第9話認めた気持ち
「──なっ!?」
掴まれた手の先を見ると「ヒュッ」と思わず息を飲む程殺気めいたジークの姿があった。
しかし、そのジークを恐れずエリックは私の手をジークから離し、私の肩を抱きしめた。
「団長様ともあろうお方が、無闇に女性に触れるとは如何なものでしょうかね?それに、貴方は今殿下の護衛中では?」
この人強いなぁ。
ジークの殺気を受けて、平然としているんだもの。
ジークは相変わらず殺気を隠そうとはせず、エリックを睨みつけている。
「──護衛の件は殿下に了承を得ております。私はそこのイレーナ嬢に話があるのですが、宜しいでしょうか?」
「それは無理ですね。今私はイレーナ嬢に求婚しているところなんです。答えを聞くまではイレーナ嬢は渡せません」
二人とも笑顔でやり取りをしているが、挟まれている私からすれば、虎と龍が睨み合っているようにしか見えない。
(余所でやってくれませんかね?)
私が溜息を吐いていると、はっと気づいた。
私達の周りには野次馬の人集りができ始めていたのだ。
こんな所で注目を浴びたくない私はエリックに「すみません!!求婚の話は少し考えさせて下さい!!」と伝え、ジークの手を取り会場から足早に去った。
後ろからエリックが私を名を叫んでいた様だが、あんな針のむしろな場所にいられるわけが無い。
ジークは私の手を振りほどこうとはせず、黙って付いてきてくれている。
そして人気ない中庭に着くとジークの手を解き、睨みつけた。
「一体何なんです!?嫌がらせですか!?」
「嫌がらせなんて心外ですね。元はと言えば貴方が悪いのですよ?」
いつもの笑みはなく、真剣な表情で私に語りかけてきた。
「最初に貴方に求婚したのは私のはずです。なのに、私の求婚を断ったあげく、あんな男の元に嫁ぐのですか?」
「いや、貴方にはニーナがいるでしょ?」なんて、そんな事は言えない。
「──……あぁ、それとも……イレーナ嬢はあの様な軟弱な男が好みなんですかね?」
クスッと嫌味ったらしく言われた。
流石の私でもカチンとくる。
(三ヶ月も音沙汰の無かった男が今更なんなのよ!!)
「あら?ご存知ないんですか?エリック様って結構人気があるのですよ?
エリックを庇った挙句、ジークを実名で呼んだことで機嫌が悪くなり、苛立った様子が見て取れた。
「そもそも、三ヶ月も連絡をよこさない貴方にエリック様のことをどうこう言われる筋合いはありませんわ」
私がそう続けると、ジークは苛立っているのも忘れて目を見開いて驚いた様子だった。
(え?なに?)
「……それは、私の連絡を待っていたと言う事ですか?」
(しまった!!)
失言だと気づいた時にはもう遅い。
ジークの方を見ると、ジークは手で顔を覆いながら指の隙間からこちらを見てくる。
心做しか顔が赤いように見えるが、気のせいだろうか?
「い、いえ、待っていたと言う訳ではなく……そ、それよりも!!私はエリック様とのお話がありますから戻りますね!!」
慌ててこの場から立ち去ろうと、踵を返した所でパシッと手を掴まれた。
「──……私よりもあの男を取るのですか?……そんなにあの男を気に入っているのですか?」
気に入るも何も、今日初めて会った人間にその様な感情は持てない。
ただ、当たり障りない人だから結婚するなら丁度良いと思ったぐらいだし。
まあ、多少は令嬢達から何か言われるだろうが、ジークよりはマシだと思う。
ジークの人気は桁外れだから、一緒にいただけでも大事だ。
そんな事を考えていると、何も喋らない私に痺れを切らしたジークが私の肩を掴んだ。
「私の何が気に入らないんです!?この見た目ですか!?この装いですか!?」
何を言っているんだこの人は?
「えっと……まあ、敢えて言うなら貴方と一緒にいると、この世のご令嬢を敵に回す事ですかね?」
「……は?」
(あれ?答え間違えた?)
キョトンとしたジークを目にして、私の答えが間違ったことを悟った。
しかし、言ってしまったものは取り返しがつかない。
「──ぷっ!!あはははは!!この場面でその答えですか!?貴方は思ったより鈍いらしい!!」
改めて思うが、嫌味ったらしく失礼極まりないこの男が本当に原作のジークフリードなのか?
常に冷静沈着。言いよる令嬢には笑顔を一切見せず軽くあしらい、心を許しているのはニーナだけのはず。
「……すみませんね。私は元より頭はいい方ではないので、言いたい事があればまどろっこしい言いかたせず、はっきり言って貰えますか?」
そう言うと、一瞬だがジークの眉が上がったような気がした。
「……そう……はっきり……ね?」
ジークはそれは恐ろしく妖艶な笑みを浮かべながらジリジリと私を追い詰めてきた。
頭の中に警告音が鳴り響き、流石にマズいと逃げ場を探したが、目の前の男が逃がしてくれない。
「えっ……あの……ジークフリー……」
言い終える前に、私の唇は柔らかいものに塞がれた。
(……は?)
「──……ジークだと教えたはずですが?」
ゆっくりと唇を離し、ペロッと唇をなぞる仕草は世の女性を卒倒させれるほどの破壊力があった。
私は何が起きたのか理解が追いつかず、呆然と立ち尽くすだけ。
「イレーナ?」
と、再びジークの顔が近づいて来てようやく理解した。
(キキキキ……キス!!?)
その瞬間顔が瞬間沸騰したように熱くなった。
いや、キスは初めてはない。
前世、何度かしているがこんなに動揺したり照れたりした事はなかったはずだ。
心臓が破裂しそうなほど鼓動が早い。
とてもジークの顔を見れないと、ジークに背を向けて火照った顔を冷まそうとした。
しかし、そんな私の思いを知ってか知らずか、ジークは背後から抱きしめてきた。
「案外、可愛い反応をしますね」
耳元でそんな事を言われたら火照りが覚める所か更に熱が上がる。
(穴があったら入りたい……)
抱きしめる力が強くて、私の心臓の音が聞こえてしまいそうだと思った。
「……イレーナは、私の事が嫌いですか?」
フルフルと首を振る。
「では、私の事が好きと言う事ですか?」
何とも極端すぎる質問が飛んできた。
嫌いじゃなきゃ好きになるって……
(まあ、好きだけど……)
もう認めざるを得ない。
私はこの男の事が好きなんだ。
(好きにならない自信あったのに……これも小説の強制力なの?)
失恋が決定してる恋なんて、するだけ無駄なのにね。
前世、同級生に言われた。
近付くことも出来ず、姿を見ていれば茶化され、罵倒される。
それでも自分の気持ちに嘘は付けなかった。
チラッとジークの方を振り返ると、そこにはいつものように笑顔のジークがいた。
そして……──
「私は貴方を……イレーナを好いています」
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