2.14 ♥ チョコとゾンビとクソ野郎
2月13日 某所
「さぁ
「うわ……想像以上にフリフリなやつ来た……」
「大丈夫、とってもよく似合ってるわ! こういうの夢だったのよね~、娘と一緒にバレンタインのお菓子作り、とかって……ここに
今ごろどうしてるかしら? やっぱり年頃の女の子だし、好きな男の子にチョコの用意をしてたりして……」
屍の王妃はペラペラ話しながら冷蔵庫を開ける。そこから取り出されるグロテスクで犯罪的な材料の数々に、万世は顔を引きつらせた。
(う~わ……。でも早く慣れなきゃなぁ、この環境に……)
♥
同日、刻衆所有マンションの一室では、刹那が難しい顔でキッチンスケールの液晶を睨んでいた。
「ねー
「そうよ?」
「数字も見た目もエグいな……これに生クリームとバターまで入れるとかカロリーの暴力じゃん。実質砂糖と脂の塊じゃん。デブ製造機じゃん」
「はいはい、文句言ってないで動いて。ちゃんと手伝わないと分けてあげないからね」
「ほーい」
シュユは料理上手だからか、いわゆる友チョコもクオリティが高い。
刹那は毎年もっぱら味見係と称してつまみ食いをする担当だったが、今年はどうしたわけか、自ら手伝いを申し出た。わざわざ「完成品を分けてほしい」という無意味な条件まで出して。
どういう風の吹き回しかしらと当初は疑問に思ったものの。いつになく真剣な義妹の姿に、義姉も察しがついた。
案の定、出来上がったそれを刹那は二つも確保していた。
「食い意地……じゃないわね。一つは
「ん、まあ、そう。……あ、だからシユ姉はズミの分考えなくていーよ。こんなん二個も食ったらヤバいし」
「……わかった」
シュユは刹那の手の中にある袋を見る。
彼女は意外にこの手のラッピングが得意だ。はすっぱな口調に反し、完璧なバランスで結ばれたリボンは、かつて纏わされていた華美の名残らしい。本人は微塵も誇らしくはないだろうが。
かわいらしいピンクに包まれた彼女の本音を思うにつけ、義姉は溜息を禁じえなかった。
果たして翌朝。さも「あ~こりゃなんの変哲もねぇただの義理チョコっすわ~」という顔を取り繕って、刹那は戦利品を出海の眼前に突き出した。
しかし上品なパール加工の小袋も金色のサテンリボンも、普段の刹那の雰囲気とはかけ離れている。挙句に視線はそらし気味で、ちょっぴり震え声で「要らなきゃ返せ……」などボヤいているしで、わりと繕えていなかった。
が、それ以前の問題として。出海はそもそも生前、母親以外の女性からバレンタインにチョコレートの類を頂戴したことがないうえ、刹那の普段の生活態度もあって微塵も期待していなかった。
よって死後ながら人生初の『女子からのチョコ』が義理か、もしくはそれ以下の呪物かなんてことは、彼にはどうだってよかったのだ。
一瞬の硬直ののちに状況を理解したゾンビ少年はパァァ……と光り輝いた。それはもう真夏の太陽や有機LEDライトにも負けないくらいの眩い笑顔であった。
「うわ、うわぁぁ……! ほんとに? これ俺にくれるの!?」
「お、おう」
「ぃよっ………………しゃァ! ありがと、セツありがとぉ~!」
「……喜びすぎっしょ……。い、言っとくけど糖質脂質コレステロールの爆弾だかんなそれ! デブ街道まっしぐらッ!」
「いーよいーよなんでも。というか俺の場合は太れないよ多分」
「……はぁ!? 太れよ!!」
「あはは急に理不尽にキレるな」
出海はご機嫌すぎて刹那の暴言もニッコニコで受け流している。刹那も刹那で、顔を真っ赤にしているのは怒っているからではないだろう。
危うい関係性ながら、なんだかんだ仲のいい義妹たちの騒がしいじゃれあいに、シュユはほっとした。
二人を見送り、自分も大学へ。
……。
