#04 喪失感からの逃避
ナツキと別れてからは仕事がゴタゴタしていたせいで、日中はナツキのことをあまり考えなかった。
しかし、夜帰宅して一緒に暮らしていたアパートに一人で居ると、どうにも思い出してしまい、喪失感に襲われる。
玄関にキチンと揃えて並んでいたナツキのパンプスやサンダル
ダイニングのテーブルに用意してあった晩御飯
洗面台にあった歯ブラシ
お風呂のシャンプーとコンディショナー
寝室にしていた部屋に掛けられていたナツキの仕事着
ベッド脇のコンセントに刺さっていたスマホの充電器
今まで当たり前の様にそこにあった物が消えて、そのことがナツキと別れたこと、もう会えないことを意識させられてしまう。
今更どうにも出来る事では無いのに、グジグジとナツキのことばかり考えてしまうのだ。
希望の開発部門に配属されなかった時点で、転職を考えるべきだったか。
片っ端から営業なんてしないで、評価など気にせずにもっと細々と仕事をしておくべきだったか。
そもそも、就職する業種を間違えたんじゃないか。
いや、忙しかろうと疲れていようと、もっとナツキとの時間を大切にするべきだった。
仕事だけが悪いんじゃない。
二人の生活を当たり前のことだと思い込み、仕事や自分優先で流してきたのがダメだったんだ。
失ってから気付くとは、正にこのことだな。
結局は、自分が一番悪かったという後悔の気持ちばかりが残る。
なのに、ナツキが出て行ってから一度も連絡を取っていない。
きちんと謝って今までのお礼を伝えるべきだと思うが、メッセージを書くことも電話をかけることも出来ずにいた。
やり直したい気持ちをナツキに見せてしまいそうで、そしてそれを拒絶されてしまうことにビビってる。
「遠い国じゃ砲弾の雨の中、今も理不尽に沢山の人が死んでるってのに、俺の失恋なんてちっぽけな話だよな」
強がって独り言を零すが、余計虚しくなる。
どんどん気が滅入って、一人で負の思考が止まらなくなってきたので、気を取り直す様に別のことを始めることにした。
明日のミーティングの資料でも作るか。
ダイニングのテーブルに座り、仕事用のノートPCを立ち上げる。
エクセルを開き、思いついたことを箇条書きで書き込む。
①知名度やブランド力のアップ
・主力製品のポップなキャッチコピー。親しみやすくて覚えやすい。頭から離れないようなインパクト。無意識に口にしてしまうリズム。
・ラジオCM。毎日同じ時間に短くて耳に残るCMを流し、無意識に覚えて貰う。洗脳?
・地元の町おこしとのコラボ。ゆるキャラ、ローカルアイドル、市の観光課。
・地元の小学校等を工場見学などに招待。
・SNSでの話題作り。
②ラインナップの充実。新商品の開発。
・若者、女性の好みに合わせた商品。インスタ映え。女子社員による開発チーム。
・お手頃な価格。高級感を味わえる価格。
・顧客や取引先などの要望、営業部からの新商品提案。
・新しい地元の名産の掘り起こしと、それを活かした商品。
③事業そのものの見直し、他。
・土産物以外の分野への参入。デザート、コンビニスィーツ、カフェ、冷凍食品、etc
・直営店のリニューアル。 カフェやその場で手軽に食べられるフードコーナー等の併設。
・地元製造業などの中小企業への営業。 お歳暮お中元、来客や訪問先への手土産用として売り込む。
・容器や包装紙のエコ。 プラ材の廃止。木材や紙などで環境に優しい物へシフト。
仕事を始めると、手が止まらなくなり意識もそちらに集中して、さっきまでの鬱屈とした気持ちを忘れるが、区切りがついてふと一息着くと、結局はこういうところ(仕事に逃げて、イヤな事、面倒な事から目を背ける)がナツキとダメになった元凶の様にも思えた。
またナツキのことを考えてしまった。
ナツキのことはもう考えるのはよそう。
他のこと考えよう。
代わりに山名課長のことを頭に浮かべた。
まだ、少ししかコミュニケーションを取れていないけど、正直言って不安しか無い。
それっぽいことを口にするけど、中身が薄い。
何がしたいのか見えてこない。
自分の意思で動いてる訳じゃない?副社長(課長の父親)あたりからの命令でやらされてる?
