第8話結婚式前夜祭
今日は第二王子とヒロインの結婚式前夜祭である夜会が開かれる。
明日は遂に二人の結婚式。
イレーナに乗り移って早半年弱。ようやく終わる。
たかが半年だと思われるかも知れないが、この半年は何十年の様に感じられた。
(結局、ジークとはあれっきりだったな……)
これでいい。私は悪役令嬢なんだから。
そう自分に言い聞かせていたが、ジークの事を忘れる事は出来なかった。
◇◇◇
ガヤガヤ……
私は目一杯着飾り夜会会場へと来ていた。
(いつ来てもこの雰囲気には馴れない)
「姉様大丈夫?顔色が悪いけど……」
私の横にいたラルフが私の様子に気が付き声をかけてくれた。
顔色まで読めるようになった事に喜ぶべきか、気付かぬ振りで通して欲しかったのか、悩ましいところだ。
「……大丈夫よ。ありがとうラルフ」
お礼を言うと、照れくさそうに顔を赤らめ「姉様は僕が守らないといけないから当然だよ」と言ってくれた。
本当によく出来た弟に育ってくれた。
しかし、会場へ入るとラルフ目当ての令嬢が颯爽とやって来てラルフを取り囲み、私は蚊帳の外になってしまった。
(父様達は……)
両親はここぞとばかりに、事業提携の話を持ちかけていてあっちはあっちで忙しそうだ。
仕方なく、私は壁の花になろうと会場の隅へと足を運んだ。
「ふぅ」
壁に寄りかかりながら一息ついた。
しかし、ここは夜会。
今の私の見た目は正直、壁際にいても目立つ。
壁にいることで、逆に悪目立ちしているとも言える。
その証拠にチラチラと私を見てくる男性が多数。
(そんなに見てくるなら話しかけてくれればいいのに)
口元を扇で隠し「はぁ~」と大きく溜息を吐いた。
と、その時、今夜の主役第二王子とニーナが会場入りしてきた。
皆拍手で迎え、二人は大変幸せそうに微笑んでいる。
小説の中では恨んでいたニーナだけど、今の私は心から祝福できる。
拍手で二人を迎えていると、ニーナの傍らに見知った人物を見つけた。
(ジーク……)
やはり小説の通りニーナの専属騎士になったのであろう。
ジークも嬉しそうにニーナに笑顔を向けていた。
その顔を見て胸が締め付けるような感覚に陥った。
ギュッと拳を握りしめ、周りの人間にバレないように取り繕う。
すると、一人の男性がこちらに向かってくるのが見えた。
身に着けているものからして、上級貴族だと分かった。
「──これはこれは、美しい花が壁際にいるのは勿体ないですよ?」
歯の浮きそうな言葉を掛けてきた男はエリック・ブラッスールと名乗った。
ブラッスールとは侯爵の爵位を持っている所だ。
クラウゼ伯爵家とは違い、評判のいい家柄だ。
(今のクラウゼ家も大分評判は回復しているけどね)
ブラッスール家の者が話しかけてきたのがその証拠だ。
「一曲お願いできますか?」
そう言いながら手を差し伸べてきた。
これはダンスの誘いだ。
私はお世辞にもダンスが上手いとは言えない。
それでも、自分より格上の人からの誘いは断れない。
仕方なく、その手を取るとエリックは大層嬉しそうに私の手を握り返し、ホールの真ん中へと進んで行った。
「あの、私、ダンスはあまり得意ではなくて……」
おずおずと伝えると「私の足を踏みつけてくれても構いませんよ」と素敵な笑顔が返ってきた。
あぁ、こう言う人が優男と言われるのね。
このエリックはジークには劣るがイケメンの部類。
しかも侯爵家の嫡男ときたら令嬢達が黙ってはいない。
チラッと辺りを見渡すと、私に嫉妬、妬みの目を向けている令嬢達が多数見受けられる。
その中に何故か、私を睨みつけてくるジークの姿もあった。
(な、なんで睨まれないといけないの!?)
「イレーナ嬢?」
「あっ、ごめんなさい。エリック様が素敵で皆様の目が気になって……」
あながち間違ってはいない。
「ふふっ。それは嬉しいですね。私も貴方を狙っている方々の視線が痛いですよ」
私達はそんな会話をしながら何とかダンスをやり終えた。
(もう、疲れた……)
馴れないダンスでフラフラになっていると、エリックが腕を絡ませて私を支えてくれた。
「──すみません。無理をさせてしまいましたか?」
「いえ、私の体力不足です。しばらくすれば回復するのでお気になさらないでください」
ゆっくり椅子に座らせてくれて助かった。
しかし、エリックは私の元から動かない。
(?)
不思議に思っていると、エリックは私の手を握り
「イレーナ・クラウゼ嬢。私と婚約を考えて頂けませんか?」
(えっ!?初めて会ったのに求婚!?)
いや、貴族社会では普通の事か。
むしろ、こうして面と向かって求婚されただけ有難い。
普通では両親が縁談を決めてくるもの。
だから顔も性格も知らぬまま嫁ぐなんてざらの世界なのよね。
目の前で私に求婚しているエリックは、小説では名前も顔も出てこなかった。
という事は小説とは無関係の人間。
そして、誠実な人で顔もいい。爵位も問題ないとくれば断る理由がない。
私はエリックの求婚を受ける事にし、差し出された手を握ろうとした時──
「──待ちなさい」
私の手はエリックの手を握る前にある男に掴まれた。
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