春の5題マラソン参加ログ

スプリング・エフェメラル

お題:春一番

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 古今東西、男子というのは風が吹いたら女子のスカートに目が行く生物である。別にその中身を見ようなどと浅ましく企んでいたわけではなく、単に『動くもの』への無条件反射というか、何かこう本能的な仕組みがあるのだと思う。

 これは神が定めた宿命であり不可抗力だ。


 だいたい眼の前でセーラーのプリーツスカートがバッサァーッ!! ってなったら男じゃなくても誰だって見ちゃうだろ、っていうか見えちゃうだろ。

 もはや「見た?」と聞かれて「見てないよ」と言っても一ミリも説得力がない。百人中百人が目撃して然るべき状況。

 もしも今、まったき本心から「何も見ていない」と断言できる者がいるとすれば、視力に問題がある人ぐらいなものだろう。そして俺は裸眼で両目平均0.8。


 見たかって? そりゃ見たよ。見えたもん。

 無意味な嘘より誠意ある正直でお答えしますよ。


 遡ること一分前、この俺・落合おちあい出海いずみが目の当たりにしたのは、よくあるイチゴだのリボンだのくまさんだのといった可愛らしいデザインのパンツではなかった。もちろんセクシーなレース系ランジェリーなんてわけはもっとなかった。

 そこにおわしましたのは機能性に極振りした、黒無地のスパッツでありました。


「あのさぁ出海ズミ、いっこいい? 正直は美徳っつーけどバカ正直に答えるべきでないことだってこの世にはあんだよ!!」

「だからって殴ることないじゃん……てか俺、この世の住民じゃないし……」


 あと今日び暴力ヒロインなんて流行らない。という俺の視線をものともせず、刹那セツナは飴色のポニテを振り散らかしておかんむりだ。

 くのいちの剛腕でぶっ飛ばされたばかりの俺はというと、ひりひり痛む右側頭部を手のひらで慰めながら、とぼとぼ彼女のうしろを歩いている。


 そう。俺たちは残念ながら一般高校生の彼氏彼女カップルってわけではなかった。


 始まりは不運な事故。現代忍者集団に席を置くこのシノビガールに殺され、そののち蘇生されたゾンビボーイである俺は、生命電池代わりの彼女から離れられない。

 死んでもまだ痛覚は保たれているし、あといくら見た目が小動物系でも、くのいちの腕力はゴリラのそれに匹敵する。したがって刹那の鉄拳は普通にめちゃ痛い。

 色々と理不尽な現状に、どうせ殴られるんならパンツ見たかったよな、みたいなヤケクソ気分が募る。スパッツも悪くないけどさ。


 しかし不平不満を顔に出すのはやめよう。これ以上刹那の機嫌を損ねると、もっと恐ろしい彼女の義兄に飛び火するかもしれないから。

 ゾンビでももう一回死ねるドン。命は惜しい。


 ――などと思っていたら、またしても突風が吹き荒れた。

 すぐ横の民家の庭で、早咲きの桜かそれに似た花をつけた木が、ざらざらと音を立てて枝をしならせる。もぎ取られた花弁が散らされて、あたり一面が淡いピンク色を呈した。


「わ~ッ!?」

「……ぅおっと!」


 腕っぷしと体幹は猛獣並みでも、あくまで花も恥じらう女子高生であるところの刹那は、体重は人間並みだ。

 風に煽られた彼女がちょうど真後ろにひっくり返りそうになったので、自動的に俺が受け止める流れになった。

 ぼすん、というくすぐったい音。柑橘系っぽいシャンプーの香りと、命の重さと温かさが、屍の身に染み渡る。


 比喩じゃないんだ。刹那の生命力が俺に流れ込んでくるから、冷たくなっていた死体おれが息を吹き返す。

 ぷはぁ、と感慨深く嘆息する俺を、刹那は斜め下から見上げてきた。

 黙ってりゃ小動物系美少女なので、彼女の上目遣いはそこそこの破壊力を誇る。たぶん当人に自覚はないんだろうけど。


「ごめん、だいじょぶ?」

「ん。どーよ、俺の体幹もまぁまぁ安定感出てきたでしょ。死んでても案外鍛わるもんだね」

「そだね。……あ、ちょっち動かんで、そのままー」


 ?

 なぜかそこで刹那はサッとスマホを取り出して自撮りした。無駄に神速コンマ一秒の早業だった。


「なに撮ってんの」

「ふへへ、見てみ。かわいかろ?」

「は? ……あ」


 ディスプレイに表示されている、アホ面の俺とニヤけた刹那の斜め縦並びのツーショットの頂上に、小さなピンクの花がちょこんと鎮座ましましていた。俺の頭の上。

 かわいくはないだろと言いながらそのあたりを手で払う。あー、と残念そうな刹那の声に見送られながら、名前も知らない花はぽとりと地面に落ちた。


 この瞬間に、花の命は絶えたろうか。それとも枝を離れた時?