そもそも、何で俺を指名したんだ?
2課から俺を引き抜くことは、自惚れで無く客観的に見ても、かなり無茶していると思う。
その辺の理由とか目的は、その内わかるのかな?
それとも、知らないままの方のが良いのかも。
そういえば課長って独身でいい歳(結婚してもおかしくない歳)だけど、結婚しても会社に残るのだろうか。 婚約者や恋人が居るかどうかは知らないけど、居るとしたら医者とか弁護士とか超絶ハイスペックな彼氏が居そう。
もし居ないとしても、経営者一族なら、お見合いでも何でもして結婚はするだろうな。取引先とか銀行関係とか。
まぁ、美人だしな。会社じゃ愛想無いけど、お見合いとかなら引く手
28だから俺の2つ上で、姉さん女房か。
年上の彼女とか奥さん、悪くないけどな。
でも経営者一族はやっぱりゴメンだわ。
婿養子とかで経営者一族の末席に加わるとか、地獄だろ。
課長ですら操り人形の様になってるのに、その旦那とかどんな扱いになるんだか。
だいたい、職場恋愛とか無理過ぎる。
良いことなんて無いだろう。
でも、もし山名課長と仕事抜きの付き合いだったのなら?
美人でスタイル良くてスーツ姿も決まってて、ちょっとだけ年上で、実家は会社経営してるお嬢様。 お嬢様らしくツンデレとか、年上としての包容力とかあれば、魅力的だろうし悪くはないのかも?
っていうか、そもそも課長は俺の事なんか眼中にないだろ。
イケメンじゃないし大学も私立の3流大だし、実家は普通のサラリーマンだし、住んでるところは賃貸のアパートで、7年付き合ってた彼女に逃げられるような将来性も無い男だしな。
でも
実は、課長は俺のことを気に入ってて、それで引き抜いたとかだったら?
いやいや、ナイナイ。
失恋したばかりで次の恋愛なんてする気も無いのに、新しく上司になった山名課長のことで色々妄想していると、非現実的で少し楽しかった。
そうだ。
山名課長って、どこか現実味が無いんだよな。
経営者一族なのに戦力にみられてない感じで、28才の若さでしかも女性で課長で、美人でスタイルも良くて着てるスーツ姿とかもきまってて見た目良いのに愛想なくて職場でもちょっと距離置かれてる感じで、そして独身。
真面目なんだろうけど、なんか空回りしてて、俺みたいな生意気な部下にちょっと不機嫌な態度取られると、更に空回りして。
なんか、ラブコメとかに出て来る優等生なのに実はドジっこキャラとかみたい。
そんな人が自分の上司で、二人きりのチームっていうのが、もう現実味が無いんだよな。
もしかして・・・
山名課長は実は現実には存在してない、空想上の存在なのでは?
俺は、山名一族の陰謀に巻き込まれて囚われの身となり、如何わしい薬とか呪いとかで幻覚を見せられてて、山名課長という空想上の上司と仕事をしている夢を見させられている。とか。
下らないけど、そんなことを妄想していると、山名課長に抱いていた失望感みたいなものが薄れて、なんだか親しみや期待を感じるようになってきた。
期待っていっても業務上の実績とか上司としての役割とかじゃなくて、山名課長っていうキャラとして、もっと他にも色々な表情やギャップを見せてくれたり、やらかしたりしてくれないだろうかっていう期待なんだけど。
一人自室でそんなことを考えていると、自然と笑みが零れるのがわかる。
そして、ノートPCでまとめていた資料に
・山名課長を美人広報担当(マスコット的)として、イベントやマスコミ、SNSなどで露出させる。
という一文を追加した。
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