#02 社命
二日酔いで折角の休日を潰した翌日、就業開始の8時ギリギリに事務所に駆け込んだ。
いつもなら7時半には出社しているが、失恋を引きずっているのか二日酔いが尾を引いているのか、朝起きると体が重くて食欲も無く気が滅入ってて、それでも何とか出社準備をしようとネクタイを手に取っては「このネクタイ、ナツキに買って貰ったんだっけ」と地味にダメージ受けてはノロノロとしていたら、いつもよりも遅い出社になってしまった。
駐車場から走って来たからゼェハァゼェハァと息が整わないまま朝礼が始まり、今日の予定を聞きながら「今日はGWに向けての会議あったっけ・・・出たくないなぁ」と朝から労働意欲が湧かないまま朝礼が終わると、部長に「荒川くん、ちょっといいか?」と呼ばれた。
またなんか小言かよ、とうんざりしながらもそれを顔に出さずに「はい」と返事をして部長のデスクへ行くと、「ちょっと向こう行って話そうか」と連れ出された。
部長の後を付いていくと、3課を受け持つ山名課長も付いて来た。
ミーティングルームに連れていかれて、部長と山名課長が並んで座り、対面に座る様に促される。
俺が所属するのは2課で、なんで3課の山名課長が?なんか面倒な事でもやらされるの?と更に不安を募らせていると、部長から「今度、新しいチームを立ち上げることになった。 山名課長がチームを指揮することになるんだが、荒川くんにはそのチームに移って貰おうと考えているんだ」と配置換えの話を聞かされた。
「はぁ」と気の抜けた返事をすると、山名課長から新しいチームの説明があった。
「今度立ち上げるチームは、今の不況下でも販売を強化・開拓していく新規プロジェクトに取り組んでいくことになります。まだ最初は手探りで進めて行くことになるから大変だけど、遣り甲斐はあると思うわ。ただ、多くの人員を割り当てられない事情もあるから少数精鋭で、そこで営業経験がそれなりにあって売り上げ成績も優秀な荒川くんを指名させて貰ったの」
やっぱり面倒な話だった。
しかも山名課長直々のご指名かよ。
「荒川くんには早々に新チームの準備に取り掛かって貰いたいから、今の業務の引継ぎと平行してデスクの引っ越しと、後任を連れて取引先への挨拶周りを速やかに済ませるようにしてくれ」
部長のこの言い方、既に決定事項になってる。
わかっちゃいるけど、俺に拒否権は無いんだよな。
事務所に戻った後、2課のGWに向けての会議に遅れて出席すると部長から改めて2課全員に、先ほど聞かされた新チームの立ち上げの説明と俺の配置換えに伴う引継ぎの指示があった。
俺が勤める会社は「山霧堂」という製菓会社。
製造だけでなくお土産用菓子の自社ブランドも販売しているメーカーで、俺はその営業部に所属する。
営業部には1~3課があって、1課は直営店を統括している。2課は直営以外の小売店への販売を担っている。3課は販売促進(商品パッケージを決めたり、ポスターやカタログにチラシなどの作成などなど)を担っている。
俺は1年目で2課に配属され、地元の小売店(駅や観光施設、ショッピングセンターなど)への営業や受注対応を担当していて、日中は外回りで夕方帰社してから事務仕事をして夜遅く帰るというサイクルをずっと続けて来た。 そのせいで同棲していたナツキとはすれ違いの生活がずっと続いていた。
因みに、入社時の志望部署は開発部門で、本当は新しい商品の提案とか開発とかをやりたかったが、希望は通らず営業部に配属され、更に去年、新入社員が一人開発部門に配属されたのを見て、「俺が開発部門志望だというのを会社は知ってて、敢えて未経験の新人を配属させるということは、会社は俺を開発部門に異動させる気は全く無いんだな」と諦めた。
普通の一般の企業だと、人事は公平な査定に基づいているのだろうけど、ウチの会社は所謂ファミリー企業(オーナー系企業)だ。 経営者一族の考え一つで俺みたいなペーペーは、捨て駒として使われる。
創業者の会長、2代目社長は会長の息子、社長の弟(会長の次男)が副社長、社長の息子が専務で製造部の部長兼工場長。常務兼営業部の部長は奥さんが社長の妹で、副社長の息子が営業部の1課の次長、同じく副社長の娘が営業3課の課長だったけど、新チーム立ち上げの責任者となり、そして俺の新しい上司。
山名課長は28才で独身。
直接一緒に仕事をしたことは今まで無かったが、俺の持ってるイメージは、一言で言うと「美人で隙が無い」 よく言えば「クールビューティー」だが、容姿は美人だけど愛嬌とか親しみとか無く、普段は淡々としている。
好意的に考えると、経営者一族だからと若くして課長となり、社内外で舐められない様に気を張っているんだろうな、と考えられるけど、自分がその課長の直属の部下で、しかも課長と二人きりのチームを組むというのは、不安しか無い。
因みに、山名課長が抜ける3課は元々いた係長が課長に持ち上がり、山名課長は新チームの専属となる。 そして、俺には配置換えと同時に係長に昇進の辞令が下った。
でも、失恋したばかりで腐っていた俺は、「出世させてやるんだから文句言わずに新チームで死ぬほど働け」と言われているんだと考えてしまい、ナツキとの結婚を犠牲にしてまで更に会社の捨て駒かよ、と出世してもちっとも嬉しく無かった。
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補足
この物語は現代の世情を背景に描かれておりますが、働き方改革による残業時間の規制等は無視しております。 主人公の設定上邪魔だったので、この物語の中では政府によるそういった規制は、なされていない物としてご理解下さい。
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