チョコレートケーキは今年も好評だった。夕方、配り終えた残りを持ってマンションに戻ると、すでに訓練場には賑やかな声が響いている。
覗いてみると案の定、そこには
「おかえり」
「おつー」
「ただいま。今日もやってますねえ二人とも……でもなんか、兄さん機嫌よさそう?」
「だよね。ねー、
「べつに……」
傍目にはいつも通りの仏頂面のシュンマだが、付き合いの長い妹たちには彼の微妙な表情の変化が見て取れた。ついでに隣の義姉との関係も察してはいる。
玉響は相変わらずテンション低めで、何を考えているのかわかりづらい人だ。
現代忍者・
中にはそれを悪く言う人もいるが、人にはそれぞれ得意不得意があるし、全員が冷徹無慈悲なプロの殺し屋めいた忍者にならなくてもいいと思う。どちらかというと忍の生き方がそれほど性に合わないと感じるシュユとしては、そうであってほしい。
まあそれはそれとして、……実を言うと、玉響に話しかけるのは緊張する。
彼女も昔はもう少しおっとりしたお姉さんだった。それがここ数年はパンクロック系ファッションをまとうようになり、なんていうか雰囲気が怖いのだ。
「あの……ケーキ余ってるんだけど、姉さんは要る?」
「もらう。アンタが作るやつ美味いから、甘くどくないし。酒に合う」
「やっぱお酒あげたんだー?」
「そうは言ってないでしょうが。……これシュンマにもやったの?」
「ううん、まだです。朝は会えなかったから――」
バッグを開けて残りのケーキを取り出そうとしていたら、背後からぬっと伸びてきた誰かの腕が、無遠慮にピンクの袋を掴み出した。
「ちょっ……!」
「――俺のはないの? そんなわけないよね、シュユちゃんはいざって時のために余分に作らないと気が済まない性格してんだし」
「……
玉響が呆れ気味に名前を呼んだのは、彼女の義弟。亥刀片時。
仕事帰りなのかスーツ姿の優男は、勝手に自分の分と見做したケーキを一つ確保して、整っている顔面を嫌味ったらしく歪めた。そう、この男は黙ってさえいれば甘いマスクの美形だ。
急に不穏な空気が流れだしたのに気付き、シュンマたちが組み手を止めてこちらを見た。
出海に関しては休憩の口実ができて助かった……という顔で、すかさず刹那が水だかお茶の入ったペットボトルを手に駆け寄る。甲斐甲斐しいことで。
下の妹を溺愛してやまないシュンマは一瞬そちらを睨みつつ、すぐ視線を片時へ戻した。
知っているからだ。
シュユと片時が、犬猿の仲であるということを。
「他のみんなにあげて、俺だけない、なーんてことはないよね?」
「……いいですよ、別に。仰るとおり多めに作ったので。それはあげます」
「ありがと」
――頷くなり、片時はぽいっとケーキを投げた。
ピンクの袋が宙を舞う。そのまま美しい弧を描いて、シュユ謹製の大好評チョコレートケーキは華麗に――ゴミ箱へホールインワン。
がこん、と蓋が揺れる音だけが虚しく響きわたった。
「…………っにしてくれんですかアンタはぁぁぁぁぁッ!!!」
シュユは激怒しながらゴミ箱のもとへ走り、
「あでッ」
「食い物粗末にすんじゃねえよ馬鹿。シュユに謝りな」
玉響は片時を蹴っ飛ばした。ついでにシュンマも殺意漲る瞳で彼を睨みつけている。
が、一発でその場の全員からヘイトを稼いだ当人はへらへら笑って、呑気に肩を竦めていた。
「こういう時だけ姉貴面だな」
「……。
シュユ、うちのバカが悪かったね。こいつのことは別に許してやらんでいいから」
「もう慣れました。……ったく、だからあげたくないのに……ッ」
「俺がもらったもんを俺がどうしようが俺の勝手だろ。雑魚が作ったもの捨てて何が悪いんだかさっぱりですよー」
「だったら初めから欲しがらなきゃいいじゃないですかッ!」
