アンデッドガール★ブランニューライフ
お題:引っ越し
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「ゾンビって免許取れるんですか?」
素朴な疑問を投げかけると、
あたし、
いろいろあって世を儚み、自殺したあたしを、劫さんの部下である
で、今はいわゆる『生ける屍』として第二の人生が始まったばかり。
そこで一つ問題がある。人でなくなったあたしはもう、両親とは暮らせない。
あたしたち〈
比喩じゃなくてガチ。じゃないと、この身体は腐ってしまう。
独り暮らしならまだしも、親と暮らしながら隠れて食人、はさすがに無理。自分専用の冷蔵庫とかないし、あと人肉の料理の仕方も知らないし。
そういうわけで劫さんとその奥さん、あと久遠が三人で暮らしているおうちにお引越しさせてもらうことになった。
家具家電は揃ってるわけだから、運ぶのなんて服とか教科書くらいだけど、実家とこの家とはけっこう距離がある。で、当然のように出てきた車を見て、あたしは冒頭の疑問を抱いたわけ。
劫さんの見た目は二十代のそこそこイケメンだけど、これでも江戸時代生まれらしいので、中身は超おじいちゃん。たぶん住民票とか保険証なんて持ってないよね?
「免許証と車は
誰に、とは聞かない。たぶんその人はもう
異常な人たちとつるんでしまった、という自覚はある。しかし一度死んだからか、あるいは本能的に『そうせざるをえない』と理解できるせいか、トコシエ特有のアングラな食生活に対する忌避感はほとんどない。
なんなら奥さんが作る
……だって、食べないと耐えられないもん。今はそのほうがキツい。
「さ、万世ちゃんも乗って乗って! 何か音楽かけてもいいかしら? クラシックとジャズならどっちが好み?」
「あー……
「そうねぇ。春だし、いいお天気だから、今日はモーツァルトにしましょ♪」
この人は劫さんの奥さん。いつもはフリフリのロリータ服を着ているけど、今日は作業がしやすいようにって珍しくジャージ姿だ。そういうのも持ってるんだなぁってちょっと意外。
乗り込んだ後部座席にはすでに久遠の姿がある。ハーフだかクオーターだか、とりあえず欧風のクールな美少年で、あたしよりちょっと下くらいに見える。
ゾンビは歳を取らないから、実際は歳上。つまりあたしも永遠の女子高生ってわけね。
死んですぐは背骨がイっちゃってて動けなかったから、実はゾンビになってから初めて自分の家に帰る。ちなみにごく普通の一戸建て。
せいぜい一週間ちょっとだからそんなに空けたわけじゃない。懐かしいとも思わないけど、まあそれは当然か。
でも、ああ……やっぱり、変わったんだ。あたし。
「万世!? 今までどこに行って……! その人たちは誰、どうい――」
お母さん。そう、あたしを生んで育ててくれた人だった。
顔はあたしお父さん似だからそんなに似てないけど、趣味はけっこう合うし、よく一緒にドラマとか映画とか観たっけ。
思い出がなくなったわけじゃないのに、なんだか遠く感じる。他人みたいに。
久遠が母を絞め殺すのを見ても何も思わなかった。黒革の細いベルトが食い込んでいく、白い首筋の肉や、その下に走ってる太い血管のことしか目に入らない。
抵抗しようと必死にもがく腕の肉。柔らかい大きな胸。弾力のある太い腿肉。最近ぽっちゃりしてきたお腹の中は、きっと脂肪ののった内臓がたっぷり詰まってる。
――知らなかった。お母さんって、こんな美味しそうな身体してたんだ。
あたしたちにとって人間はありていに言えば食事で、どうやら自分の親でも例外ではないらしい。
いや……というかこの女性は『生きていたときのあたし』の親だっただけで、今のあたしに命を与えたのは久遠だから、今は彼が親なのかな。見た目はあっちのほうが子どもだけど。
