#12 上司と部下の距離感



 抹茶ドラ焼きの大喰いを撮影した翌日。

 いつもの様にお昼を課長と二人で近所のうどん屋さんで食べていると、課長が言い出した。


「荒川君、今日仕事終わったら映画に行くわよ」


 昨日の撮影以降、その話に触れない様にスルーしていたが、そんな俺の態度に業を煮やしたのかストレートに突いて来た。


「マジで行くんですか? 食事とか飲みに行くとかならまだしも、映画っていうのはちょっと」


「食事なんて毎日こうして来てるじゃない。それに映画だと何がダメなのよ」


「仕事の付き合いで食事とか飲み会とかはよくあることですけど、男女の同僚が映画って、会社の他の人とかに知られでもしたら色々不味いですよ?」


「しょうがないじゃない、二人しか居ない部署なんだし、他に誘える女の子の同僚居ないんだから」


 まぁ課長が他の女性社員たちから距離置かれてるのは気が付いてたけど、こうハッキリ言われると無碍に断るのが可哀そうになってくるな。



「わかりましたよ。 ドラ焼き20個完食のご褒美だし、俺の奢りで映画行きましょうか」


「ホント!?一緒に行ってくれるの???」


「ええ、昨日の課長の食べっぷり凄く面白かったですしね。貴重な映像も撮れましたから、今日は課長のリクエストにお応えしますよ」


「やった~うふふ。仕事終わりにデートね。うふふ。遂に私の乾いた社会人生活が潤いに満たされる時が来た様ね。うふふ」


「いやデートじゃねーし。映画見に連れてくだけだし」


「もう、照れちゃって♪うふふ」



 公私混同が甚だしいが、お嬢様の課長にはいくら言っても無駄だろう。

 ある意味、ファミリー企業の闇とも言える。


 っていうか、普段の仕事にもこれくらいの積極性と強引さを見せて欲しい物だ。








 映画は隣の市にある大型ショッピングモールの映画館へ行くことになった。


 終業後、会社からそのまま行くつもりだったが、俺の車に課長を乗せて行くことになり、課長は一旦自宅に自分の車を置きに帰る為、課長の家まで課長の車の後ろを着いて行くと、課長の自宅は想像していたような豪邸では無く、普通の一軒家だった。


 会長や社長とは違って、副社長一家だしな。本家じゃなければこんなものか。



 課長が車を置いたらすぐに出かけるかと思いきや、俺を表に待たせたまま30分程出てこなかった。


 仕事終わりのデートとか言いながら、着替えでもしてるのか?と思ってたら案の定、普段とは全く違う服装に着替えて出て来た。


 普段と言っても会社でのスーツ姿しか知らないから、パリっとスーツ着こなしてヒールをカツカツ言わせながらお尻プリプリさせて歩いてるセクシーなイメージが俺の中にはあったのだが、着替えてきた課長は、どちらかというと可愛らしい感じ? クリーム色のニットのワンピースに黒いひらひらしたストールを羽織って、髪型は仕事の時のままだけど、クツはヒールの低いパンプスで、全体的にお嬢様感がにじみ出ていた。


「ごめんなさい、お待たせしちゃって。 折角一度家に帰ったのだから着替えようと思って」


「大丈夫ですよ。忘れ物とか無いですか? この時間渋滞激しいからさっさと出発しましょうか」


「うん。よろしくね」




 課長は今日お昼に映画見に行くことを了承してからずっとご機嫌だった。


 うどん屋から会社に戻る時は、スキップでもしそうなくらいだったし、午後の業務中もPCに向かって仕事しながらずっとニヤニヤしてて気持ち悪かった。 そして17時の定時のチャイムが鳴ると、「荒川君!今日はノー残業デーよ!早く上がりましょう!」とウチの会社、ノー残業デーとか無いのにハイテンションで「早く早く!」と俺を急かしていた。


 そして今、移動中の車の中でも超ご機嫌だ。


 一人で喋って一人でボケて一人で突っ込んで一人で笑ってる。

 俺は運転中だし相槌打ってるだけなのにだ。


 18時過ぎに到着すると、次の上映まで4~50分程時間があった為、チケットだけ購入してショッピングモール内のコーヒーショップでも行って時間を潰そうかと誘うと「そうね、1階にスタバあったわね。アソコ行きましょ」と言って、当たり前の様に俺の右腕に腕を絡ませてきた。


「ちょっと、不味いですよ。誰かに見られでもしたら勘違いされますよ」と俺が辺りに気を使いながら小声で強めに訴えると、バッグからブランド物のサングラスを取り出して掛けて「コレで大丈夫よ」と、ちょっと自意識過剰なお嬢様は俺の腕を離す気は無い様だった。



 普段は頼りないくせに機嫌が良いとすぐ調子に乗って、距離感とか気にしなくなるということが良く分かった。 如何にもお嬢様って感じだな。









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