 木は変わらずピンピンしていて、名残りばかりに揺れる枝上では、まだ残っている他の蕾が楽しげに笑っているようだった。

 死んでから、そういうことをよく考えるようになった。そもそも自分の生の実感なんて普段そんなに強く感じる人はほとんどいないだろう。


 だって、生きているのなんて当たり前のことだと思ってるから。


「……ズミ?」

「花、きれいだなぁ」

「うん……これ、桜かな」

「にしちゃあまだ早いよな〜。刹那セツ、お花見したことある?」

「……ちっちゃいときに」


 刹那の声は、震えるのを誤魔化そうとしているみたいだった。あ、地雷踏み抜いた、とか思ってももう遅い。

 彼女の言う「ちっちゃいとき」はイコール黒歴史、触れてはならない領域だ。


 どうしよう、と焦る俺に気づいたか、刹那は何気ないふうを装って無意味に先を続ける。


「花見団子ってさ、ピンクのとこが一番美味い気がするよね」

「いや全部同じじゃないの? ちょっと良いやつだと緑はよもぎ味だし」

「言うほどよもぎ味に喜びはなくない? それより気分的にさ、ピンクすなわち、桜っしょ。なんか特別っぽい」

「よもぎディスはともかく、桜系スイーツとか今日びありふれてんじゃん」

「風情のわからんやつめー」


 けたけた笑って、何事もなかったみたいに。一緒に揺れるポニーテールが俺の喉を撫でる。

 くすぐったいよと笑えるのが、生きていることが、今の俺にはこんなにも『特別』で嬉しいんだ。


 俺の腕の中からぬくもりが退く気配がないけれど、それは悪いことじゃないから、わざわざ言ったりしない。むしろ許されるなら腕に力を込めてしまいたい。

 当たり前に生きてるフツーの男が、フツーの女の子にするみたいに。

 さすがにそれは刹那も困惑するだろう。怒るだろうか。……怒って、くれるだろうか、俺のことで十字架を背負ってしまったこの子が。


 ただ思う。

 祈るように命ずるように。

 春一番、もっともっと吹き荒れろ。

 クソッタレな思い出も、受け入れがたい過去も、不都合な事実も、理不尽な現実も。なんなら永遠に来そうにない俺の春すらも、全部まとめて吹き飛ばしてしまえ。


 そうしてこのままずっと、俺たちを花風の中に置き去りにしてくれよ。


「ズミ、さっきの写真さ、若手組のチャットルームで共有していい?」

「……つまり義兄シュンマさんに俺を殺させようってわけね?」

「えー。それはない。……わりとマジで最近シュン兄のウザさがヤバいの、そろそろどうにかしたいんだけど。なんなんあれ」

「俺に言われても」


 苦笑いを一輪摘んで、俺たちはまた横並びに歩き出す。温かいと断言できるかどうかもわからない住処に向かって。

 学校が遠ざかるにつれて、彼女は女子高生の顔を脱いでゆき、俺も男子高校生の姿を失ってゆく。ここにいるのは黒スパッツ装備のJKくのいちと哀れなゾンビDK、花びら付き。


 問題は山積みだ。まず忍者ってやつの暮らしはアニメや映画のノリとは違い、恰好よくもスタイリッシュでもない。

 修行は地道でハードすぎるし、忍術とやらは理屈が意味不明、俺みたいなアホの新人は習得するのに果てしない道のりってことしか理解できなかった。そして指導教官は俺に対して殺意満々の義兄様ときている。

 だいたい他の忍者も色々おかしい。倫理観がぶっ飛んでいるというか、……非情としか言いようのない任務に対処していくために、心が半分死んじゃってるような人が少なくないのだと、俺も最近わかってきた。


 挙句に忍者たちが戦っている相手というのは俺と同じ、かつ俺より何倍も性質の悪いゾンビの集団で、刹那は個人的にそいつらと腐りきった縁がある。

 そんな状況で俺のことまで抱え込んでる刹那は、本当はいっぱいいっぱいなはずだ。表面上はへらへら笑っているけれど。


 そんな俺たちにとって『ただの高校生』のガワを被って過ごせる学校生活は、今やちょっとした癒しであり。……宿舎に帰宅するということは、ままならぬ現実に戻るということでもあり。


 けれども悲観してばかりいるのもしんどい。それに、すでに俺の人生は一度終わっちまってるけど、案外辛いことばかりじゃない。

 美人姉妹のお隣さん生活はけっこう楽しいし、優しいお姉さんの手料理は美味しい。犬もかわいい。

 忍者修行にだって随分慣れてきたから、最近じゃやりがいってやつを見出しつつある。ついでにクソ怖いお兄さんのことも尊敬してるし。


 死を経験したからこそ世界の見え方が変わった。だからそれをなるべく前向きに捉えている。

 俺がそうすることで、少しでも刹那が負う荷物が軽くなればいい。


 彼女は笑っているべきで、そのために俺も笑う。


 だけどたまに思うんだ。とくにこんな風の強い日には。

 春一番の大風が、あの名も知らない花と一緒に、俺たちをどこか遠くに連れ去ってくれたらいいのに――……なんてさ。



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