第8話
彼女は十四歳になった。
彼女はなんだか、この数年でぐっと歳をとったようだ。見た目は身体の老いについていけないのか、かなり老けた高校生程度で止まっているらしい。
「なんだか今日は寒くない?」
「そうかな。君こそ、体温が低いね」
彼女の平熱は三十七度台。それが今は三十六度。心なしか心音のリズムも穏やかに見える。
「あの小説はどこまで読めた?」
彼女が読みたがっていた連載物の小説は僕の本棚で数を増やし、今も数ヶ月前に買ってあげたものを読んでいる。
使う当てなどこの病院へのちょっとした支払いくらいだった遺産も、誰かのための使い道ができて両親は喜ぶかもしれない。
「次で最終巻だって。ちょっと寂しいね」
「そういえばどんな本なの?」
「ちょっと、本は先生の本棚にあるんでしょう? 読めばいいのに」
「そうか、じゃあ読んでみよう」
「ちなみに歴史物よ」
「へえ、楽しみだ。……最終巻が出るのはいつ?」
「来月だって」
「そうか」
彼女は黙ってページを操り、僕も黙ってぼんやりと彼女を見た。
いつもは暖かく感じた陽射しが今日はなぜか、手術台のライトのように冷たい。睫毛の影が本のページに落ちる。
『あの子はもう、そろそろかもしれません』
そう声をふりしぼった父親の姿を思い出す。彼女はそれをわかっているだろうか。最終巻まで、辿り着けるだろうか。
「何?」
「え?」
「先生、何か今言おうとしたでしょ」
確かに、何か言おうとした。死に腕を掴まれ、連れ去られるしかない彼女に、何か言えないだろうかと考えていた。
「私は希望を捨ててなんかいないの。先生が持たせた希望じゃない。先生がそれを勝手に捨てるなんて、そんなの許さないわよ」
どうやらバレていたようだ。
そうだ、彼女はそんなに弱くはない。身体は弱い、心も不安に負けそうになることはあるかもしれない。それでも、諦めるなんてことはしない。
「……うん。その小説のラストを見届けて、また読みたい本を見つけよう」
彼女は力強く頷いた。
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