第2話-④

「こんな物語があったらどうだろう。余命幾許もない幼い女の子が、自分の病気を受け入れて余生を健気に生きていく。その子に物語が上手く寄り添えていればいるほど、きっとその子が死んだ時、見ている人は泣くね。いい物語だった、とその流した涙を証拠にして言うだろう。でもある人たちは言うんだ。誰かを死なせて見ている人を泣かせるなど、感情のポルノだ、とね。けれど僕は断言できるよ」

 僕は言葉を切って彼女を見る。

「フィクションなんかじゃなく病気やハンデと闘う人は現実にいて、その頑張って生きる様は心を動かされるものだ」

 この施設で自分の命と一生懸命向き合っている人を、僕は美しく貴いと思っている。その人たちのことを物語にすれば、感動ポルノと揶揄する人はいるかもしれない。でも、必死に今を生きる様が心を打つものであることに変わりはない。

「なんだか質問とは違う方向へ行ってしまったね。こんなものでいいかい? どれも僕の持論にすぎないけれど」

「……うん。こんなことを尋ねたのは初めて。先生ならちゃんと答えてくれる気がしたの」

 少しは信頼されているということだろうか。そうであれば嬉しい。

「先生は私を大人びてるみたいに言ったけど、先生も大人びてるんじゃない? 大人に対して大人びてるって変か。でも私のお父さん、数年後に先生みたいに色々考えてるようになるかなあ」

 僕は笑って言う。

「長く生きていれば色々考えるようになるものだよ。何もすることがなければ予計ね」

「長くって、先生もそこまで年とってないでしょ」

「小学生からは四十歳くらいも若く見えるかい?」

「おじさんと言えばおじさんだけど。そんなこと言ったら、大人はほとんどおじさんだよ」

 真実かもしれない。

「まあ何にせよ、君も僕も、遥かな時の中ではちっぽけなものだ」

「そうね。……ねえ先生」

「ん?」

「小学生に対して、あまりポルノとか言うもんじゃないわよ」

「……」

 彼女の深い質問と見た目の大人っぽさが、実年齢を忘れさせた。

「それは、本当に悪かった。訴えられてしまうね」

「もう小説で慣れっこだけどね。最初はつい心拍数上げて警告音鳴らしちゃった」

「あまりにドキドキするのはよくないのか」

「こんなんじゃ恋なんてとてもできないわ」

 彼女の笑い声が陽射しと共にころころ転がる。

 僕も恋なんて、もうすっかり忘れてしまった。

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