#17 素直になりたい課長
「電車で名駅地下街行きましょうか。 最近東京で人気のシュークリームの有名店が東海地区初出店したんですよ。実際にお店行って買ってみましょう」
「・・・わかったわ」
課長は元気が無いままだったが、出かける準備をしてくれた。
駅に向かう車の中で「先ほどは色々言い過ぎました。配慮が足りず、すみませんでした」と謝ると、「気にしてないわ」と、どこからどう見ても気にしてる様子の課長は、俺に気を使ってくれた様だった。
名鉄に乗って名鉄名古屋駅で降り、10分ほど地下街を歩いて目的のシュークリームのお店に到着した。
お店の前には行列が出来ていたが、来客の誘導や整理をしている店員さんに聞くと30分ほどの待ち時間だと言うので、課長と二人でそのまま行列に並んだ。
課長は、電車の中でも地下街を歩いている時も行列に並んでいる間も、口数が少なかった。
俺が少しでも元気づけようと「今日のお昼は何にします?名駅周辺なら何でもありますよ?」と話しかけると、いつもの課長なら「お魚料理が食べたいわ。今日は和食の気分なのよね」と答えるところだが、今日の課長は「お魚」の一言しか返事をしてくれなかった。
行列が進み自分たちの番が来たので、自分で食べる用に4個をひと箱につめて貰い、それとは別に6個入りを2箱用意して貰った。
店員さんが用意している間に、会計を済ませ、レジを担当している店員さんに色々質問をした。
一日にどれくらいの来客数があるのか。
ここのお店で作っているのか、それとも別に工場とかあるのか。
関東のお店と全く同じ材料と手順なのか。
今後も東海地方にお店を増やす予定はあるのか。
店員さんはニコニコと営業スマイルで、いくつかの質問には答えてくれた。
課長は、俺と店員さんのやり取りを黙って見ていた。
お店を出た後に「地下街にウチの直営店と商品置いてくれてる小売店さんがありますので、ついでに寄って行きましょう」と声を掛けて、まずは小売店さんの方へ向かった。
お店に着き、店員さんに「こんにちわー、山霧堂ですー」と声を掛けると、顔見知りの女性の店員さんが「あら!荒川君!久しぶりじゃないの!」と、オーバーなくらいの反応を見せてくれた。
「すみません。外回り組から外れましたから中々来れなかったんですよ」
「そうよねー。出世しちゃったもんね」
「いやいやいや、まだペーペーっすよ。 あ、これ皆さんでどうぞ。新しいお店出来てたから寄って来たんですよ」
そう言って、シュークリームの6個入りの方を渡した。
その後10分ほど会話したあと、自社商品の売り場をチェックして、ついでに他社商品の売れ筋なんかもチェックしてからお店を後にした。
小売店さんを出た後は、ウチの直営店に向かった。
店に入ると、客のフリして何も言わずに店内を見て回った。
先ほどの小売店と全然違う行動に、課長は不思議な顔をしながらも俺の後に着いて来た。
一通り見て周ってから、店員に「どれがオススメですか?」と尋ねると、「県外からのお仕事ですか? 日持ちする物でオススメなのは、こちらの抹茶カステラとか如何でしょうか」と応対してくれた。
「う~ん、どうしよっかなぁ」と悩むフリをしていると、奥から店長が出て来て「お、荒川君じゃん。今日は山名課長と二人で外回り?」と、少し離れたところに立つ課長をチラリと見ながら声を掛けてくれた。
「え?社員さんなんです?」と先ほど応対してくれた店員が驚いていたので、「騙したみたいですみません。 これみなさんで食べて下さい」とお詫びしつつ6個入りのシュークリームを渡すと、「頂きまーす。うふふ」と機嫌を直してくれた。
店長に、最近の客入りの変化などを色々教えて貰い、8月から配布を開始するアンケートに関するお願いなどをして、10分ほどでお店を出た。
少し早いがそろそろお昼の時間も近いので、「お魚料理のお店、定食屋さんでも良いですか?」と課長に尋ねると、「お任せするわ」と返事をしてくれた。
何度か来た事がある定食屋さんが地上に出て歩いて5分ほどのところにあるので、「こっちです」と案内しながら向かった。
お店に着くと、まだお昼のピーク時間前のお陰で、直ぐにテーブル席に案内して貰えた。
向かい合って席に座り、メニュー表を課長の方へ向けて開いて置くと、課長はメニュー表を数秒だけ見ただけで「サンマ定食にするわ」と即決した。 直ぐに店員さんを呼び、課長のサンマ定食を告げて、俺は日替わり定食を注文した。
