、仕方ないじゃない」


「少し歩きますけど、1度俺んちに寄って、俺が車で自宅まで送ります。多分それが一番早くて安全です」


「じゃあ、そうさせて貰おうかしら」


「はい、そうして下さい」



 そう決まると、課長はお母さんに連絡を入れ、俺はその間に食べた後のゴミ等をまとめ、帰る準備をした。 課長が電話を終えると再び課長の左手を取り、繋いだまま会場を後にした。




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