#18 課長の企画



 いつもの本調子を取り戻した課長は、サンマ定食を食べながら、いつもの様に饒舌に話し始めた。



「伝染病の影響で去年中止になってた花火大会が今年はあるでしょ? あれ、ウチの会社、協賛企業として毎回出資してるのよ。それで、協賛企業にはマス席を用意してもらえるんだけど、毎回だれも行かないらしくてね、だったら今年は私が優待券欲しいって言ってみたら、貰えそうなのよね」うふふ


「え? 花火大会?マス席ってなんです?」


「マス席っていうのは有料の観覧席で、座ってゆっくりくつろぎながら花火が見れるのよ」


「相撲でいう砂かぶりとかみたいな物ですか? 要はセレブ向けの観覧席ですか」


「そんな大げさな物じゃないわよ。 一般の人でも普通に申し込めるし、4~5人用のマス席で精々3~4万よ」


「花火って、タダで見るものじゃないんですか? 3万も4万も払って見るのはやっぱり上流階級ですよ、自慢ですか?」


「だから、そういうことが言いたいんじゃなくて、荒川君も誘おうって思ってたの! 変な事言うから話がすぐ逸れちゃうじゃない、もう」


「え、俺も?」


「そうよ。8月の第二土曜日だから、空けておいて頂戴ね」


 相変わらず仕事以外のこと、特に遊びの話になると積極的で強引だ。


「因みに、課長のご家族とかもご一緒で?」


「そんな訳ないでしょ。 なんでデートに家族連れて行かなくちゃいけないのよ。私のこと、なんだと思ってるのよ」


「・・・のび太くん?」


 俺の回答を聞いた課長は、下唇を噛みながら一瞬俺を睨みつけると、箸を持つ右手を伸ばして俺の日替わり定食からエビフライを1つ強奪した。


「ちょ!それメインディッシュなのに!」


「ごちゃごちゃ煩いわね。 早く食べてサッサと帰るわよ」モグモグ







 帰りの電車では、課長は真剣な表情で何やら手帳に書き込んでいたので、あまり話しかけない様にした。


 会社に戻ると「公式チャンネルの打ち合わせ、今からするわよ」と言うので、いつものマグカップに紅茶を煎れて、買って来たシュークリームも用意した。


 俺が準備をしている間、課長は自分の手帳を見ながらホワイトボードに書き込みをしていた。



「今期は堅実な動画作りっていう話だったわよね。 それで考えたんだけど、ウチの主力商品を1つ1つクローズアップして紹介するのはどうかしら」


 ホワイトボードを見ると、『材料の産地、製造工程の紹介、製造上の苦労話、開発者のこだわり、食レポ(景色の良い場所、季節に合わせた場所で)』など箇条書きに書き込まれていた。


 課長が考えたであろう企画アイデアは、具体性や趣旨が読み取れ、以前課長が考えたゆるキャラ企画のヤマさん&キリリちゃんに比べ、進歩していた。


「課長はこのアイデアを前から考えてたんですか?」


「大手の食品メーカーのサイトで紹介してる動画が色々あるでしょ? 家でああいうのを勉強がてら見てて、「手が込んでる」とか「丁寧で分かり易い」とか思ってたんだけど、荒川君から熱意の話を言われて、直ぐにそういう動画のことを思い出したのよね。 メーカーや製作者の商品の美味しさとか安全性とかを強く訴えたいという熱意が大手メーカーの動画にはあったわ」


「なるほど。確かに仰る通りだと思います」


「それで、うちの商品の売りだとか美味しさを伝えようと思った時に、どんな情報が必要かって考えて、それを書き出してみたの。 どうかしら?」


「いいと思います。 この方向で進めるなら・・・商品のクローズアップ動画を各シーズンごとに1つづつ公開するとか。 今から準備を始めれば秋には第一弾の公開に製作期間2カ月程度ありますね。なんとか間に合わせられるか。 特集したい商品は決めてますか?」


「まだそこまでは。 秋なら栗とか抹茶かしら?栗きんとん、マロンパイ、抹茶カステラに抹茶ドラ焼き・・・抹茶ドラ焼きはトラウマだから却下ね」


「秋シーズンは色々あって悩みますね。売上で決めちゃいます?」


「いっそのこと、製品開発に聞いてみようかしら。 開発側としてはドレが一番オススメですか?って」


「それじゃあ早速聞きに行きましょうか」


「ちょっと待って。私の提案した企画で決定しちゃっていいの?」


「ええ、俺は賛成ですよ。それに思い立ったが吉日、鉄は熱いうちに打てっていいますしね。 やる気がある今、勢いで進めちゃうのもありじゃないですか?」


「そうね、ありがとう」


「あ、その前にシュークリーム食べちゃいましょう」


「そうだったわね。 頂きます」



 課長はシュークリームを手に取ると、お上品な所作で食べながら「皮がサクサクしてるわね。新感覚のシュークリームね」と感想を述べて、「この皮がこの商品の売りなのね」と一人納得顔をしていた。



 シュークリームを食べ終えて製品開発の責任者である製造部の井上課長に内線で「相談に乗って欲しい」と伝えると、いつでも良いよと言って貰えたので、早速課長と二人で出向いた。


 課長の方から企画の趣旨ややりたいこと等を説明すると、全面的に協力して貰えることとなり、第一弾の特集も「秋シーズンの特集なら栗を素材にした商品が良いんじゃないか。動画公開時期に旬を迎えるから、その時期以降に販売される商品も旬の材料を使ってるし。『栗きんとん』なら素材が全てと言ってもいい商品だからが丁度良いよ」とアドバイスを貰い、更に岐阜にある栗の生産農家も紹介して貰えることになった。

 課長はその話を聞いて、俺に同意を求めるように視線を向けて来たので「課長が決めて下さい」と伝えると、「第一弾は『栗きんとん』にします。アドバイスありがとうございました。これからもよろしくお願いします」と製造部の井上課長に頭を下げた。



 この日は事務所に戻ると遅くまで二人で残業して、『栗きんとん』の特集動画の打ち合わせを行った。

 お互いが意見を出し合い、時には煮詰まりつつも課長が活き活きしているように見え、俺も久しぶりに労働意欲がみなぎってくるのを感じた。











 

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