料理が来るのを待つ間、未だ元気のない課長に話しかけた。
「シュークリームのお店、凄い客入りでしたね。 ウチの直営店じゃあんなに来ないですもん」
「そうね」
「会社帰ったら、シュークリーム食べましょう。楽しみですね。 あ、もしアレだったら、どこかに公園みたいなところ寄って、お外でゆっくり食べます?」
「そうね」
外出に着いて来たし話かけると反応はしてくれるから、怒ってスネてる訳じゃないとは思うけど、簡単には機嫌を直してはくれないか。
「あまり気分転換にはならなかったですか?」
「・・・そんなこと無いわよ」
「そろそろ機嫌直して下さいよ。 課長が元気無いと、張り合いが無くて寂しいですよ?」
俺がそう言うと、課長は「はぁ」と溜息を1つ吐いて話し始めた。
「荒川君、私も色々甘えたこと言って、悪かったわ。荒川君に言われたこと、一々全部その通りよ。 改めて自分の不甲斐なさに情けなくて、トイレでちょっと泣いちゃったのよ」
「すみません・・・色々キツイ言い方してしまって」
「ううん。アナタは間違って無いわ。 むしろ、いつも荒川君からは他の人とは違う熱意とか愛情を感じていたわ。 だからこそ、そんな荒川君に甘えてた自分が情けなく思えちゃったの」
「先ほどは、ダメ出しばかりしてしまいましたが、課長には課長の良いところもあります。 自信持って堂々としてて欲しいです」
「私の良い所って、例えばどんなところ?」
「・・・美人で面白いところ?」
「それって仕事に関係あるのかしら?」
いきなり美人と言われたのが恥ずかしかったのか、課長は頬を赤らめ照れながらも、ごもっともなことを反論してきた。
だが、俺は強引に押し切る。
「そりゃ当たり前じゃないですか、大いに関係有りますよ。 一緒に仕事する相棒は、加齢臭が隠し切れない無愛想なおっさんよりも、美人で話が面白くてちょっとだけ年上のお姉さまのが良いに決まってますよ、最高じゃないっすか!」
「そ、そうなのかな?」
モジモジしてる。
「そうですよ!」
やっぱチョロいぜ、課長。
「他には? 私の良いところ、他にはないの?」
「あとは・・・上司と部下なのにフレンドリーで話しやすいし、部下の俺の意見をいつもちゃんと聞いてくれて、話の理解も早いし、部下としてはやりやすい上司だと思いますよ」
「他には?」
「気前が良いところ? しょっちゅうメシ奢ってくれますし」
「他には?」
「キリっとした美人なのに、実は甘えん坊でギャップが可愛いところ?」
「他には?」
「いや、もう打ち止めっす。 っていうか、俺、課長の恋人じゃないんだから、そんなに沢山出てこないですよ」
「えー」
課長は、まだ物足りないのか不満げな顔をしたが、直ぐに「うふふ」と優しい表情になった。
なんとか機嫌は直ったようだ。
「ホントはね、荒川君に怒られたあと、素直に謝りたかったの。 でも私、どうやって謝れば良いのか分からなくて・・・。 それで一人でどうしよどうしよって悩んでて。 昔から喧嘩したり仲直りしたり出来るような友達とか居なくて、仕事始めてからも、仕事のことで怒られたりすることも無くて、謝ったり仲直りした経験が無いことに気が付いて、そういうこと色々思い出したら更に落ち込んじゃってね」
「ネガティブ思考に陥ってたんですか。いつも通りじゃないですか」
「もう!また私のこと揶揄って! でも、ごめんね? 私、頼りないと思うけど、頑張るから」
「はい、頑張って下さい」
「うん、今日はありがとうね」
「いえ、これも仕事です」
副社長の勅命ですから。
「外回りに連れ出してくれたのも、色々勉強になったわ」
「それならよかったです」
「あと、もう1つ思ったのだけど」
「はい、なんでしょうか」
「私って、ご褒美あると頑張れるタイプだと思うの。 抹茶ドラ焼きの大喰いの時とかそうだったでしょ? だから、これからは、頑張ったら荒川君からご褒美貰える制度にしたら、私もっと頑張れるんじゃないかしら」
「チョーシに乗らないで下さい」
なんとまぁ、流石お嬢様というか、転んでもタダでは起きないというか。
課長はメンタル面で色々難はあるが、結構図太いんだよな。
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