#13 甘酸っぱい
スタバでは、甘ったるいカフェオレを注文してテーブル席に着くと、相変わらずご機嫌な課長がプライベートな話題を振って来た。
「荒川君って、彼女とか居ないわよね?」
「いきなりですね。 なんでそう思うんです?」
「だってアナタ、2課に居た時は毎日遅くまで残業して土曜日も一人で出勤して仕事してたでしょ? 恋人や家族居る人は今時そんなに仕事しないわよ」
「そうでもないんじゃないですか? 恋人が居ても仕事好きな人も居ますよ」
「でもそういう人は愛想尽かされて結局一人になるんじゃないの?」
全くもってその通りなんだが、のび太課長に言われると無性に腹立つな。
「課長こそどうなんですか? 彼氏とか婚約者とか居てもおかしく無い年齢ですけど」
「年齢のことは言わないで頂戴。っていうか、私のことは良いのよ。それで実際のところ荒川君は彼女居るの?居ないの?」
「・・・居ませんよ。居たら女性の同僚と二人きりで映画なんて来ませんよ」
「やっぱり。そうだと思ったのよね。うふふ」
「で、課長はどうなんですか?俺は白状したんだから、課長も教えて下さいよ」
「私だって居ないわよ。居たら映画見るのに会社の後輩誘わないわよ」
「でも、会社経営者の親戚だし、お見合いの話とかいっぱい来るんじゃないですか?」
「うーん、確かにそういう話けっこう来るけど。 まぁいいじゃない、お見合いの話は」
やはりお見合いの話とか多いんだな。
「早いところ結婚して、さっさと仕事辞めて家庭に収まりたい人だと思ってましたけど、そうでも無いんです?」
「前はそういう気持ちも少しあったけど、今はそうでもないかな。 私、今の仕事結構好きよ」
その割には仕事あんまりしてないけど。
「荒川君と一緒に仕事するようになってからだけどね。仕事って自分で色々な可能性を広げていくものなんだなって分かってきたの」
「へー、課長からそんなお言葉が聞けるとは思ってもみませんでした」
「また失礼なこと言って! でもそうね。荒川君から見たら、私なんて頼り無いし社長の親戚っていうだけで上司で課長なんだものね」
「そこまでは思ってませんよ。 ただ、お嬢様だな、とは思ってますけど」
「そうよね、私なんて甘ったれてるわよね。 私に比べて荒川君は凄いものね。 2課に居た時からみんな褒めてたもん。「荒川は根性ある。今時あんな営業出来るヤツは居ない」って、副社長もしょっちゅう褒めてたんだよ?」
「マジっすか? そんな風に言われてたなんて知らなかったです」
「だから新チームのことを言われた時に真っ先に荒川君を条件に出したの。 荒川君を使っても良いならやりますって。そしたら副社長も、それが良いだろうってOKしてくれて白石常務に掛け合ってくれたのよ」
「そんな遣り取りがあったんですか」
「そうよ~、私、ずっと目を付けてたんだから。うふふ」
「そういうの何て言うか知ってます? 職権乱用っていうんですよ」
課長や副社長が以前から俺の事を評価してくれてたことは、純粋に嬉しかった。
ナツキに出ていかれて、仕事を頑張り過ぎてたことを後悔してばかりだったけど、こうやって認めてくれてた人が居たことを知れたのは、気持ちの部分で救われた気がした。
それに、山名課長に限らず、上司とこんな風に本音を言いあうのは、仕事のパートナーとして信頼関係を作って行く上で、とても有意義に感じられた。 俺は今までずっと一人で頑張ってると自負していたが、逆に言えば、同じ課の上司や同僚を頼らずワンマンプレーを続けて一人で会社の売り上げを支えている気にでもなっていた。
課長が俺と一緒に仕事をするようになって、仕事に対する考え方が変ったように、俺も課長と相棒になって、上司や同僚に対する見方が変ったように思う。
「そろそろ上映の時間ね。行こっか」
「行きましょう」
そしてまた当たり前の様に腕を絡ませてくるお嬢様。
上司としての良いお話を聞いた後なのに、結局課長は欲求不満なだけじゃないかと思えて、なんだか台無しである。
課長が見たかった映画は、トイトイストーリーというアメリカの超大手アニメ制作会社の映画で、内容は、夜な夜なおもちゃ達が麻雀バトル繰り広げるというアニメだった。 因みに主人公のパズーおじさんは、ムキムキの大きな体のくせに
2時間の映画を見終わったあと、時間も遅いので直ぐにショッピングモールを出て帰ることにしたが、帰りの車の中でも課長はご機嫌で、パズーおじさんのことを興奮気味に語っていた。
夕食は課長の指定で、地元のお寿司屋さんに行くことに。
そのお店は課長一家の昔からの行きつけらしく課長の奢りだと言うので、遠慮なく食べまくった。
カウンターのお寿司屋さんなんて、接待の時しか来たこと無くてゆっくり食べるような機会も無かったからな。でも課長はお姉さんモードでも入っていたのか、そんな俺をニコニコと見てばかりでちょっと照れ臭かった。
そして意外だったのは、顏馴染みらしい店員さんからお酒をすすめられても「今日はこの子(俺)に運転して貰ってるのに、私だけ飲むわけにはいかないから」と課長らしからぬことを言って、俺に気を使ってくれていた。
「いつもの課長なら俺に遠慮なんかせずにガバガバ飲みそうなのに、今日はどうしちゃったんです? あ、さては、男の人とデートしててお酒で失敗したことでもあるとか?」
ちょと調子に乗って揶揄ったら、無言ですげぇ睨まれた。
コレは、また地雷踏んだっぽいな。
「きっとその内良いことありますよ!課長美人だし、素敵な男性が現れますって!元気出して下さいよ!」
「荒川君、私のこと美人って煽てれば機嫌直すチョロい女とか思ってない?」
最近の課長は、妙に鋭いな。
食事の後、お寿司屋さんを出て「ご馳走様でした!」とお礼を言って俺の車で課長の自宅まで送って行くと、「今日は楽しかったわ、ありがとうね。 また遊びに行こうね」と優しい笑顔で言ってくれた。
車から降りても家に入らず俺の車が見えなくなるまで見送ってくれる課長の姿をバックミラーで見ていると、ナツキと付き合い始めた頃の甘酸っぱい気持ちを思い出した。
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