#20 課長、気合の浴衣姿
花火大会の当日。
日中は快晴で、予定通り花火大会は行われることを知らせる号砲(音だけの花火)が昼過ぎにポンポン鳴っていた。
この日は会場周辺は大渋滞になるのが分かっていたので、メイン会場の河川敷までは俺の自宅から歩いて行けないこともない距離ということもあり、歩いて行くことにした。
服装に関しては、課長が甚平をお好みの様なことを言っていたので、1週間前の週末に一人で買いに行って来た。
因みに、クツはクロックサンダルで、ビデオカメラや飲み物等の荷物は肩掛けのポーチに入れて、首にタオルを掛けた格好だ。
課長との待ち合わせ時間である18時の1時間前に着く様に早めに自宅を出た。
17時前には待ち合わせ場所であるメイン会場の入り口に到着し、課長が来る前に早速会場の様子を撮影開始した。
メイン会場の入り口正面にあるカンバン、その隅の方に書かれた「㈱山霧堂」の社名、会場を出入りする来場者、既に営業を始めている出店などなどをしばらくのんびりと撮影していると、入り口の脇に一際目立つ
浴衣姿のその女性は、背筋をピンと伸ばした立ち姿が印象的で、時折腕時計を気にしており誰かと待ち合わせをしている様子だった。
まぁ、課長だったんだけどね。
課長だと気付いた俺は、ビデオカメラを構え課長を写したまま無言でゆっくり近づいていき、1メートルほどの距離からしばらくカメラを向け続けた。
カメラに気付いた課長は、コチラに目線を向けずにあからさまに嫌そうな顔をしてその場から離れて行こうとしたので、そのまま着いて行くと、バッと振り返り「いい加減にしないと警備員呼びますよ!」と怒られた。 慌ててカメラを降ろして「すみません。あまりにもお綺麗だったのでつい」と謝ると、「荒川君じゃないのよ、もう!ビックリしたわよ」と直ぐに機嫌を直してくれた。
今日の課長は、先日写真を見せて貰った紺色の浴衣に、髪をアップにまとめていてうなじ全開で、メイクもバッチリ決めて、いつにも増して色っぽい。
キリリとした美人顔にスレンダーなスタイルのお陰か、はたまた年齢からくる独特の女性らしさのお陰か、マジで浴衣姿が似合い過ぎてて庶民とは違うオーラを感じる。 俺が課長をお嬢様だと思ってるからそう感じるのではなく、人がごった返しているこのメイン会場でも周りの人間が霞むほどのオーラを放っていて、芸能人とか女優とかそういうレベルだった。
「課長、滅茶苦茶和服が似合いますね。ちょっと衝撃強すぎて、傍を歩きたくないです」
カメラを仕舞いながら、素直に褒めると
「ナニ言ってるのよ、早く行くわよ」
課長はそう言って、左手を俺に差し出した。
この人込みの中、はぐれない様に手を繋いでくれ、と言っているのだろう。
俺も初心な中学生じゃないから、それくらいは分るし、この状況ではそうした方のが良いのも事実なので、内心ドキドキしながらも平然とした顔で課長の差し出された左手を右手で握り、先導するように歩き出した。
女性と手を繋ぐなんて、久しぶりだ。ナツキと最後に手を繋いだのはいつだったかな。
それにしても、浴衣姿の課長を連れて歩くの、優越感が凄いな。みんなチラチラ見てるもんな。
そんな事を考えながら、課長を守る様に人混みをかき分け、ゆっくり歩いた。 案内表示を頼りに進んで行き、受付に辿り着くと課長は繋いでいた手を離しバック代わりの巾着からスポンサー優待券を取り出して受付の係員に手渡した。
手を離されたとき、ちょっとだけ名残惜しかった。
係員からは用紙を差し出されて課長がそれに何やら書き込むと、係員に優待者用のマス席へ案内された。
課長は一般客でも購入できると言っていたが、ココでの対応だけでも一般客と違うのが分る。
実際にはウチの会社がスポンサーであって、俺も課長も営業企画室のただの社員なんだが、イベント主催者からしれみればスポンサー様には変わりないだろう。
マス席に案内されて、用意されていた座布団に腰を下ろすと、「喉が渇いたわね。ビール買ってこようかしら」と課長が所望したので、「俺行ってきますんで、ゆっくりしててください」と、一人で出店エリアまでお使いに行った。
焼きそば、から揚げ、ジャンボフランク、ビールと買い込んで、両手いっぱいの状態でマス席に戻ると、正座して待っていた課長は目を輝かせてビールを受け取り、「早く早く!」と目で俺に座る様に訴え、俺が腰を落ち着けると「お疲れ様!かんぱーい!」と課長はテンション高めに音頭を取って、お上品な所作でゴクゴクと飲み始めた。
課長が勢いよく「ふぅ~」と息を吐いたのを確認してから、俺も飲み始めた。
「課長とは毎日一緒に食事してますけど、お酒をご一緒するのは何気に初めてですね」
「あら、そうだったかしら?そう言えばそうかもしれないわね」
「課長の飲みっぷり、イメージ通りでちょっと面白いですよ」
「そう?変かしら? ビールは勢いよく飲むから美味しいんじゃないの?」
「そうなんですけど、今日の課長は折角お淑やかな着物美人なのに、お酒を前にすると大人しくできないって感じで。 まぁ、中身は普段通りってことですけどね」
「それ?どういう意味かしら?」
「見た目に騙されるな?」
「荒川君ってホント意地が悪いわね。年上を敬うってことを知らないのかしら?」
「ナニ言ってるんですか。普段通りっていうのは、美人で面白くてちょっと年上のお姉さま上司ってことですよ?滅茶苦茶敬ってるじゃないですか。少なくとも見た目だけは常にホメてるじゃないですか」
「見た目だけは、とか一々引っかかる言い方するわね」
俺は知っている。
課長は口では俺の話に不満を零しているが、実際にはこうやってフレンドリーにいじって貰えるのが嬉しいのだ。
そうじゃなきゃ、毎日お昼を誘ってきたり今日だって俺を誘って二人きりでデートとか言わないだろう。 何せ、会社じゃ俺以外友達居ないしな。
俺がそんなことをしみじみ感じ入っていると、課長はから揚げをパクつきながら「あら、こういう所のから揚げでも馬鹿に出来ないわね」といつもの様に食い気を発揮していた。
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