第6話愛称で呼ぶの……?

ジークに連れていかれた場所は、どうやら彼の執務室らしい。

部屋に入ると、ジークは侍女を呼びお茶の準備をするように伝えた。

その時、私の顔を見た侍女の顔が一瞬にして青ざめた事に気がついた。

まさか団長でもあるジークの執務室に私のような人間が呼ばれるとは思ってもいなかったのだろう。


(私自身がそう思っているのだから)


侍女は素早くお茶の準備をすると、カタカタと手を震わせながら私の前にお茶の入ったカップを置いてくれた。


「……ありがとう」


そう一言お礼を言ったら、侍女は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。


(まあ、もう慣れたけど)


諦念の気持ちを抱きながらお茶を啜っていると「クスクス」と目の前の人から笑い声が聞こえてきた。

ジト目で目の前にいるジークを睨みつけると「いや、失礼」と何も詫び入れていない言葉が返ってきた。

そもそも、原作のジークはこんなに笑い上戸だった?

いや、常に冷静を保っていた印象がある。


「──それにしても、イレーナ嬢がどういった心境の変化ですか?」


なるほど、急に態度が変わったから探りを入れる為に呼んだのか。


「……私もいい歳ですし、いつまでも子供じみた事をするなど馬鹿みたいだと気づいただけですよ」


そう口にするがジークはどうも納得していない様子。

納得していなくても、本当の事は言えない。

「実はイレーナの魂が入れ替わりました」なんて言っても信じてもらえる気がしない。

頭のおかしい人認定されるだけ。


「団長様──……」


「ジークです」


「は?」


私が話しかけようとした所で、言葉を遮られた。


「ジーク。とお呼びください」


はっきり言われた。


「団……」


「ジーク」


「……ジークフリード様」


「ジーク。と」


その言葉を聞いて驚いた。


(有り得ない……)


確か原作ではジークフリードを愛称で呼んでいるたのはヒロインであるニーナだけ。

何故、悪役である私に愛称で呼べと?

しかし、どうやら本人は愛称で呼ぶまで私を帰すつもりはなさそうだ。


仕方なく「……ジーク様」と呼べば、嬉しそうに「はい」と返事を返してきた。

その嬉しそうな顔に私はドキッと胸が高鳴った。


(なんて顔してんのよ)


私は自分でも分かるほど顔が赤くなっていることに気づき、フイと顔を背けた。

案の定クスクスと笑い声が聞こえてきた。


「イレーナ嬢は本当に可愛らしい方ですね。私の名を呼んだだけでその様に顔を隠すとは」


(誰のせいだと……!!)


キッと睨みつけるが、ジークにはダメージを与える事など出来るはずもない。

だから、嫌味で返す。


「ジーク様こそ、こんな小娘相手に大人気ないのでは?」


「……あぁ、相手をしてくれる方がいないのですか?」と付け加えて言ってやった。

ドヤ顔をしながらお茶を飲んでいると「……ぷっ!!」


「あははははは!!!いいですねぇ。最高ですよイレーナ嬢」


ジークが壊れた。と思った。


「本当に貴方は私が思っている事の斜め上を行く方だ。こんなに笑ったのは久しぶりですよ」


「……それは良かったですね?」


私は笑えないけど。

何なの、この人。本当にジークフリード?


「すみません。貴方を馬鹿にしているつもりはないんです」


息を整え、ようやく落ち着きを取り戻したジークが私に言ってきた。

そして、ジッと私を見つめている。

私はこの場からすぐに立ち去らねばと直感が働いた。


すぐにソファーから立ち上がり「ご馳走様でした」と一礼し部屋を出ようとしたが、ジークに扉を塞がれた。


「……何ですか?」


「ふふっ。貴方はそれが口癖ですか?」


(答えになっていない)


どうにか外に出れる経路をさがしたが、この執務室の扉は一枚だけ。

その一枚はジークに塞がれている。


(何なのよ……)


「一体何ですか?私は貴方ほど暇じゃないんです」


イラつきを隠さずジークに文句を言うが、ジークは怯むこともせず「私もこう見えて割と忙しいのですよ?」と言ってきた。


なら早く退いてよ!!と口に出さずに心の中で叫んだ。


「まさか、騎士団長ともあろうお方が令嬢を監禁とか笑い事じゃないですよ?」


「おや?人聞きが悪いですね。それに、貴方が私に監禁されたと話したところで誰が信用しますかね?」


(確かに、その通りだ……)


今の私はただの令嬢じゃない。悪役令嬢だ。

そんな令嬢が皆の憧れでもある団長様に監禁されたと言った所で誰が信用する?


そこまで考えつくと、私の顔から血の気が引いた。

仮にジークに監禁されても、誰からも心配されやしない。

むしろ私がいなくなって喜ぶ人間が出てくるだろうと。


前の人生でも同じよう事があった。

あれは、まだ小学生の時。

私は同級生にトイレに閉じ込められ、必死に出してくれるよう懇願した。しかし、その同級生は私を置いて帰ってしまった。

私は声が枯れるほど叫び、助けを呼んだが誰にも気付かれず夜になり、警備の人に助けられた。

その時、迎えに来てくれた叔母に言われた「このまま居なくなれば良かったのに」と。

その事が走馬灯の様に思い出され体が震えた。


すると、フワッと暖かい腕に包まれた。


「そんなに震えなくても大丈夫。ちゃんと帰してあげますよ」


それはとても優しい声だった。

その声に安心し震えは止まったが、腕は離れなかった。


「あ、あの!!」


「──イレーナ嬢」


身動ぎ、ジークの腕からどうにか出ようとしていたら頭の上から声がかかり、ゆっくり腕が離れた。


「私と、結婚してくれませんか?」

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