「血抜きと解体してるから、その間に荷物をまとめてね~」
お肉は夫婦にお任せして、あたしと久遠は二階へ上がる。
見慣れた白いドアを開けると、今度こそ違和感が募るようだった。何年もすごしてきたはずなのに他人の部屋のようで、つまりあたしはもう、この部屋に住んでいた『あたし』じゃないから。
壁にベタベタ貼ってた写真とか、もう全部捨てちゃっていいな、と思う。それを見て浸れる感傷が、もうこの身体には残ってない。
「君は本を読まないのか?」
化粧品や小物ばかりが並んだ本棚を見て久遠が呟いた。
「漫画くらいは読むけど、だいたい電子書籍かな。そのほうが安いし」
「……ここ十数年の技術革新は目覚ましいものがあるな……。まあいい、作業を始めろ」
言われるまま、向こうに持っていく服を選んでバッグに詰めていく。これもやっぱり、どこかで他人の私服みたいに思えて変な感じはするけど、奥さんの趣味のロリータ服ばっかり着せられるのも嫌だし。
あと下着とかはさすがに用意されてないから。
しかし人、それも男が見ている前でブラとかを取り出すのはちょっと……。と思ったけど、久遠をチラ見したら、こっちはガン無視で教科書の束を運んでいた。
そもそもここは仮にも女子の
中学生だか高校生くらいの歳の男子なら、もっと興味とか下心とか持ってないわけ?
……あくまで中身は百歳の爺さんってことか。
久遠は何を考えてるのかよくわかんないヤツだ。いつも無表情だし、何をするのも――さっきお母さんを
あたしを蘇生したのも劫さんの命令らしいから、彼の意思ってわけじゃない。
でも、なんかモヤっとするな。ある意味あたしはこいつに人生激変させられて、なんなら脊椎の交換するときに裸まで見られてるんですけど。
「……何か用か?」
あたしの批判的な視線と、久遠の何もかも興味なさそうな眼差しとがかち合う。
……クッソだめだ美少年すぎる。しょうもない怒りが保てない。ふざけんなよホントかわいい顔しやがって。
「べつに……。ところで、ゾンビになっても学校行かなきゃダメなの?」
「強制はしないが知識はあったほうがいいからな。自宅学習するというならそれでもいいが、講師に師事したほうが効率がいいし、集中できるだろう」
「江戸時代のヤツがなんかまともなこと言うじゃん」
「僕の生まれは明治期だ。……その程度の計算もできない体たらくでは、劫様の補佐が務まらないぞ」
ムカつくな。……ていうか、よく考えたら明治時代にハーフ? っていたんだ。そのころの日本って鎖国をやめたばっかりだし、たぶん外国人とかって、今よりもっと珍しかったと思うんだけど。
このバターしょうゆ顔も当時はウケなかったのかな。それでこんなぶすったれた、かわいいくせにかわいげのない子になったのかもね。
久遠は「下のご夫妻のようすを見てくる」と部屋を出て行った。まあ、あたしが持っていく荷物をまとめ終わるまでは運搬の仕事はあんまりないし、解体のほうが人手は要るから。
もう一度タンスに向き直る。どうせ部屋の居心地も良くないし、さっさと詰めて終わらせよう。
しばし無言で作業をしていたあたしは、最後の引き出しの中を漁っていて、ふと手を止めた。
(良いもの見っけ)
・・・*
荷物をすべてトランクに積み込み、入りきらなかったぶんは後部座席の隙間に押し込んで、自分も乗り込む。だいぶ狭くて久遠とぴったりくっつく羽目になった。
前から薄々感じてたけど、この人は臭いがしない。死臭はおろか、体臭らしいものを感じたことがない。
トコシエはみんなそうかもしれないけど。奥さんは香水つけてるし、劫さんもべったり一緒にいるからそれが移ってるして、そっちもそっちでよくわからないから。
……しかし二百年も夫婦やってて未だにラブラブなのも地味にすごいな? ちょっとだけ、いいなあと思わないでもない……あたし男運は最悪で、ろくな彼氏ができなかったから。
