#03 引継ぎ
俺が今まで担当していた取引先は、ぶっちゃけアホみたいな数ある。2課の中でもダントツの数だ。 1軒1軒の受注量は少ないが、4年弱の間に『下手な鉄砲、数打ちゃ当たる』で目に付いたところに片っ端から飛び込みして1点でも良いから置いてもらおうと営業掛けてたらこうなった。
本来は、有名観光地とか新幹線駅なんかのお土産屋さんみたいな太いとこ押さえるのが主流なんだろうけど、そういうルートは既に先輩社員が担当してたし、旅行業界が大打撃を受けてる今のご時世では、そんな所にいくら足繫く通ったところで数字に繋がらなかった。
だから客入りの良さそうなスーパーや個人商店、新幹線じゃなくて在来線の駅前商店に飲食店や喫茶店とか、兎に角業種とか拘らずに飛び込んだ。 すると、どこも不景気なのは変わらないが、今までと同じ事してても先が見えない危機感は製菓業界に限らず小売店や飲食店なんかも同じ様に持ってて、俺の話に興味を持ってくれるお客さんが一定数は居た。
そういう取引先を少しづつ増やして積み上げて来たのが、俺の4年間だった。
よく、営業は『個人商店』なんて揶揄されるが、懇意にしている取引先とかに冗談で『荒川商店』なんて呼ばれることもあるくらいだった。
ただ、数が多いと大変になるのが、毎月の集金だったり新商品を出す時やシーズンに合わせての商品替えなんかの度にお願いやら説明やらで取引先全部周り、更に個人事業主さんなんかで多いのは、会う度に飲みの誘いなんかあって、毎週どこかの誰かと接待がてら飲みに行っていた。
で、今回の配置換えに伴い担当を引き継いで貰うことになったのだが、直属の2課の課長からの指示は、入社2年目のまだまだ新人の子に全部引き継げと。
上司命令だから言われた通り指名された後輩連れて社用車で引継ぎの挨拶回りを始めたが、初日に10軒ちょい周っての帰り道に、後輩にやって行けそうか尋ねると「まだ全体の5分の1も終わって無いんすよね・・・」と目が死んでいた。
やっぱそうだよなぁって思い、夜19時頃に帰社して2課の課長に「新人一人じゃ無理です。 手の空いてる人も居るんだから分散するべきです。そうしないとあの子潰れますよ」と脅したら、流石に課長も無茶振りだったと理解してくれて、翌日からもう一人増えて3人で引継ぎの挨拶行脚に行くようになった。
実際のところ、今年度は新入社員を採用していないから、一人でも抜けられるのは非常に不味いことになるのが目に見えているので、まだまだ経験の浅い子に激務をさせるのは危険だし、もっと言えば、新チームに人を動かすのだって余裕が無い状況だった。
だから、社長だか副社長だか他の役員だか知らないけど、「なんとかなるだろ」と安易に考えて思いつきで新プロジェクトを始めようとしてるのが透けて見えて、俺のモチベーションは低空飛行のままだった。
配置換えの話があってから1週間後、ようやく取引先に関しての引継ぎが落ち着き外回りが終わると、今度は山名課長から招集がかかった。
山名課長とのチーム初めてのミーティングで最初に言われたのは「何かやりたいことはある?」だった。
舐めてんのか?コイツ
と素直に思った。
俺がろくに返事もせずに顔色変えたのが分かったのか、山名課長は「何でもいいのよ? やるやらないはこの先考えることだから、今は方向性とか決めずに色々な可能性を洗い出したいの」と、一応今後の方針みたいなのを説明してくれた。
「そもそも、このチームってどういう位置付けなんですか?まだ何も具体的な目標とか方針とか聞いてないんで、今ここで急に聞かれても何も浮かばないですよ。 考える時間くらいは欲しいので、明日まで時間下さい」
「そう。 分かったわ。明日またミーティングしましょう」
「了解っす。 因みに、課長は既に考えてることとかあるんですか?」
「えっと、私も明日話すことにするわ。 明日、お互いのアイデアを持ち合いましょう」
あ、自分も何も考えて無かったんだな。
そのクセ、俺に意見ださせようとしたのか。
山名課長は、隙が無いクールビューティだと思っていたが、それは見た目だけで、中身は上司としては頼りなく、同じ営業部でも俺の様なガムシャラに荒波を突き進むような経験はしておらず、所詮経営者一族でお飾りなんだろうな、と認識を改めた。
___________
補足
#02の経営者一族の説明で、分かりにくかった様なので補足します。
山名会長(創業者)
山名社長(会長の長男)
山名副社長(会長の次男)総務と人事を直轄
山名専務(社長の息子)製造部の部長と工場長を兼務
白石常務(社長の妹の夫)営業部の部長を兼務
山名次長(副社長の長男)営業1課を担当
山名課長(副社長の次女でヒロイン)営業3課から新チームに異動
主人公 営業2課から新チームに異動し係長に昇進
他
2課の課長 主人公の元上司
3課の新課長 山名課長の異動に伴い繰り上がって課長に昇進
・山名次長(未登場)が1課(直営店を統括)を一人で見ているという設定で、下には課長はおらず、各店舗の店長が直属の部下に当たります。
・社内に「山名性」が多いので、普段は役職で呼んで区別する風潮があります。
そういった風潮の影響で、主人公は白石常務のことを部長と呼んでますが、逆にヒロインの山名課長は主人公のことを一方的に親近感を持って荒川君と性で呼んでます。
作者の実体験では、ファミリー企業では、実際の業務や職務内容関係なく、経営者一族には役職だけ与えられている人が普通に居たりしました。課長と同等の業務しかしていないのに次長だったり、部長だけど実際にはその下の次長がその部を指揮していて部長はお飾りだったり。他にも、社長の奥さんが専務だけど会社には滅多に顔を出さないとか、大学出たてで入社したばかりの1年目で係長っていうのも。
なので、この物語の舞台である山霧堂という会社は、経営者一族は各個人の能力は別として、適度に分散して各自の職務は一応果たしているので、まだマシな会社だと思って描いています。
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