第9話-①

 もう、いつ死んでもおかしくない。

 そう伝えられた。

 彼女は数日前に小説の最終巻を手に入れ、読んでいる。それを読み終えてしまったら。

 誕生日だとか何かのイベントを心待ちにしていて、そのイベントが終わった次の日に亡くなる人の話というものはよく聞くし、実際目にしてきた。

 彼女の希望が果たされたら、次の希望を見つける前に命が尽きてしまいそうだ。 今彼女を生かしているのはほんの小さな希望にすぎない。

 何度経験しても別れというものは辛いものだ。

 彼女に叱られてしまいそうな、それでももう固めなくてはならなくなった覚悟を決めて病室をノックすると、小さく返事が聞こえた。

「こんにちは」

「こんにちは、先生は体調どう?」

「悪くないよ」

 君は? なんて、もう聞けない。

 いつもはベッドの中で足に布団を掛けて座っている彼女が、今日はベッドの縁に腰かけていた。

 彼女はとても死にそうには見えないのに。それでも現に心拍数も体温も食欲も下がっている。先生の前では無理して平気なふりしてるんですよ、と言った彼女の母親を思い出す。動きも鈍くなり、身を起こしていること自体が減った彼女がこんな風に座っているのは珍しい。

 ちょうど向き合うような形で座る。彼女の傍にはあの小説が置かれている。半分過ぎまで読んだらしい。

「今から立ち上がるところだった?」

「ううん」

「その姿勢は大変じゃないかい? 辛かったら横になっても、」

「これでいいの。先生と顔を見て話したい」

 ああ、やはり、もう迎えはすぐそこまで迫っているのだ。彼女は時を知っている。目を伏せる。その黒い髪から、瞳から、命が消え失せる時が迫っている。

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