正体

「ルリの正体は、一体……?

 彼女が言ってた好きな曲は、"台風"の『モンストー』……今から約11年前の曲だ。で、俺がACBの前田優子ちゃんを推してたのも約11年前。時期が大体重なるんだよな。でも、その頃っつったら、俺9歳くらいだろ!? 小3とかだよな……ま、まあ、脚がキレイで可愛いとかマセガキみたいなこと言って騒いでたのは覚えてるんだが……俺のそういうコメントを彼女が知ってるって、どういうことなんだ?

 それよりも……今の猫モードのルリは音楽をよく知らないのに、11年前のルリは普通に音楽を楽しんでいた、ってことだよな。

 待て、しっかり整理しろ俺……仮説を立ててみよう。

 仮に、11年前の彼女は、猫ではなく人間で……しかも、俺のすぐ側にいた人物……だとしたら?」

「にゃあん、にゃあん」

「でも、猫としてのルリはあれだろ、俺が高1の時に生まれたばっかの子猫だったわけで……今3歳の若い猫の中に、なんで11年も前の人間の記憶がインプットされてるんだ……?」

「うにゃんっ!!」

「いてっ……!! ルリ、なんだよ足の指噛むとか! おい、皮剥けちゃったぞっ!」

「にゃあん……」

「……そっか。ごめんな、ルリ。

 俺、今週は、ずーっとこの謎のことばっか考えてて、ルリの相手まともにしてやれてなかったな」

「うにゃん、にゃあん」

「でもさ、この謎が全部解けたら、君は女の子のままでいられるんだ。そりゃ必死にもなるだろ?」

「にゃあ……」

「うん、そうだな。

 猫の君も、俺にはかけがえのない家族だ。君との時間も、思い切り大事にしなくちゃな。 

 また今夜も女の子の君に会えて、すごく嬉しいけど……例え猫だろうと、女の子だろうと、俺にとっては君の存在そのものが何よりも大切なんだよ、ルリ」

「みゃあん……」





「こんばんは、タカヤ」

「いらっしゃい、ルリ……って、なな、なにどうしたのその格好!? 淡いブルーのゴージャスなイブニングドレスみたいな……」

「ん、なんか、今日は思い切りドレスアップしたい!ってずっと念じてたら、こうなった」

「そ、そんな服、念じると出せるのか?……ルリ、すごく綺麗だ……サファイア色の首環ともよく似合ってる……。

 しかし、めっちゃ手の込んだレース生地だなこれ……ま、まって、よく見たら背中とか胸元とか太腿とか、あちこちガッツリ透けちゃってるじゃん……!!」

「細かいデザインとかまではイメージできないから、仕方ないよ」

「いや、別に困ってはいないというか……でもルリ、今夜はどうしていつもと違うの?」

「だってタカヤ、昨日誕生日だったでしょ。二十歳の」

「……」

「だから、何かお祝いしたくて。どうしても」

「……ルリ。そんなこと思ってくれたのか……。

 ありがとう……俺、めちゃくちゃ嬉しいよ」

「気の利いたプレゼントとか、何にも用意できないし……だからね、今夜はタカヤの希望、ひとつだけ聞いてあげる」

「えっ!?

 な、何でも、いいのか……?」

「だって、タカヤはもう大人の男になったんだから」

「……じゃあ……きっ、キスは?」

「……いいよ。

 目を閉じて」


『…………

 ……うあ……柔らかい、甘い、気持ちいい……ヤバい死ぬ……』

「……っはい、もう終わりっ!」

「ああ、脳みそ溶ける……全身痺れてる……」

「ねえ、もー恥ずかしいってば! あーそうだ忘れてた! はいこれ。お祝いのお酒」

「え……それも念じて出したのか?」

「うん。何のお酒なのかはよくわかんないけど」

「え……? と、とりあえず一口味見させてくれる?  

 ……な、何これ。美味すぎるんだけど……? 何の味だこれ、どこ製!?」

「とにかく美味しいの出ろーって必死に念じたらこれが出てきた。まあいいじゃん、細かいことは。気に入ってもらえたならよかった」

「う、うん……なんか、いろいろありがとな。色んな意味で、今までの20回で一番特別な誕生日になった。

 それに引き換え、俺はいつものケーキとジュースしか用意してなくて……すまないルリっ!」

「なんでよ。今日の主役はタカヤなんだからね!」

「そ、そうか……俺、主役でいいのか?」

「もちろん」

「じゃ、お言葉に甘えて。今日は王様気分で過ごさせてもらおっかな」

「ふふ、喜んで! はい、お酌してあげる」

「わ、ありがとう……ってかなみなみ注ぐじゃん」

「だってあんま時間ないもん、グイグイいかなきゃ」

「ん……いやこの酒、ガチで飲んじゃうな。

 ……ふぅ、ヤバい、急速に気持ちよくなって……」

「膝枕、する?」

「え……いいのか」

「うん。どうぞ」

「……うあ……柔らかい。すべすべ。すごくいい匂い……」

「最高でしょ?」

「うん」 

「いい子、いい子」  

「こら、くすぐったいって!

 ……なあ、ルリ。

 君は、一体何者なんだ?」

「……」

「君は、もしかしたら……昔俺の側にいた、誰かの記憶を持っているんじゃないのか?」


「……」

「なぜ、まだ若いルリの脳にその人の記憶が入り込んでいるのか、その辺はいくら考えてもわからないけど……その人が、またこうして俺に会いに来てる。——違うか?」

「……そうだとしたら?」 

「君は、一体誰だ?

 ここまで来たんだ。もう教えてくれないか?」

「ダメだよ。最後まで、タカヤが解かなきゃ」

「……ルリ。俺の気持ちは、はっきり言ってもういっぱいいっぱいだ。苦しくて苦しくて、たまらない。 

 無邪気に笑う君、ケーキにかぶりつく君、幸せそうに微笑む君、拗ねて泣いて怒る君……こうして、俺を受け止めてくれる君。

 ルリ。俺は、君が好きだ。

 ——君は、違うの?」


「——……」

「今日、キスを許してくれたのも、そういう気持ちの現れだって……そう思っちゃ、ダメなのか?」

「ち、ちが——」

「頼む。君が誰なのか、教えて。

 それで、頼むから、もうこの先に行かせて」

「……待って」

「嫌だ」

「お願いタカヤ、待って……!

 やっ、やだ……やめてっ!!」

「……っ!!」

「——ぎゃうんっ!

 にゃんっ、うにゃんっっ!!」


「……っ、ルリ……!!?」



「…………

 ルリ……!

 窓から外に……ルリ! ルリ!? 嘘だろ、ベランダにもいない……!?

 ここ、5階だぞ……

 ……ああ……俺、なんてことを……!

 ルリ、悪かったルリ!! 頼む、戻ってきてくれ——!!」



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