#16 仕事への熱意
「俺、山霧堂に入社した時、希望の部署は製品開発だったんですよ。でも結果は営業で希望の部署じゃなかったんですよね。 最初は腐ってましたし、自分に営業なんて務まるとは思えなくて、何すればいいのか全然分からなくて戸惑う毎日でした。 多分いまの課長以上に何して良いのか分からなかったです。 1年目のド新人ですから当たり前ですけど」
「荒川君にもそんな時期があったのね」
「ええ、それで、ウチの実家の父親が営業職だったんで相談したんですよ。「何すれば良いのか分からない」「アポイント1つ取るのに苦労してる」「話すら聞いて貰えない」って。そしたら父親から「何すれば良いか、なんて受け身の姿勢じゃ営業は務まらないぞ。どうしたいか、どうなりたいか、どんな状態にしたいか、そういう熱意が営業には一番大事だ」って言われたんですよ」
課長は、俺が真面目な話をしていると気付くと、黙って俺の顔を見ながら話を聞いてくれた。
「大げさに聞こえるかも知れませんが、営業企画室の役目って、商品を多く売ることだけじゃないと思うんです。会社の知名度を上げることもそうですし、社会貢献をアピールして好感度を上げるのもそうです。 その役目を果たすためには何をしてどうなりたいかを自分たちで考えて、そうやって目標設定をしていくのが我々の業務なんじゃないでしょうか」
「言いたいことは、わかったわ。でも、何でも出来る優秀な荒川君には分からないかもしれないけど、自分の意見で業務を遂行して、結果、顧客や会社に迷惑かけて失敗するのが凄く怖いのよ。 周りから「あ~あ、またか」って顔されるのが辛いのよ」
「あのですね、課長。俺は優秀なんかじゃありませんよ。失敗なんて山ほどありますよ。 3回連続で失敗しても、その結果1回成功することが出来れば上出来じゃないですか。 テストで制作した大喰い動画は、課長的には失敗だったかも知れませんが、その反省を活かして面白い動画作って、再生回数ボロ稼ぎ出来れば失敗が成功につながることになるんですよ?」
「失敗は成功の素っていうのは分るわよ。だからと言って、頭ではわかってても失敗を恐れずに平気になれるわけじゃないわよ」
「そういう時の為の部下であり相棒じゃないですか。失敗しても二等分ですよ。怒られるときもバカにされるときも笑われるときも、俺が一緒ですから」
「うう、わかってるのよ。 自分がネガティブで管理職にも向いてないことも。 ホントは私よりも荒川君が課長やればいいのよ」
ネガティブになってしまうのは課長の境遇からも同情はするが、最後の言葉は看過できない。
「課長、そういう言葉は言ったらダメです。言った瞬間、責任を放棄したと受け取られます。責任を放棄した人の言葉は誰も聞いてくれなくなります。いくら自分は不幸だ!大変なんだ!と主張しても、責任放棄してからじゃ誰も協力してくれなくなりますよ」
「・・・・」
俺の声のトーンが変ったためか、課長は沈黙した。
俺もついきつくお説教してしまったが、俺は決して課長を憎んでる訳でも嫌ってる訳でも無い。 この先も相棒として協力してやっていきたいという思いが一番だ。
きっと、この思いが、親父が言っていた熱意なんだと思う。
「色々生意気言ってすみません。課長には頑張って欲しくて、俺なりに応援したいと思ってるんです。 公式チャンネルの方の打ち合わせを再開しましょう」
「・・・荒川君には、ホントに感謝してるのよ。 年下だし後輩なのに、凄く頼りになって私のことも沢山助けてくれてるし」
「職場の相棒ってそういう物じゃないですか」
「そんなこと無いわよ。 前にも言ったけど3課ではみんな冷たかったからね。私が何か困ってて相談しても、誰も助けてなんてくれなかったわ」
「まぁ、そういう部署もあるかもしれませんが、別に俺みたいなのが特別って訳じゃないと思いますよ」
仕事のことで沢山悩むなんて当たり前の話で、俺が思うに、悩んだり失敗を重ねるからこそ、度胸が身に着く。 俺は特別なんかじゃない。人並みに失敗するし、失敗したら凹む。
恐らく課長は、学生時代までは真面目で勉強出来て優等生で俺なんかよりもエリートだったのだろう。 容姿だって優れているからチヤホヤされてきただろうし。 でも就職してからは経営者一族としてのプレッシャーややっかみなどで、自信を潰され委縮してネガティブなのが地になってしまったのだと思う。
「もし俺が他の同僚たちよりも優れているとしたら、たぶんそれは人よりちょっとだけタフだったんだと思います。 失敗しても断られても彼女に振られても、凹みながらも噛り付いて仕事して来たから、度胸が付いたし上司に向かって自分の考えをズバズバ言えるんだと思います」
「そっか・・・」
課長は一言そう返事をしたあと、「お手洗い行って来る」と言って事務所から出て行ってしまった。その時の表情が凄く辛そうで、流石に言い過ぎたと胸が痛んだ。
課長の仕事への姿勢や不用意な発言についてお説教したせいで、超絶凹ませてしまったようだ。 課長に対する「頑張ってほしい」という思いでついつい言い過ぎてしまった。ホイホイ煽ててれば言う通り動いてくれる人なんだから、ここまで言う必要は無かったのかもしれない。
しかも上司で管理職と言えども、女性だ。男の俺からチクチク言われれば、嫌な思いをさせてしまっただろう。
そういう配慮を忘れてしまう俺は、偉そうなことばかり言ってても、まだまだ未熟者だと言うことか。
30分ほどで戻ってきた課長に、「今日は打合せ中止して、気分転換に市場調査でもしに出掛けましょう」と声を掛け、外出することにした。
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