第5話イレーナ・クラウゼという人間(ジーク視点)
「団長!!街で騒動です!!」
ある日、街で何処ぞの貴族が騒いでいると連絡を受けた私は街へと向かった。
その騒いでいる貴族と言うのには心当たりがあった。
(大方、クラウゼ家の誰かだろう)
クラウゼ伯爵一家は自分達より身分の低い人間は奴隷のように扱うと有名だ。
何故そんな奴らが伯爵という爵位を持っているのか不思議に思っている貴族も多い。
斯く言う私もそうだった。
クラウゼ伯爵は身分の低い人間には外道だが、身分の高い人間には媚びを売る。
あの伯爵は口が大変上手い。それで身分の高い人間を自分の手中に収める。
それに、手がける事業が好調なのも一つの理由だ。
あの伯爵のお陰で外交が上手くいっている所もある為、王家も下手に手を下せないでいるのだ。
「はぁ~」
街で騒ぎを起こすのは今日が初めてのことではない。
その度、騎士が呼ばれその場を収める。
毎度も呼ばれる私達の身にもなってもらいたい。
重い足取りで街へと出ると、早速人集りが出来ていた。
その人集りに「何事だ?」と声をかければ、人が避けて道が出来る。
その道を進んでいくと……いた。
やはりクラウゼ家の者だった。
今日は何をしでかしたのかと思えば、一人娘であるイレーナ嬢の頭からは水滴が滴っており、何やらかぶった事は一目瞭然。
その傍らには激昂している弟君のラルフ殿。そして、その先には地面にへたり込みガタガタと震えている侍女の姿あった。
私が出て行くと、ラルフ殿が状況を説明してくれた。
侍女がイレーナ嬢に頭から飲み物を掛けたと。
私は「あぁ」なるほどと、状況を理解した。
この状況では主人に飲み物を掛けた侍女が悪い。
しかし、それはわざとでは無いことは分かっているが、相手が悪い。
少しのミスでも許さないクラウゼ一家なのだから。
(これは、どうしたものか……)
侍女を庇えばクラウゼ家を蔑ろにしたと思われる。しかし、侍女が悪いと言ってしまえば、この侍女は更に酷い仕打ちを受ける事になる。
私が考えをめぐらせていると、パンッ!!と大きな音がした。
慌てて音のした方を見ると、驚いた。
イレーナ嬢がラルフ殿の頬を思いっきり叩いたのだ。
更に侍女に向かって、こんなものすぐに乾くから大丈夫だと言ったのだ。
当然ラルフ殿はイレーナ嬢に食ってかかった。
しかし、イレーナ嬢はそんなラルフ殿に貴方は間違っていると諭し始めた。
(何が起こっている……?)
私は今自分の目で見ている現実を受け止められずにいた。
イレーナ嬢はクラウゼ家の中でも一番の性格破綻者だと言われていた。
容姿だけ見れば息を飲むほど美しい女性である為、何人かの男は性格の部分は目を瞑ると縁談を持ちかけたほどだ。
しかし、その返事は「貴方みたいな人間に嫁ぐぐらいなら死んだ方がまし」「貴方、鏡見た事あるのですか?」など酷い言葉ばかりで、いつの間にか縁談の話も来なくなったらしい。
(そんな令嬢が、侍女を庇った……?)
ラルフ殿がイレーナ嬢に喚き散らしているが、イレーナ嬢はそんなラルフ殿に目もくれず、集まった民衆に「騒ぎを起こして申し訳なかった」と謝罪し、馬車に戻ろうとした所で私は無意識にイレーナ嬢の腕を掴んでいた。
イレーナ嬢は怪訝な顔をしながら私を見てきたが、私は「仕事だから」とイレーナ嬢と話をしようと試みた。
当然、イレーナ嬢は「ずぶ濡れだからすぐに帰りたい」と言ってきた。
まあ、当然だろう。
しかし、私は腕を離さず「すぐに乾くから大丈夫だと仰ったのでは?」と返すと、悔しそうな顔で私を見ながらも承諾してくれた。
イレーナ嬢は髪を絞り水気を切っている様だったので、私は腰に着けていたタオルを取り出し、イレーナ嬢の頭に掛けた。
イレーナ嬢は不思議そうな顔をしながらもタオルを使ってくれた。
その後、この騒動について話をしたがイレーナ嬢は私に「申し訳ありません」と今回の騒動を謝罪してきたのだ。
そして、そそくさと帰ろうとするイレーナ嬢に「貸したタオルを城まで届けて欲しい」と頼んだ。
正直、何故この様な事を口走ったのか私自身でも分からない。
普段の私ならタオル一枚ぐらい返さずとも良いと言っている。
しかし、イレーナ嬢とまた話をしてみたいと思ったのだ。
(この機会を逃すわけにはいかない)
「私は貸してなど言っておりません。そちらが勝手に渡してきた物でしょう?」
確かにそうだ。そうだが……
「しかし、お使いになったではありませんか?」
そう言うと、イレーナ嬢は言葉に詰まった。
私は勝利を確信し、その場を後にした。
(どんな顔で持ってきてくれるのだろうか)
クスクスとイレーナ嬢の悔しそうな顔を浮かべながら城へと帰路へ着いた。
◇◇◇
あれから三日。イレーナ嬢の姿はまだない。
(まあ、返してくれるとは限らないしな)
タオル一枚咎めることもしない。そこまで小さな男ではない。
そもそも、あのご令嬢だ。
タオル一枚如きで城にまで来るとは思えない。
(……当然だな……)
全く、何故あのようなことを言ったのだろうと自問自答しながら廊下を歩いていると、踊り場にある窓の縁に人がいる事に気づいた。
その横顔はとても美しく、まるで一枚の絵画の様で私は目を奪われた。
しばらく魅入った所で「はっ!!」と現実へと戻り「イレーナ嬢?」と声をかけた。
「ひゃい!!!」
突然かけられた声に驚いたのだろう。令嬢とは思えない声が返ってきた。
イレーナ嬢は顔を真っ赤にしながらこちらを見てきた。
その姿が面白く、笑いが込み上げてきた。
イレーナ嬢はムスッとしていて怒っていたが、その顔は愛らしくとても可愛らしかった。
笑いの止まらない私にタオルを突き返しながら「礼儀は果たした」とその場からすぐに去ろうとしたが、私はすぐに手を掴み「お茶もお出しせずに返すなんて紳士とは言えません」とお茶に誘った。
「いえ、結構です。それに、届けさせるように仕向けたのはそちらですが?」
一瞬驚いた。
自分で言うのも何だが、私は女性に人気がある。
私からの誘いを断る女性は今まで見たことも聞いたこともなかったのだ。
しかし、目の前のイレーナ嬢は私の誘いを嫌味で返してきた。
(面白い)
私はニヤつく顔を気づかれぬ様、イレーナ嬢を私の執務室へ連れて行くことにした。
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