「そーやって無様に吠え散らかす君が見たくて?」
「大っ嫌い!」
「オッケー、俺もシュユちゃんのこと嫌いだから相思相愛だね♡」
ご覧の有様を見て出海が呟く「セツ、片時さんて性格悪い?」
刹那が答えて曰く「あー。まあ最低最悪のクズ野郎だよ」
わりと温厚な彼女にそうまで言わせる男、それが亥刀片時である。なぜかシュユは彼の嫌がらせのメインターゲットとなっているので、毎度たまったものではない。
しかも、シュユが半泣きになりながら救助したチョコケーキは再び片時に奪われていた。一度は無礼にも投げ捨てておいて今さら食っている。なんなんだ。
挙句「これあんま甘くないな?」と文句まで垂れている始末。嗚呼ぶっ●したい。
残念ながらシュユが匕首を取り出すより先に、片時はさっさと訓練場を出ていった。あとに残されたのは引っ掻き回されて雑然とした空気と、怒りや呆れで言葉を失っている忍たち。
「……あの野郎。素直じゃねえよな、ありゃ本当はチョコが欲しいだけなんだろうが」
「えぇ、わたしに喧嘩売りたいだけでしょ……あーもう腹立つ……!
はーあ。というわけでシュンマ兄さんにも一応はいどうぞ、あんまり甘くないそうですけど」
「俺に当たんな。あとむしろ甘くねえほうがいい、ありがとよ」
ようやくここへ来た本来の目的が果たせた、とシュユは深く息を吐いた。
なんだかものすごく疲れた。主にほぼ約一名のせいで。
……でも、シュンマがいつもの強面を崩して少しだけ優しい顔をしてくれたので、今日はそれで良しとしよう。ケーキがあまり甘くないのだってちゃんと理由があるのだ。
『……シュユちゃんてさぁ、シュンマくんのこと――』
――ハッとして顔を上げる。しかし辺りを見回してもあの悪魔のような輩はいなくて、義兄たちが不思議そうにこちらを見ているだけだった。
じゃあ、今聞こえたのは、単なるフラッシュバック……。
「大丈夫か?」
「う、うん。それじゃあ、わたしは先に戻るから、兄さんたちは訓練頑張ってね」
「そりゃ俺じゃなくてあいつに言ってやれ。あ、そういや、ゾンビ坊主にはやったのか? そのチョコ」
「ううん、わたしじゃなくてセツが……、あ」
しまった。
シュンマに対し、出海の話題で刹那の名前を出すのは禁句だった。刹那溺愛大魔神であるところの彼はかわいい義妹に男が寄りつくことに耐えられないし、それが本来殺処分するべき憐れなゾンビであることはますます我慢がならないしで、途端に理性が保てなくなる。
急に温度ゼロの顔で「おいクソガキ……」と振り返ったので、出海くんは泣いた。ごめんね。
「休憩は終いだ、立てッ!! 死ぬ気で
「イエッサー! でも俺もう死んでます!!!!」
「もういっぺんぶっ殺してやる!!!!!」
そんな男性陣を見て、玉響と刹那は「馬鹿だな」「馬鹿だねえ」と仲良く呟いていた。
……いいなぁ。みんな楽しそうで。
♥
「
「ん。……ん~、美味い! なんて濃厚な血の味なんだ……」
「うふふ、いっぱいあるからたくさん食べてね」
屍の王夫妻が年甲斐もなくキャッキャしているのを横目に、
なるほど匂いがすごい。生身の人間の頃だったらきっと鉄臭くて食べられなかったろうが、今の身体には不思議と馴染んだ。足りないものを補っている、と本能的に感じる。
「奥様は料理上手だ。万世も手伝ったのか?」
「うん、まあ……」
「これの作り方をよく聞いて覚えておくように」
「わかった。……それってつまり、また私にこれを作れってこと?」
百年を生きる忍術ゾンビの貴公子はその問いには答えなかったが、一心不乱にパクついていた。
♥おわり♥
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