家についたら、用意してもらった部屋に運び込んで、たぶん奥さんの趣味であろうやや
量は大したことないので作業もすぐ終わり、あたしはエプロンを手に台所へ。何しろ家主は江戸時代の人たちなので、ここは昔ながらの男女分業制――つまり家事は女の仕事なんですね。
台所では奥さんが新鮮な肉塊をタッパーに小分けする作業に勤しんでいた。
「千代さん、手伝います」
「ありがと~。ふふ、今日は万世ちゃんが正式にうちの子になったお祝いだから、ごちそうにしなくちゃね」
「わりといつも豪勢だと思いますけど、ここのごはん。……ねえ、千代さんもトコシエになった最初の日は、自分の親とか知り合いを食べたんですか?」
「ううん、全然知らない人よ。親はそもそもいなかったし……まあ忍者ってだいたいそうだけど」
「……ごめんなさい。知らなかった」
「いいのいいの、気にしないで。……ところで、その紙袋はなあに?」
お、バレてしまった。あたしはこっそり持って来ていたそれを背後から出して、千代さんの前で広げてみせる。
「実はこれを……って思って……どうですか?」
「……ふふ、いいわね。そういうことなら任せて!」
その夜、久遠は恐らく彼の他人より長めな人生で初めてであろう、ウサ耳パーカー姿を披露した。もちろん今日持ってきた服である。
千代さんに頼んだのは、あたしが普通に頼んでもダメだとわかっていたからだ。
まず久遠は劫さんに逆らわない。その妻である千代さんにも同じくらい絶対服従なので、彼女に満面の笑みで「着てみせて♡」と言われたら、どんな服でも着てくれる。
「やだ~、かわいい~! これ同じのをあと二着買って、
「奥様、……これは女性用では……」
「そうねえ、久遠の顔なら女装もできちゃうわよね~。ちょっと身長はあるけど、最近の女の子って背が高いから大丈夫かも。今度のお出かけで試してみる?」
「どうか勘弁してください……」
珍しく無表情を歪めて恥ずかしそうな久遠を見て溜飲を下げる。ふふん。
あなたはあたしの人生を変えたんだから、あたしにもあなたに変化を与える権利があったっていいじゃない。勝手に蘇生するのに比べたら、ウサ耳パーカーなんてかわいいもんよね、色んな意味で。
久遠にはちょっと睨まれけど、残念でした。あなたの大大大好きな
ちなみにセツナっていうのは二人の娘らしい。一緒には住んでないみたいで、あたしはまだ会ったことない。
そのあとは四人で豪華なディナータイム。ワイン代わりの血で乾杯して、ビーフシチューならぬ……まいいや、詳細は控えとこう。何であれ味は美味しい。
どこか懐かしいような味わいを噛み締めていたら、久遠がぽつりと呟いた。
「……今日、君の部屋を見て思ったんだが」
「ん。何?」
「君の、生前の人生は豊かだったようだ。……この時代は物質的に溢れているから、余計そう感じるのかもしれないが」
「そう? でも」
グラスを空けて、あたしは続けた。
「どうでもいいよ。あの部屋に住んでた女の子はもう『あたし』じゃないし。それに……あたしを蘇生したときに、あなた言ってたでしょ」
「……生きていたとき得られるはずだった喜びを、これから何倍にもして取り戻せる」
「そ。だから、あれが豊かだったっていうなら、今日からは超豊か。ってわけで、よろしくお願いします」
雑にまとめたあたしに、劫さんが笑顔でボトルを差し出す。二杯目を注いでくれようとしたのを、久遠が制して受け取ると、彼はあたしのグラスをまた美しい赤で満たした。
四つのグラスがシャンデリアの光を浴びてキラキラ光っている。
かつて『あたし』に命をくれた人を、次なる人生の糧として。華々しきゾンビライフの始まりを願って。
命の引っ越し、これにて完了。
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