俺はそんなにヤワじゃない。

バネ屋

1部

#01 彼女が出て行った



 目が覚めると、昨夜帰宅した時の服装のまま床で寝ていた。

 

 頭がガンガンして胸焼けが酷く、体中ベタベタして気持ち悪い。

 テーブルの上や床には、ビールの空き缶が散乱している。


 ナツキに怒られる。

 と一瞬焦ったが、そのナツキはもう居ないことを思い出した。












 高校卒業後、地元を出て名古屋の私立大学に進学し、卒業後そのまま愛知に残り製菓メーカーに就職して丸4年経った。


 入社時に社長から「その仕事が自分にあってるかどうかなんて、3年以上勤めてみないと分らない」と言われたのを今でも覚えている。



 1年目で営業部に配属されたが、すぐに未曾有の伝染病の影響でお土産用菓子をメインに扱うウチの会社は大打撃を受け、それでも何とか生き残ろうと会社全体が悲壮感を漂わせながらも踏ん張って何とか生き残ることが出来ていた。 俺みたいな若手は兎に角少しでも数字を搔き集めるのが仕事で、靴底と精神を擦り減らしながらしがみ付いて来たが、ようやく業績が回復の兆しを見せ始め、気が付くと社長の言っていた3年はとうに過ぎていた。



 不景気だった業績に微かな見通しが見え始めると、日常の業務にも少しだけゆとりが持てるようになり、自分自身を見つめる余裕が出来てくる。


 入社以来ガムシャラだったけど、このままで本当にいいのか?

 真っ先にそんな思いと社長の言葉が頭に浮かぶ。


 俺には同棲している彼女が居る。


 正確には過去形で、さっき仕事を終えて帰宅したら、ナツキは置手紙一つ残して荷物と一緒に居なくなっていた。


 ここ最近は23時過ぎてたが今日は20時には帰ることが出来て、しかも翌日は休日ということもあって、今夜は久しぶりにナツキとゆっくり過ごせると思いコンビニで缶ビールの6本セットを買って帰ると、部屋には電気が点いておらず、玄関開けたらいつもよりもガランとしていた。


「え?どゆこと?」と不安になりながら部屋に上がって電気を点けると、部屋の中も荷物が減ってて、ダイニングのテーブルに手紙が置いてあった。





 ワタルへ


 お仕事遅くまでお疲れ様。

 急ですが、地元に帰ります。

 相談せずに一人で決めて、ごめんなさい。

  

 私は4年待ちました。 ワタルの事は好きだったけど、一緒に暮らしててもずっと寂しくて、結婚してからもこんな生活が続くと思うと、ワタルとの結婚に希望が持てなくなりました。


 地元に帰ってお見合いでもしようと思います。 ワタルも私のことは忘れて下さい。


 お仕事大変だと思うけど、あまり無理せず体を大切にしてね。

 今までありがとう。さようなら。


  ナツキ

 

 



 手紙読んで、慌てて電話かけようとスマホ取り出しタップしようとして、手を止めた。


 俺だって自分の将来に希望が持てんくなってたとこだ。

 そんな俺がナツキのこと繋ぎとめてどうすんだ。

 就職してからずっと我慢させてきて、我慢の限界が来たから別れを決意したんだろう。


 今の俺には、ナツキに胸張って『結婚』という言葉を言えん。




「はぁ」


 ナツキに対する申し訳ない気持ちとか、相談してもらえずに一方的にフラれたやりきれない気持ちとか、蓄積された仕事の疲れとか、一気に溢れ出してくるような感覚に陥り、溜息を1つ吐き出すとヘナヘナと力が抜けて、尻もちを着く様にイスに座った。


 まだ晩飯食べてなくてお腹空いてたけど何も用意する気が起きず、買って来た缶ビールを一本開けて、ゴクゴク飲んだ。


 ナツキとは学生時代から7年の付き合いだったが、涙は出てこなかった。ただただ、虚しい。

 失恋直後に一人で飲むビールはこれまでの人生で一番不味かったけど、それでも飲み続けて、気がついたら翌日の昼過ぎ、着替えもしないまま床で寝ていた。








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